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夢か、まぼろしか

秋も深まって朝晩肌寒くなってくると、子どもの頃おねしょをしたことを想い出す。今にして思えば他愛のない幼児の頃の出来事だが、当時の私にとっては切実な問題であった。私は確かに、土手の草むらに向かっておしっこをしていたのである。秋風が心地よく頬をなでる感触さえ生々しく覚えている。ところが無情にも、やがて太ももを伝わる液体の生暖かい感触にハッと我に返る。ああ私はまた「おねしょ」をしてしまったのだ、と気づいたときには既に遅い。子供心にもこの理不尽な夢の世界のからくりには、独りやり場のない無念さを味わったものである。

 

夢の中では誰でも、自分がいま夢をみているとは思わない。例えそれがどんなに奇妙な物語でも、それと気づくのはいつも目覚めた後のことである。眠っている間は誰でも、まるで母親に抱かれた赤ん坊のように、夢の世界を全面的に信頼している。人々は夢の中で本気で逃げ惑い、足がもつれて、恐怖心から冷や汗を流す。そして目覚めるや否や「ああ夢だった」と、一瞬にして悟るのである。夢の中の恐怖から解放されてホッと胸をなでおろす人もあれば、夢を信用したばかりに「おねしょ」をしてしまう場合だってある。

 

だから夢を見ておねしょをしてしまった子どもを叱ることは誰にもできない。なぜなら眠っている子どもには、自分が今夢を見ているのだということがわからないからである。事前にこれは「おねしょ」だとわかっていて、布団のなかにオシッコをする子どもはいない。彼は正しくトイレで用を足していたのである。然るに蛇口の先端を緩めるや否や、回り舞台みたいに場面がくるりと回って、今度は布団のなかに横たわっている。こんな理不尽なからくりを一体誰が考え出したのだろうか。それは時計の針を前に戻せないのと同じく、何か人間の能力をはるかに超えた鬼神の仕業としか考えられないではないか。

 

人間がものごとを認識するメカニズムは、眠りながら夢を見るのとたいして変わりはない、とフロイトは考えた。彼は長い年月を夢の分析に費やした結果、ついに「無意識」の世界が存在することを発見した。我々の脳髄は、宇宙のように膨大な無意識の世界にアクセスし、その中から今必要なものだけを選り分けて「意識」しているのである。それはあたかも広大な砂漠の中から、砂粒を一つずつ拾うような作業である。だから拾った砂よりも、拾われなかった砂、つまり無意識の世界の方が圧倒的に大きいのである。

 

新宿や渋谷のような繁華街では、限られたスペースに人や車や建物がひしめき合っている。視覚的にも聴覚的にも、人間が識別できる許容量をはるかに超えた情報や騒音があふれている。われわれの脳はその情報の大半をシャットアウトし、あたかも望遠レンズの焦点を絞り込むように、それらのほんの一部を識別しているに過ぎない。それは人間が一つの事物に意識を集中するために、あえてそのような能力を身につけたからである。そのような能力なしに現代人は、複雑で巨大な社会の成員として生きていくことはできないのである。

 

ところがこの大都会を数分眺めただけですべてを記憶し、別室にこもってその風景を再び紙の上に描くことができる人がいる。建物の位置や形や店の看板の名前まで、克明に再現できるのである。一方で、電話帳を一冊まるごと記憶できる人や、数年先の日付の曜日をピタリと当てることができる人がいる。このような人々をわれわれは、天才的な記憶の持ち主だと思っている。しかし実は彼らは、単に脳の記憶のメカニズムに障害をおこした人たちなのである。

 

情報をシャットアウトする機能に障害を起こしたため、彼らの脳には時間的にも空間的にも制約を外された膨大な情報が、洪水のようにどっとあふれ出てくる。そのために情報の整理がつかず、普通の人間のような社会生活が送れない。つまり記憶とは、放っておけばあふれ出てくるものであり、それを遮断したりコントロールしたりすることの方がはるかに高度で難しい作業なのである。

 

我々はよく物忘れが激しくなったなどと言うが、それは頭の中から記憶が消えるわけではない。記憶そのものは消せないものである。なぜなら記憶とは、人間の脳の中には存在しないからである。ではどこにあるのか、という発想そのものが二次元的で見当はずれだと言われている。記憶とは、宇宙の精神とも言うべきものであり、どこか異次元の世界に厳然として存在するものである。人間の脳はただその宇宙の記憶装置にアクセスする能力だけが備わっている。そしてそのアクセスの仕方の違いが、人間を人間らしく、動物を動物らしく、鳥を鳥らしく、魚を魚らしく、植物を植物らしく、石ころを石ころらしくしているのである。

 

東京の市ヶ谷から飯田橋にかけての線路沿いに、かつての江戸城の外堀が残っている。私はその辺りをよく歩くのだが、この寒空の中を水中にもぐって無心にエサを探している水鳥がいる。私はふとあの水鳥の記憶装置はどうなっているのだろうか、と考えた。彼らの目には、この世界がどのように映っているのだろうか。当然、人間とは異なった風景を見ているのだろう。多分その疑問を解く鍵は、彼らがどのように生活しているかということと深く関連しているに違いない。

 

トリは全身を羽毛でおおい、両腕に強い筋肉を付けて翼に変えた。体型を流線型にして、空気や水の抵抗を少なくしている。体温を高く保って、寒風でも冷たい水中でも平気である。高性能の望遠鏡のような視覚は、上空から水面の小魚さえ見分けることができる。彼らは空中を飛ぶことも、水中に潜ることもできる。春になるとはるかシベリアまで飛んでいくし、秋になるとまた皇居のお堀に帰ってくる。レーダーのような探知能力は、人間をはるかに超えた記憶の持ち主のように見える。

 

一方で人間は成人でさえ嬰児のように無防備な裸である。コートやマフラーなしには冬の寒さに耐えられない。寒中水泳をする人はいるが、生活のためというよりむしろ趣味でやっているにすぎない。まして空を飛べる人間などいない。しかし人間は飛行機を発明した。ジャンボジェットはいっぺんに数百人の人間を乗せてアメリカまで飛んで行ける。トリは自分自身を飛行機に変えたが、人間は自分の肉体には指一本触れずに空を飛ぶ「機械」を発明した。これが人間とトリとの決定的な違いである。この「発想の違い」こそが、人間とそれ以外のあらゆる生き物の記憶装置をまったく異質なものにしているのである。言い換えると人間の幸不幸も、すべてここからスタートしているのである。

 

人間以外のあらゆる生き物は、環境に合わせて自分自身のカラダを変形させる。地球上の限られたスペースで自分の居場所を確保するために、他とは異なった特殊な技能を身につける必要があったからである。あるものは草原の枯れ草色に全身をカモフラージュしたり、地上を猛スピードで駆け抜けたりする能力を身につけた。またあるものは鋭いキバやツメを生やしたり、あるいは首を伸ばしたり鼻を伸ばしたりした。種とは他と差別化することによってのみ、この惑星上での生存を許されたのである。その結果、地上にも地中にも、空中にも水中にも、地球上は驚くほど多様な生物で満たされた。

 

地球上が多様な生物で埋め尽くされたまさにその瞬間に、これとは全く反対の動きをする生物が現れた。人類の出現である。人間は自然環境の隙間に自分の居場所を求めようともしなかったし、特殊技能に特化して自分の体型を変えようともしなかった。人間は大胆にも(創造主に逆らって)、自然環境そのものを自分に合わせて変えようとした。1万年前のメソポタミアで小麦の栽培に成功すると、人類は農業を発明した。食べ物を探して移動するのを止め、逆に自分の周りに食べ物を実らせる植物を植えた。これはあたかも自分が創造主になったような、大胆な発想の転換だった。

 

人間も猿も、イルカも海亀も、魚も鳥も、胎内の嬰児の姿は驚くほど似かよっている。しかし成長するにつれて徐々に、動物は動物らしく、鳥は鳥らしく、魚は魚らしく枝分かれしていく。即ちすべての生き物は胎内で、その全進化の歴史を一代で遡って、それぞれの「おとな」に成長するのである。ただ人間だけが、嬰児の姿そのままに成人する。彼らには肉食獣のような鋭いキバやツメもないし、トリのような翼や羽毛もないし、イルカのような流線型の体形や強靭な尾ビレも持たない。

 

不思議なことに、肉体的に無防備な人間だけがこの地上に高度な文明を築くことができたのである。彼らは(幸いにも)、速く走ることも寒さに耐えることも、空を飛ぶことも水中に潜ることも出来なかったので、色々な「道具」を発明する衝動にかられた。彼らは羽毛の代わりに衣服や住居を作り、鋭いキバやツメの代わりに刀や銃を作り、速い足の代わりに汽車や自動車を作り、翼の代わりに飛行機を作った。

 

つまり人間の特徴は、無防備な肉体と表裏一体の、そのユニークな頭脳にある。他のあらゆる生き物が自分の肉体を改造したのに対して、人間は自分の精神世界を改造した。開きっぱなしだった宇宙(創造主)のデータベースへの弁を、自らの意思で開閉する術を身につけたのである。その結果、人間はものを「考える」ことができるようになった。

 

あらゆる生命体は生きるための知恵を授かっている。このような知恵を我々は「本能」と呼んでいる。本能は無意識の世界からやってくるものである。我々は特別に意識しなくても空気を呼吸し、水を飲み、食物を食べ、生殖をして子孫を残す。さんさんと降り注ぐ太陽の英知を体内に取り込み、自然と一体化することにより、我々はこの地球上に生命を維持していくことができる。

 

もちろん人間も一つの生命体であることに変わりはない。体内には他の生物と同じ宇宙の摂理が流れている。しかし一方で人間は、独自のデータベースを持っている。言葉や文字や数字を使って情報を共有化することにより、人類は高度な社会を形成することができた。つまり人間は二種類のデータベースを持っているのである。一つは無意識の世界であり、もう一つは人類に特有の「意識」の世界である。前者は生命に関する偏在的な知恵であり、後者は言葉による社会に関する情報である。

 

人間は宇宙を一たん言葉や文字や数字に置き換えることにより、事物を抽象的に捕らえる方法を学んだ。混沌とした世界は言葉に置き換えることにより細分化され、一つの断片に切り取ることができる。咀嚼し、理解し、飲み込み易くなる。そして何よりも、それは記号化され客観化されて、交換が可能になったのである。人々は言葉を交わすことにより、情報を共有化することができるようになった。

 

最初はシンプルな言葉で、家族や部族の小さな集団を形成した。やがて人々は文字を発明し、言葉は紙の上に形として残るようになった。視覚化された言葉は、時間をかけてじっくりと改良することが可能になった。その結果、より高度で複雑な表現が可能になった。時間と空間の制約を解き放たれた文字情報は、より広範囲な人々に共有されるようになった。やがて都市が生まれ、社会はより高度なものに変っていった。

 

数百年前の西ヨーロッパに近代的な国民国家が誕生し、それは瞬く間に全世界に広がっていった。いまや21世紀の世界は、グローバル経済と呼ばれる巨大な市場が生まれようとしている。このような地球規模の巨大な社会の形成には、より普遍的で抽象的な言葉が必要になってくる。そして「数字」が出現した。数字こそは究極の抽象性と普遍性を備えた言語である。現在の高度な物質文明は数字を抜きにしては考えられない。

 

「数字」の有用性を発見した中世の西ヨーロッパ人は、飛び上がらんばかりに喜んだ。なんと宇宙は数学的に整然と動いていたのである。宇宙の真理は数字で書かれていた。混沌として捉えどころのない世界を測定し、数字に置き換えさえすれば、それは紙の上に静止する。宇宙の断片を切り取ってきて、まるで数学の問題を解くように、じっくりと机の上で観察することが可能になる。「くつわ」をはめて馬を慣らすように、数値化することにより人間は自然を手なずけていった。物事と物事の変わらぬ関係を「法則」と呼ぶ。法則という(創造主の)暗号の解読に成功した人類は、やがて自然を意のままにコントロールできるようになった。

 

数学の進歩は物理学の発展を促し、物理学は次々と新しい科学的な発見を生み出した。人類は「科学」という呪文を唱えることにより、自然から無限の利益を引き出すことが可能になった。科学万能の時代が到来した。科学的ということと「正しい」ということは同じ意味になった。非科学的なことは、信ずるに足りない迷信だと決めつけられた。人間が理解できるのは数量的な概念だけであり、数値化できない物事は取るに足りない「たわごと」だとされた。ものごとを数量的に理解する能力において、人間は「神」と肩を並べたとさえ自惚れるようになった。そして人間は、人間そのものの集まりである社会も、数量的にコントロールできるはずだと考えた。

 

資本主義と呼ばれる社会システムは、「数字」を社会の言語に据えたものである。そこでは「お金」と呼ばれる数字が、すべての経済活動を測定する。資本主義は人間の経済活動を、恐ろしく抽象的で普遍的なものに変えた。それはグローバルな市場の言語としては最適なものだった。しかし宇宙の果てまで届くその普遍性は、アフリカの僻地の農民までもゼニ勘定に巻き込まずにはおかなかった。この社会では、「生きる」ということと「計算」するということは同じ意味になった。「収入>支出」という不等式を満たさない者は、この世で生きていくことさえ難しくなった。人生においては、経済的な問題がすべてだとされた。

 

私は終戦直後の伊豆の小さな漁村で少年時代を過ごした。山がそのまま海に陥没したような地形で、急な斜面に沿って屋根の低い家々がへばりつくように並んでいた。何をするにもこの斜面を上り下りしなければならず、厳しい労働の日々だった。半農半漁の小さな漁村で、人々は古代人とたいして変わらない自給自足の暮らしをしていた。お金を出して物を買うなどということは、めったになかった。私は紙芝居が来ると、母親からスルメを二枚もらって見に行った。毎週日曜日には魚を持って隣村の母の実家に行き、帰りには野菜や米などをもらって帰ってきた。人々は物々交換で生活していた。

 

先日ネパールの高地人の暮らしをテレビで観たが、少年時代の伊豆の暮らしとたいして差はないと思った。ただ不思議に思ったのは、この貧しさの中で子供たちの笑顔が底抜けに明るかったことである。そういえばアジアでもアフリカでも、発展途上国と呼ばれる国々の子どもはどうしてこうも生き生きしているのだろうか。国の貧しさと子どもの明るさは比例するのだろうか。昔のアルバムをめくってみると、確かに私も元気のよさという点では後進国並みだった。セピア色の写真の向こうで、少年時代の私は生きていることが楽しくてたまらないという顔をしている。

 

当時の貧しい少年の目からみれば、現在の東京は想像もできない程の豊かさである。ハリウッド映画で見たあのアメリカの大都会の風景そのままである。当時はあんなに豊かなアメリカ人たちは幸せだなぁ、と羨ましく思ったものである。ところがその後の高度成長で、日本も先進国の仲間入りを果たした。あの羨望の的だったアメリカの暮らしが現実のものになったのである。科学技術に牽引され、(資本主義や市場経済と呼ばれる)われわれの社会システムは大成功を収めた。それはいにしえの空想家たちが想い描いた最も楽観的な「理想郷(ユートピア)」をもはるかに超えている。ところがこの極楽浄土のような豊かな社会の中で、人々は何となく捉えどころのない不安感を抱えているのである。

 

今の若者の中には、自分の将来に不安を感じている者が少なくない。大学は出ても就職できない者がいる。キャリア形成の最初のステップを踏み外すと、その後安定した仕事に就くのが難しくなる。だから一生結婚もしないし、結婚しても子供をつくらない。一方で社会の高齢化と少子化は急速に進んでいる。これからの年金制度はどうなるのか、誰が老人の介護をするのか。国の財政赤字は1,000兆円に迫ろうとしている。もはや国に国民の面倒をみる余力は残っていない。こうなってくると長生きは最大のリスクとなった。冗談ではなく、生命保険の代わりに「長生き保険」が必要な時代になったのである。

 

しかしよく考えてみると、これらの不安の根底には必ず数量的な思慮が隠されている。つまり計数的な勘定が合わないことからくる不安である。若者が就職できないのも失業するのも、企業のゼニ勘定が逼迫したことが原因である。企業が倒産するのも、投下した資金に見合うリターンが上げられないからである。年金制度や健康保険制度が危機に陥るのは、国家の財政の帳尻が合わなくなったことが原因である。若者が結婚しないのも、子どもをつくらないのも、将来の収入の見通しが立たないためである。これらはすべて「収入>支出」という不等式が満たせないことから来る不安である。

 

貧しかった時代の底抜けの笑顔と、豊かさを手に入れた現在の不安感は何を意味しているのであろうか。誰でも貧しさより豊かさの方がいいに決まっている。そこになんら問題はない。だから不安感は豊かさそのものからではなく、豊かさを手に入れるプロセスから来ているのではなかろうか。この社会の「しくみ」のどこかに、人々の心の平安をかき乱す何ものかが巣くっている。豊かさを手に入れるために、人びとは人間性と相容れない異物を飲み込んでしまった。それは科学技術や、(資本主義や市場経済と呼ばれる)社会システムや、それらの生みの親である数字という言語の中に含まれる何者かであるに違いない。

 

科学技術や物理学が数学から成り立っているのと同じく、我々の社会・経済システムは数字という言語で組み立てられている。毎朝のテレビのニュースでは必ず株式市場と為替市場の相場を報道する。これらの数字の変動が、この社会の核心であることを示している。景気の良し悪しも、政府の予算も日銀の金融政策も、金の価格も原油の値段も、物価も年金も、賃金も失業率も、インフレもデフレも、すべて数字で語られる。企業の業績を示す財務諸表はすべて数字で書かれている。我々は日々数字を見て一喜一憂している。現在の社会の特徴は、数字という記号で人間が組み立てられていることである。そしてそのことの持つ不自然さに、疑問を投げかける者はほとんどいない。

 

およそ人間と数字ほど、その性質を異にするものはない。もし数字のような人間が周囲にいたら、皆の鼻つまみ者になることは間違ない。彼は「答え」をたったの一つしか持たない。だからその場の状況に合わせて融通を利かすということができない。空気が読めない(KY)。相手が総理大臣であろうと、絶世の美女であろうと、自分の考えを決して曲げようとはしない。時間も空間も超越したそのガンコさは、はっきり言って人間としてはバカに属する。しかし馬鹿もここまで徹底していれば、使い途によっては有用な道具になり得る。天文学や物理学の分野では、このバカが実は鋭い切れ味を示すことを実証したのである。

 

しかし物理学や天文学で成功したからと言って、それをそのまま人間の世界に持ち込むには問題がある。しょせん、バカはバカである。人間はバカの指示に従うことには耐えられない。社会の言語としての数字は、人間を数字並の思考レベルに引きずり降ろす。数字の社会(民主主義社会)では、数の多寡で大事な国政上の判断が決められる。偉人も凡人も、月もスッポンも、ダイヤモンドも石ころも、定量的に一つとカウントする。それが「平等」だとされる。その常識を超えた「合理性」ゆえに、数字という言語は人の神経を逆なでする。

 

数字の持つ顕著な特徴の一つは、その単純性であろう。数字は「多いか、少ないか」以外には何の意味も持たない。子どもでもわかるその単純性ゆえに、数字は宇宙の果てまでも届く真理となった。具体的で形のある物を数字に置き換えれば、複雑な事物も単純化できる。ダイコンもキャベツも、豚肉も鶏肉も、甘い物も酸っぱい物も、おいしい物もそうでない物も、スーパーマーケットでは数値化されて並べられている。いったん数値化すれば、取引は単なる計算となる。様々な個性を持った顧客を、標準化され規格化された流れ作業で処理できるようになる。

 

ここで注意しなければならないことは、数値化は単なる手段だということである。カボチャとニンジンを数字に置き換えれば、両者を同じ土俵の上で比較できる。取引が容易になる。しかしカボチャとニンジンがまったく同じになった訳ではない。相変わらずカボチャはカボチャであり、ニンジンはニンジンであり続ける。ところが一旦お金に置き換えると、もとの個性は消し去られてしまう。そしてすべてはお金という言葉で語られるようになる。新幹線に乗れば、周りの景色は飛ぶように流れ去ってしまう。立ち止まらなければ目に留まらないような、小さな草花には気づかなくなる。時間的な便利さを優先すれば、視界から消え去る風景が出てくるのは道理である。

 

我々は経済の話をするときは数字を用いる。総理大臣も日銀の総裁も、会社の社長もCFOも、数字を使って問題を理解し決定を行う。それが「合理的」で正しいことだとされている。しかし数字は複雑な物事を過度に単純化してしまう。その結果物事の本質を見失い、判断を誤ることだってある。カボチャとニンジンに光を当てれば、背面の壁にクッキリと影ができる。同じ二次元の平面上で、両者の形を比較できるようになる。しかしその影からは、カボチャの黄色い色や、ニンジンの赤い色は消されている。数値化とは物事の一面に光を当て、カゲの部分を消し去ることである。しかし消された影の部分にも、大切な意味が含まれているのに違いない。

 

われわれは日本人として生まれたからには、その心持を表現しようとすれば日本語で話すしかない。同じく経済事象を説明しようとすれば、数字で語るしか方法はない。その結果、多いか少ないか、白か黒か、という二者択一論で経済現象を判断することになる。そして子どもでもわかる愚かな過ちを繰り返す破目に陥る。過去数百年の資本主義の歴史は金融危機の歴史でもあった。しかし何回バブルがはじけても、何回金融危機に襲われても、人類はこの惨禍から逃れることはできなかった。それは数字という言語が、決してバブル現象を識別できないことを示しているのである。

 

株価も為替相場も不動産相場も、値段は上がるか下がるか二つに一つである。日々の相場は上がったり下がったりする。一週間の相場も、日々の上下を繰り返しながら、週間としても上がったり下がったりする。一月間の相場も、日々の上下と、週間の上下を繰り返しながら、月間単位としても上げ下げをする。年間の場合も同じである。われわれは3年前の相場を見て、あぁこの3年間で株価は2倍に上昇した、と初めて理解する。過去のことは記録を見れば簡単に知ることができる。しかし未来のことは誰にもわからないのである。それは「あぁ、夢だった」と気づくのが、いつも目覚めた後であるのと同じ理屈である。

 

この数ヶ月の株価の下落は、上下しながら上昇を続けてきた上げ相場の途上にあるのか、それとも新たな下落相場の始まりなのか、誰にも判断できない。同じようにバブルかバブルでないかは、後になって振り返ってみて初めてわかる現象である。だからバブルから逃げる方法もない。それはさざ波の打ち寄せる岩礁で安心している釣り人が、突然大きなうねりにさらわれるようなものである。ITバブルにサブプラームローン、リーマンショックに中国バブル、そして今まさにアベノミクスという新たな構想が打ち上げられている。有り余るグローバル・マネーは、屁理屈でも何でも構わないから、新たな投資のストーリーを描いてくれとせがんでいる。

 

バブル崩壊で20年間デフレに苦しんだ日本人は、二度とバブルに引っかからないと思われている。しかしそんなことはない。株価が上向けば、人々はまた性懲りも無く熱狂するに違いない。バブルや金融危機は、これから先も何度でも、繰り返して、この世界を襲ってくるに違いない。(資本主義・市場経済と呼ばれる)現在の社会システムが存続する限り、言い換えれば数字が社会の言語として採用されている限り、金融危機から逃れる術はないのである。それは人間が愚かだからではなく、数字そのものが読み取れないように出来ているからである。宇宙の果てまで届くその普遍的な言語は、水や空気のように透明である。経済という人間くさい営みを説明するには、余りに抽象的かつ単純すぎるのである。

 

アダムとイヴが知恵のりんごの実を食べて以来、人類は二つのデータベースを持つことになった。とは言っても原始時代の言葉はほんの僅かなものだった。ほとんどは「無意識」の世界が支配していた。地球上のあらゆる生き物と同じく、人間も「本能」で生きていた。しかし人類が文字を発明した頃から、この「社会」に関する情報は徐々に増えていった。300年前の西ヨーロッパで産業革命が勃発すると、新たに「数字」に関する情報がこれに加わった。第二次大戦後のアメリカで情報革命が起きると、人類が共有する「社会システム」に関する情報量は飛躍的に増加した。現在の先進国では「意識の世界」へアクセスする弁は開きっぱなしになり、「無意識の世界」へのパイプは錆び付いてきた。

 

「意識」のデータベースの露出度が増えるにつれて、人々は「本能」を忘れていった。生命体としての拠り所を失った「根無し草」は、ふわふわと虚構の世界をさまよい歩くことになる。言葉は単なる虚構である。それは現実の世界を音声や文字に置き換えただけのものである。だから言葉を一日中しゃべり続ける現代人は、一日中虚構の世界をさまよっていることになる。その結果現実離れをした心配事や、将来に対する漠然とした不安感に取り付かれることになる。

 

魂を失くした「根無し草」は、孤独感から人々との絆を求める。そしてさらに大量の言葉を周囲に撒き散らすことになる。しかし「根無し草」同士のおしゃべりからは、孤独感が癒されることはない。何故ならこの孤独感は、自らの精神の故郷である「無意識の世界」を喪失したことから来ているからである。この世のあらゆる生命は、宇宙の中心にある精神世界にしっかりと根を張って生かされている。インドの聖人が言っているように、人間も動物も、鳥も魚も、植物も石ころも、根っこは一つに繋がって生々流転の旅をしているのである。

 

東京の地下鉄に乗ってみるといい。座席に座るや否や、人々は携帯を操作して自分の世界に閉じこもる。小さな窓を通して「社会」との接点を探る善良な市民の姿は、見ているだけでいじらしくもあり悲しくもある。あぁ人間はどうしてこんな風になってしまったのだろうか。海亀もイルカも、ヘビもカエルも、ヒヨドリもメジロも、ツバキもサザンカも、生きとし生ける者はすべて個性的で美しく、生命を謳歌しているように見える。人間だけがどうして陰気に背をかがめて、デジタル機器の小窓を覗き込んでいるのだろうか。子どもの頃はあんなに生き生きと楽しそうだったのに。

 

空を見上げると、今日も真っ青な空に白い雲が浮かんでいる。はるかな上空を、なんとカラスがたった一羽どこまでも飛んでいく。大きなクスノキがこんもりと繁り、そよ風にキラキラと葉を揺らしている。その梢の隙間を、ヒヨドリが猛烈なスピードで通り抜けていく。シイノキの薄暗い繁みの中で、何か大きな鳥が動いている。キジバトの夫婦だ。不器用に枝から枝へと歩きながら、何かをついばんでいる。突然頭上でシジューカラが、辺りの空気を切り裂くように「ツー・ツー・ピー」とさえずりだした。

 

私は既に30分以上も、ぼんやりと窓の外の景色を眺めている。言葉は一言も発しない。それどころか頭の中から、一切の言葉や文字や数字を排除しようと努めている。何故なら私は、少年時代の記憶をカラダでよみがえらそうとしているのである。繁みの中でキジバトが「ドテッポー・ポー」と鳴いたとき、私はかすかに昔の記憶がよみがえってきた。急斜面の石ころ路に秋風が吹く頃、私はこの声を聞きながら学校へ通ったのだ。体の中をじわりと、なつかしい記憶が甦るのがわかった。波の音、潮の香り、松林を吹き抜ける風の音、どこかで鳴く鳥の声、子供たちの笑い声。そうだ私は、風の歌を聴いて育ったのだ。

(2013/02/26)

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