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抽象化のワナ

最近つくづく年を取ったな、と感じる時がある。細かい字が読みづらくなったとか、足腰が衰えたとかいう肉体的な変化なら想定もできるし納得もできる。しかしそれは全く予期していなかった心の変化である。実は、私は子供が可愛くて仕方がなくなったのである。母親に連れられた幼児がよちよちと歩き回る姿や、黄色い帽子を被った小学生が三々五々下校する姿を見ていると、思わず顔がほころんでしまう。こんなことは以前の自分にはなかったことである。別に私は子供が嫌いだった訳ではないが、他人の孫がこんなにも可愛いと思ったことはなかった。どうやら子供たちは、犬や猫と同じように、自分が好かれている相手を敏感に感じ取るものらしい。と言うのは、子供たちの方からも時々は私に関心を示してくれるようになったからである。あどけない幼児にじっと見つめられたり、小学生に「こんにちは!」と元気に挨拶されたりすると、身体の中をじわじわと温かいものがこみ上げてくる。そして年甲斐もなく、思い出し笑いを浮かべながら歩いている自分に気が付くのである。

 

私は昭和20815日の終戦の日に生まれたので、今年はちょうど70歳になった。人生の晩秋にさしかかって、このような心の平穏が待ち受けていようとは想像もしていなかった。そう考えると、年を取るということもまんざら悪くはないなと思うのである。18歳で上京して以来、50年余りの歳月が流れた。伊豆の小さな漁村から、大志を抱いて東京に出てきた若者も、いつしか平凡に古希を迎えた。この50年を振り返ると、私はひたすら「ルールを知らないゲーム」をやらされてきたというのが実感である。若い頃は、体力も気力も時間も、あり余っていたが、いつも漠然とした不安に包まれていた。自分が住んでいるこの世界を理解できないという不安感は、底知れないものがあった。私にとって、「社会」とは魔物が住むところだった。それは、不合理で、理解不能な、つかみどころのない世界だった。今は、多少はゲームのルールも分かってきた。そして、素直に「人間の集団」に興味を持てるようになった。

 

社会の言語としての数字

私は大学を卒業すると、さしたる思慮もなく、とある大手の食品会社に入った。そこで最初に配属されたのが経理部だった。狭い室内では十数名の経理部員が額を寄せ合ってパチパチとソロバンをはじいていた。その一員に加わった私は、日がな一日黙りこくって座り続けていることにひどく苦痛を感じた。のっぺりとした無機質な時間は耐え難いものに感じられた。以来、この「オリのない牢獄」から抜け出すことが、私の人生の最大の目標になった。

 

ところが驚くべきことに、あれから50年間、私はいまだに経理の仕事でメシを食っているのである。牢獄の種類はいくつか変ったけれど、相変わらず計算・計算・計算の毎日にどっぷりと浸っている。経理一筋と言えば聞こえはいいが、結果的にそうなっただけの話である。私は結局、この均質で抽象的な数字の世界から抜け出すことができなかった。しかし人生のたそがれが近づいてきた今日この頃、ふと自分の一生とはなんだったのだろうかと考えることがある。あの計算に明け暮れた灰色の日々に何か意味があったのだろうか。そう考えるとなんだかいたたまれない気持になってくる。嘘でも屁理屈でもいいから、自分の仕事に何らかの意義を見いだしたい。さもなければ(おおげさに言えば)、死んでも死にきれないとさえ思うことがある。

 

経理部員は領収書や納品書をぺらぺらとめくりながら計算をする。そしてたったの1円の違いでも見つけると、まるで鬼の首でもとったようにわめきたてる。わたしはこの職場の雰囲気が好きになれなかったし、例え生活のためとはいえ、こんな所に身を置いている自分自身を憎んだ。何かもっとましな仕事はないものかと思った。しかし後からわかったことだが、銀行でも、商社でも、メーカーでも、日本中の会社はみな似通ったようなものだったのである。いや、世界中の会社という会社はたぶん同じであろう。むしろ一流企業と呼ばれているところほど、この傾向は徹底している。みんな1円に目くじらを立てることが、キチンと仕事をしていることだと思い込んでいるのである。

 

経理の世界ではたったの1円の差額もハッキリと記録されるし、その差異の原因を突き止めることが求められている。何億円、何十億円の中のたったの1円の誤差でも、指先にささったトゲのように気になる。数字を扱う者は、まるで人が変ったように、物事を手加減するという術を知らなくなる。誰でも床屋に行って、女や子供の肌みたいにひげを剃ってもらおうとは思わない。多少のザラザラがあったって許容範囲内である。どうせ明日になればまたヒゲは生えてくるのだから。ところが数字という言葉を話す床屋では、まるで瀬戸物の表面みたいにツルツルに髭をそることが義務だと思い込んでいる。

 

1円の違いも許さないという経理マンの究極の非寛容性は、数字が持つ本来の特性から出てくるものである。だからお金という数字を社会の言語に採用しているかぎり、人びとはまるでアリ地獄の穴にはまった虫みたいに、計算の呪縛から逃れることはできない。1+1=2というのは小児でさえ知っている理屈である。この答えはいつでもどこでも必ず2でなければならず、例え総理大臣でも日銀の総裁でも2.2とか1.8にすることはできない。数字のユニークなところは、たったの一つの答えしか持たないということである。だから「計算」ができる。答えがコロコロと変っては計算にならないからである。

 

お金の流れは、まるで鉄道レールか電話線のように、一本の途切れることのない「論理の連鎖」でつながっている。この連続性にわずかな亀裂が走っただけで電車は脱線し、電話は不通となる。同じくお金の流れにわずかの差異が生ずると、経理部は帳簿を締め切ることも、決算をすることもできなくなる。だからせめて(外見上だけでも)、お金の流れは1円の狂いもない一本の線として表現されていなくてはならない。そのため経理部の仕事の大半は、この恐ろしく融通のきかない数字という言語の、辻褄合わせに費やされるのである。

 

50年間経理をやってきて、最近気づいたことがある。それは、われわれがあれほど労力を注ぎ、注意深く見守ってきた「論理の連鎖」が、いとも簡単に無視され切断されている場所があるということである。それは他でもない、市場(マーケット)の中である。もちろん市場でも数字を使っている。すべての取引は数字(価格)で表現されている。しかしそれは単なる見せかけだけの、記号としての数字である。市場の数字は、数字であって数字ではない。

 

東南アジアを旅行したことがある人は、土産物を売っている小さな露店をひやかしたことがあるかも知れない。お店のおばちゃんがハッタリで値段をふっかけてくる。買い手も分かっているので、値切り返す。やりとりを何回か繰り返して、感覚的にこれ位ならいいという所で取引は成立する。いいかげんのように見えるが、株式市場でも為替市場でも原理は同じである。市場価格は人間の感性で決まる。欲望や衝動、恐怖やパニックで、価格は大きく変動する。ところが「お金」のシステムは切れ目のない論理の連鎖で繋がった一本の線である。突然ジャンプしたり、大きく滑落したりすると、電話線が切れたように機能しなくなる。ビジネスの言語である数字が意味を失い、経済は麻痺し、最悪の場合は社会そのものが崩壊する。

 

経理には原価計算という手法がある。製品や商品のコストを計算する方法である。原料や材料、電力料や賃借料、労務費や減価償却費、といった費用を集計して製品の一単位当たりのコストを計算する。これは1円の狂いも許されない論理の連鎖で組み立てられた作業である。しかしある日この製品をマーケットで販売すると、突如として原価は「売上高」に変身する。そして原価と売上高の間には、なんの論理的なつながりはない。100円の品物が突然150円になる。1円の誤差をも許さない経理マンは、この50円の差額をどのように処理したらいいのだろうか?商品を市場で販売したトタンに、1円の継ぎ目もない論理の連鎖がぷっつりと断ち切られるのである。

 

経理マンはあ然とする。限りなく人間くさい、この市場が作り出す売上高という記号をどのように理解すべきか。外見はまったく同じだが、出自の異なる「エセ数字」を、どのように帳簿に記録すべきか。経理で扱う数字は物理学や天文学で使われる数学と同じものである。それは計算可能で普遍的な、ものごとを正確に予測するための道具である。しかし市場で使われる数字は、数学とは似て非なるものである。そこでは数学特有の論理的なつながりが断ち切られている。鉄道レールのような一本の線ではなく、コマ送りの映画のように断続的に動き、蝶々のようにひらひらと空中を舞うことができる。

 

この難問に解決を与えたのが複式簿記である。いや、解決したというよりも、問題をただ現実としてありのままに並べて見せた、という方が当たっているかもしれない。複式簿記では、二種類の数字が混じらないように左右に分けて表示する。人間の感性で動く市場の「エセ数字」を左側(借方)に、数学が支配している本物の数字を右側(貸方)に集めた。当然ニセ物と本物、つまり借方と貸方の合計には差がでる。この貸借の差額を加減・調整して、貸借のバランスをとった。これがバランスシートと呼ばれる表である。そこでは借方(人間の世界)の金額が多い場合の差額を「利益」と呼び、逆に貸方(数字の世界)が多くなった場合の差額を「損失」と呼んだのである。

 

複式簿記は12世紀にイスラム世界で考案され、ヴェネツィアの商人たちによって西ヨーロッパにもたらされたといわれる。いずれにしても、ほぼ千年紀も昔の帳簿の記録法という一種の社会システムが、21世紀の現代社会でいまだに使われているということは驚嘆すべき事実である。そこには時代を超えた人類の英知が隠されているに違いない。というよりも、数字という言語を人間の経済活動に採用している限り、言い換えれば相矛盾する二種類の数字が混在する現実がある限り、ひとつの取引を複式で記録するこのシステムは今後も生き残らざるを得ないであろう。

 

さてここでわれわれはひとつの疑問に突き当たる。それは現代のような複雑な経済システムの制御をつかさどっているお金という言語が、実はまったく異質な二種類の数字で構成されていることの可否である。これらの数字は、外見は同じだがまったく別の動きをする。それによってわれわれの社会システムに何か不都合は生じないのであろうか?数学のように論理的に構築された(貸方の)システムがもっとも嫌うのは、測定不能な(借方サイドの)想定外の変動である。(借方の)市場の数字が異常に膨張したり、その反動で急速に収縮したりしたら、(貸方の)厳密な論理で構築された社会システムは大混乱におちってしまうのではないか。実はこれこそが「数字社会」が抱える慢性的な病である。例えばリーマン・ショックのようにマーケットに大きな亀裂が走れば、そこに接続された(貸方の)金融システムがズタズタに引き裂かれる。機能不全におちいった世界経済はいまだにその後遺症から抜け出せないのである。

 

数字とは水や空気みたいに均質な概念である。コップの水をバケツにそそぐと、水は均一に混じりあってもとのコップの形状をまったく留めていない。そしてバケツ1杯の水を見て、そこにはコップ何杯分の水が注がれたという形跡は残っていない。営業マンに「今月の売上はいくらか?」と聞くと「はい、1億円です」と彼はこともなげに答える。毎日まいにち30名の営業マンが、一個当り数百円から数千円の100種類の商品を、一ヶ月間売り続けた結果を「はい、1億円です」とたったの一言で表すことができる。数字はあらゆる事物を一つに溶かし、抽象的な「量」という概念に置き換えてしまう。数字とは「多いか、少ないか」以外には何の意味も持たない言語なのである。

 

私は長いあいだ経理のイスに座って、ピンセットで豆を数えるような味気ない仕事を続けてきた者の一人として、現在の社会システムになんだか割り切れないものを感じることがある。ある部屋ではたった一粒の豆が足りないといって大騒ぎしている一方で、別の部屋では50粒ものマメが突然増えたり減ったりしているのである。各部屋の合計を一つの家として考えれば、まったく筋の通らないことをしているのではあるまいか。しかもピンセットでつまんだ豆も、天から降ってきた豆も、その外見はまったく区別がつかないのである。

 

数字はたったの10個の文字で成り立っている、完全に均質な言語である。だからダビングを繰り返しても劣化しないデジタルのコピーのように、本物もニセ物も区別がつかない。その出自が市場のもので、例え誕生の経緯に人間の手が加わったとしても、いったん出来上がった数字はすべて同列に扱われる。すなわち、すべての数字は1+1=2のルールの下に行動するようになる。彼らは1円の狂いも許されない論理の連鎖でつながれて行進することになる。カタツムリが透明なガラス板の上に線を引いてのたくって行く。それを子どもが手でつまんで別の場所に移す。するとそこからまた、彼はガラス板に線を引きながら歩き出すのである。もちろんこのゲームでは、人間が手を加えることはルール違反である。

 

現在の社会では、お金を使う者は誰でも経理マンのように厳密に一粒ずつ豆を数える。一方で豆を生産する人は、数学のように厳密に将来の収穫を予測している訳ではない。それはその年の天候しだいである。べらぼうな豊作になることもあるし、種マメまで食いつぶすほどの凶作になることだってあり得る。これは要するに社会全体としてみれば、豆の量はお天気しだいということになる。だとしたらピンセットで豆を数える作業になんの意味があるのだろうか。なまじっかお金という数字が、高等数学や科学を連想させるがために、実はわれわれの経済システムがお天気のように不安定な土台の上に乗っかっているということを忘れさせるだけ罪が深いのではないか。

 

われわれは豆を数えて、1020個というふうに数字に置き換える。しかし、置き換えた後で置き換えたという事実を忘れてしまう。そして、数字が一人歩きを始める。えんどう豆やおたふく豆は数値化された途端に、水や空気のように無色・無臭になり、高等数学や宇宙工学の仲間入りをする。巨大な精密機械の一部に組み込まれて、ほんのわずかなミスも許されなくなる。しかし、しょせん豆は豆である。高等数学や金融工学とはなんの関係もない。豆の収穫は天候しだいだし、市場の相場は人間の気分しだいで想定外の変動を繰り返す。

 

われわれは経済活動を数字で測定する社会に住んでいる。個人も企業も政府も、この社会の住人は「収入>支出」という不等式を満たさなければならない。誰でも収入以上の支出を続けることはできないし、支出(投資)に見合うリターンを上げられないビジネスを続けていくこともできない。現在の社会では、生活するということと計算するということは同じ意味である。近代の数百年の歴史は、いかにして「人間」を「数値化」するかの歴史でもある。しかしフレデリック・テイラーやドラッカーの努力にもかかわらず、人間の効率化には限界があると言わざるを得ない。そこには根本的な無理がある。なぜなら人間を数値化すればするほど、人間はもはや人間ではなくなってしまうからである。

 

科学技術は右肩上がりに一直線に進歩してきた。そして、いったん進歩した科学的知識は後戻りするということがない。ところが我々が住むこの社会は立ち止まったり、時には後戻りしたりする。そして何回も同じ過ちを繰り返す。バブルが発生して市場が熱狂し、バブルがはじけて長い不況がやってくる。失業者が街にあふれ、人びとは不安と失望に打ちひしがれる。財政支出も金融政策もまったく効き目がない。アダム・スミスもケインズもまるで痴呆のように無力になる。ついには戦争によってこの危機を打開しようとした時代さえあった。

 

科学技術ではあれほど優れた業績を上げた人間が、どうして自分の住むこの社会の問題に関してはかくも無能に見えるのだろうか。同じ人間が一方で利口になったり、もう一方では突然バカになったりするはずがない。だとしたらそれは「前提」そのものが間違っているからではなかろうか。われわれは誤った入口に入り込んでしまったために、どんなにもがいても決して目的地には着けないのではないか。誤った入口(前提)とは他でもない、お金という数字を経済活動の言語に適用したことである。「科学」で成功したからといって、数字や数学をそのまま社会の言語に採用することには根本的な無理があるのではないだろうか。

 

ガリレオは手作りの望遠鏡で天体を観測し、それを紙の上に記録した。数値化された天体は、紙の上で時間が静止した。昼夜を問わず、じっくりと分析することが可能になった。天体の運動は純粋な数学の問題に置き換えられた。ガリレオやケプラーは、数学の問題を解くようにして天体の運動の法則を発見することができた。惑星も恒星も衛星も、機械時計のように正確に天空を移動していたのである。われわれは今度の金環日蝕が、2012521 732分に東京で観測できることを正確に予測していた。

 

ところが、おたふく豆やえんどう豆を数値化して、そこから何が得られるのだろうか。微分や積分を応用すれば、来年の収穫量が予測できるのだろうか。そんなことはあり得ない。数値化する対象を間違えば、科学的な手法はなんの役にも立たないのである。中華料理屋のオヤジがやま勘で付けた値段とか、バナナの叩き売りみたいにハッタリで付けた市場の価格は、数字であって数字ではない。外観は数字の形をしているが、中味は人間そのものである。そんなものをかき集めて分析したところで、デフレの原因とか景気動向を予測できないのは明らかである。入口(前提)を間違えれば、プロセスだけをいくら厳密に辿っても、決して目的地には着けないのである。

 

アダム・スミスは「経済人」という概念を作り上げて、経済学を科学にした。「経済人」とは、功利性のみによって行動する仮想上の人間である。彼は一番儲かる方法をすべて知っている万能人間という想定である。これによって人間の経済活動は数字に置き換えることが可能になった。天文学や物理学のように、数字を分析することにより、経済の「法則」を導き出すことができるようになった。経済学では人間は玉突きの玉のように、一度コツンとたたけば、あとは計算どおりに決まったルートを動くと考えられた。

 

もちろんこの考えが誤りであることは、経済学者以外なら誰でも分かっている。なぜこのような単純なミスを犯したのかというと、経済活動の言語に「お金」という数字を使っているためである。経済活動に使う「数字」とは、ただ単に品物の値段を「人間」が市場で、感覚的に数字に「置き換えた」だけである。物理学や天文学のように、物質を厳密に「測定」した数値ではない。しかし、いったん数値化されると、外形上は、品物の値段も物理学の測定値も区別はつかない。その結果、両者はまったく同じ数字として扱われるようになるのである。

 

数字はすべて「数学」のルールに従って動いている。例え出生の経緯があやしく、人間が恣意的に数値化したものだとしても、いったん数字に置き換えたからには、以後は数学の厳密なルールを適用しなければならない。数字はたったの10個の文字で出来上がっている。「多いか、少ないか」以外には何の意味もない、水や空気のように透明で普遍的な言語である。この意味のない言語を読んで、どうにかして意味を知ろうとすると、論理的な分析しか方法はない。その結果、本来合理的ではない人間の活動を、いったん「経済人」という合理だけで動く人間とみなす必要が出てくる。つまり本末が転倒してしまったのである。ウソをついた少年が、現実をウソに合わせようと四苦八苦しているようなものである。

 

物事を抽象化すると必ずこのような問題が発生する。人びとは、具体的な物事を抽象的なものに「置き換えた」後で、置き換えたことを忘れてしまう。そして抽象化した「記号」だけが一人歩きを始める。インド人は数学が得意な民族である。昔から何でも抽象化しなければ気が済まない性癖があるそうだ。例えば、仏教には孔雀明王というのがいる。単なる鳥の孔雀が、明王という高い位の仏になって祀られている。彼らが考え出した理屈は以下のとおりである。孔雀はコブラのような毒蛇を平気で食べる。孔雀は解毒作用を持っている。これを抽象化すると、孔雀は悪を消す力を持っている。人間の煩悩を食らって、仏道に成就せしめる功徳がある仏である、という具合になる。

 

孔雀が仏教の仏さまになっても、さしたる支障はないかも知れない。ところが市場経済システムの言語が不適切なものだったとしたら、その副作用もまた計り知れないものがある。大恐慌を巻き起こし、大戦争の引き金になるかも知れない。もともと人間と数字はまったく異質なものである。似たところは皆無だと言っていいぐらい両者は異なっている。数字は鉄道のレールのように、切れ目なく繋がった「論理の連鎖」で出来上がっている。人間のように、時間や空間を飛び越えて、精神世界をジャンプするような発想が出来ない。どんなに遠回りになっても、数字は一本の線をたどらなければ目的地に到着することができないのである。

 

言葉の抽象性

私は日本の会社に20年勤めた後で外資系の企業に転職した。英語はほとんどできなかったが、ハッタリでどうにか面接試験をパスした。当時の日本では、経理もできて英語もできる人材は希少価値があった。だから会社の方でも、私のような人間でも採用せざるを得ない事情があったのだと思う。首尾よく就職できたはいいが、入社してからが大変だった。とにかく英語がぜんぜん聞き取れない。電話やテレビ会議では、ジョン・ウェインみたいな英語でまくし立てられて、さっぱりわからなかった。だから「調べて後からメールで返事をします」、などとごまかしては急場をしのいでいた。私はそのとき言葉ができない人間の苦しさというものをいやという程味わった。同時に母国語のありがたさを身にしみて感じた。われわれは特に意識しないでも、日本語がすらすらと口から出てくる。おしゃべりをして腹の底から笑うことができる。これは宝物のように素晴らしい能力なのである。

 

言葉は便利なものだ。人類は言葉を使ってコミュニケーションを図り、情報を交換して、高度な文明を築いてきた。言葉は集団や社会の中で共有されている。共有されるためには普遍的でなければならない。普遍的になろうとすれば必然的に抽象的たらざるを得ない。抽象的な言葉は、実体のない単なる音声で出来上がっている。犬という実体を「イヌ」という音声に置き換えたものである。「イヌ」というふうに発音さえすれば、聞き手は自分なりに犬という動物を想像する。太古の昔からの長い訓練の結果、われわれは言葉を聴くと瞬時にあるイメージが脳裏に浮かぶように習慣づけられている。だから楽しい話を聞くと心がウキウキしてくるし、悲しい話には心が痛む。言葉と人間の精神は切っても切れない関係があるのである。

 

言葉に実体などありはしない。言葉は単なる音声の記号である。しかし言葉は精神と直結しているが故に、あたかも実体があるがごとくに独り歩きを始める。ひとびとは言葉によって喜び、言葉によって悲しみ、言葉によって人を憎むようになる。認知症の老人が、足腰立たぬ程衰えた肉体で、言葉だけはハッキリと執拗に発することができる。善悪の判断がつかないままに、自分の身の回りの世話をしてくれる家族に向かって、汚い言葉を浴びせて悲劇を挑発している。人間にとって、切ないほどに悲しい場面である。

 

醜いものや不道徳な行いが眼前に繰り広げられれば、ひとは目を背けることもできる。しかし耳をつんざく騒音や、鼻が曲がりそうな悪臭は避けることができない。言葉も同じである。音声としての言葉は、容赦なく人の脳の中へ侵入し、平穏な精神世界を引っ掻き回す。現代の組織社会は言葉で成り立っている。人々は言葉の洪水の中で暮らさなければならない。不快な言葉や悪意のある発想、猜疑心の強い暴言や被害妄想、視野の狭い自慢話や同じ言葉の繰り返し、これらは騒音や悪臭となんら変らない。言葉という、人間にとって便利なはずの文明の利器が、副作用のように人間を苦しめるようになる。

 

「イヌ」という言葉はたったの一つである。一匹一匹の犬は大きさや形や性質が異なる。ところがそれらをひとくくりに「イヌ」と呼ぶことができる。言葉とは、何万・何十万という多様な個性を消し去り、一つの抽象的な記号に置き換えたものである。だから言葉を使った対話のプロセスでは、この逆の道筋をたどることになる。抽象的な言葉を媒介にして、聞き手は持てる知識や経験や想像力を駆使して、具体的な世界に至る道を探るのである。オオカミみたいに大きな犬か、毛は長いか短いか、馬みたいに顔が長いのか、神経質か、ぼんやりしているか・・・、そして彼は徐々に記憶の糸を手繰り寄せてイメージを鮮明にしていくのである。

 

だから対話とは、話し手と聞き手の信頼関係の上に成り立つものである。この信頼関係がなければ、言葉は単なる抽象的な記号の域を出ることがない。例えば党派根性むきだしの政治家の議論などがその典型である。話し手は最初から相手を説得しようと決めてかかっているし、聞き手はそうはさせまいと身構えている。だから想像力を故意に封印した議論は、単なる言葉のキャッチボールに終始する。話し手が秋田犬の話をしているのに、聞き手はブルドッグのふりをする。イヌは可愛いペットだと言えば、他の犬のおしりをなめた同じ舌で、顔をペロペロなめられて喜んでいる人間の気が知れないと応酬する。対話はお互いの歩み寄りがなければ、決して成立しないものである。

 

言葉は人間だけのものと思われがちだが、私はそんなことはないと思う。鳥や獣も彼らなりの言葉を持っていると思う。ヒヨドリやシジューカラは10種類ぐらいの声色を鳴き分けている。人間が聞いて10種類に聞こえるのだから、トリどうしではさらに微妙な鳴き分け方があるに違いない。数十羽のヒヨドリがシイの木のてっぺんに群がり、ピーピー・ピーヨとかしましく鳴いている。たぶん会議がもめているのだろう。しかし鳥も動物もさすがに文字だけは持っていない。人間は文字を発明したおかげで飛躍的に語彙を増やすことができた。そして言葉はより視覚的になり、高度で複雑な表現や、論理的な筋道だった話ができるようになった。

 

人類は文字を発明して、言葉を紙の上に視覚化した。言葉は紙の上で時間が止まった。言葉は風のように流れ去るものではなく、その全容を紙の上に留めるようになった。言葉は時間をかけてじっくりと観察し、加工することが可能になった。そして膨大な数の語彙が発明され、さらに複雑な表現が可能になった。さまざまな知識や歴史や文芸作品が文字化され人びとに共有化された。個人の限られた暗証能力に頼っていた人類の記憶容量は、図書館の蔵書のように無限に広がった。やがてたくさんの言葉を知っているということと、知識があるということが同じ意味になった。そして「知識人」と呼ばれる人びとが現れた。一度も会社の経営をしたことがない知識人が、大学院で「経営学」を教えるという奇妙な世の中が出現した。多くの若者が、人生の一番大切な青春時代を、学校へ行って本を読むことに費やすようになった。

 

私はケヤキとエノキの区別がつかなかった。今では混同していたことが不思議に思えるくらい両者の違いはハッキリと識別できる。しかしわからない時には何も見えないものである。いくら本を読んでも、インターネットで調べても理解できなかった。仕方がないので自己流に、ただじっと観察を続けていた。そしてある日突然それは「わかった」のである。身体で会得したという表現がピッタリだった。本当にものごとが識別できるというのは、こういう状態を指すのではないかと思う。いくら本を読んでも、ひとに教わっても、それはしょせん言葉の上のことである。最後の一線を越えて本当に物がわかるようになるためは、自分自身の経験と独自の発明が必要ではなかろうか。ただひたすら時間をかけて、向こうから(何者かが)わからせてくれるのをじっと待つしか方法はないのだと思う。

 

社会が大きくなり複雑になると、人類は法律という紙の上に書いた言葉で世の中を治めようとした。しかし抽象的な言葉で、具体的な人間の行動をコントロールしようとする発想にはもともと矛盾がある。「盗んではいけない」という言葉は、水や空気のようにつかみどころがない。「盗む」という行為は、盗む人間の数だけ、盗まれる品物の数だけ、さまざまな具体的な事例が存在する。そもそも規制する側(話者)と犯罪者(聞き手)は敵対関係にある。どうみても信頼関係に基づく対話は成立しない。両者の歩み寄りのない言葉の応酬は得るところが少なく、裁判はいつも途方もない時間を浪費することになるのである。

 

私は法律書の出版社に勤めていたことがあるが、そのショールームにはたくさんの法律や判例の出版物が並んでいた。10人の人間が一生かかっても読みきれないほどの書物が陳列されている。そして今でも法律は日々増え続けている。しかしいくら法律を増やしても、世の中から犯罪はなくならない。それどころか法の網をかいくぐって、新手の犯罪が次々に現れる。こんなことではイタチごっこではないかと思う。そもそも紙の上で静止し「死んだ」状態の言葉を使って、動的な「生きた」人間をコントロールしようという発想(前提)そのものに無理があるのではないかと思う。それはちょうど数字で経済をコントロールできないのと同じように、言葉で人間をコントロールすることはできないのである。

 

人類の記憶システム

東京の赤坂見附から飯田橋にかけて、かつての江戸城の外堀が残っている。市ヶ谷見附の橋の上からお濠を見下ろすと、この寒空の中を水中にもぐって無心にエサを探している水鳥がいる。私はふとあの水鳥の記憶装置はどうなっているのだろうか、と考えた。彼らの目には、この世界がどのように映っているのだろうか。当然、人間とは異なった風景を見ているのだろう。多分その疑問を解く鍵は、彼らがどのように生活しているかということと深く関連しているに違いない。

 

トリは全身を羽毛でおおい、両腕に強い筋肉を付けて翼に変えた。体型を流線型にして、空気や水の抵抗を少なくしている。体温を高く保って、寒風でも冷たい水中でも平気である。高性能の望遠鏡のような視覚は、上空から水面の小魚さえ見分けることができる。彼らは空中を飛ぶことも、水中に潜ることもできる。春になるとはるかシベリアまで飛んでいくし、秋になるとまた皇居のお濠に帰ってくる。レーダーのような探知能力は、人間をはるかに超えた記憶の持ち主のように見える。

 

一方で人間は成人でさえ嬰児のように無防備な裸である。コートやマフラーなしには冬の寒さに耐えられない。寒中水泳をする人はいるが、生活のためというよりむしろ趣味でやっているにすぎない。まして空を飛べる人間などいない。しかし人間は飛行機を発明した。ジャンボジェットはいっぺんに数百人の人間を乗せてアメリカまで飛んで行ける。トリは自分自身を飛行機に変えたが、人間は自分の肉体には指一本触れずに空を飛ぶ「機械」を発明した。これが人間とトリとの決定的な違いである。この「発想の違い」こそが、人間とそれ以外のあらゆる生き物の記憶装置をまったく異質なものにしているのである。言い換えると人間の幸不幸も、すべてここからスタートしているのである。

 

人間以外のあらゆる生き物は、環境に合わせて自分自身のカラダを変形させる。地球上の限られたスペースで自分の居場所を確保するために、他とは異なった特殊な技能を身につける必要があったからである。あるものは草原の枯れ草色に全身をカモフラージュしたり、地上を猛スピードで駆け抜けたりする能力を身につけた。またあるものは鋭いキバやツメを生やしたり、あるいは首を伸ばしたり鼻を伸ばしたりした。種とは他と差別化することによってのみ、この惑星上での生存を許されたのである。その結果、地上にも地中にも、空中にも水中にも、地球上は驚くほど多様な生物で満たされた。

 

地球上が多様な生物で埋め尽くされたまさにその瞬間に、これとは全く反対の動きをする生物が現れた。人類の出現である。人間は自然環境の隙間に自分の居場所を求めようともしなかったし、特殊技能に特化して自分の体型を変えようともしなかった。人間は大胆にも(創造主に逆らって)、自然環境そのものを自分に合わせて変えようとした。1万年前のメソポタミアで小麦の栽培に成功すると、人類は農業を発明した。食べ物を探して移動するのを止め、逆に自分の周りに食べ物を実らせる植物を植えた。これはあたかも自分が創造主になったような、大胆な発想の転換だった。

 

人間も猿も、イルカも海亀も、魚も鳥も、胎内の嬰児の姿は驚くほど似かよっている。しかし成長するにつれて徐々に、動物は動物らしく、鳥は鳥らしく、魚は魚らしく枝分かれしていく。即ちすべての生き物は胎内で、その全進化の歴史を一代で遡って、それぞれの「おとな」に成長するのである。ただ人間だけが、嬰児の姿そのままに成人する。彼らには肉食獣のような鋭いキバやツメもないし、トリのような翼や羽毛もないし、イルカのような流線型の体形や強靭な尾ビレも持たない。

 

不思議なことに、肉体的に無防備な人間だけがこの地上に高度な文明を築くことができたのである。彼らは(幸いにも)、速く走ることも寒さに耐えることも、空を飛ぶことも水中に潜ることも出来なかったので、色々な「道具」を発明する衝動にかられた。彼らは羽毛の代わりに衣服や住居を作り、鋭いキバやツメの代わりに刀や銃を作り、速い足の代わりに汽車や自動車を作り、翼の代わりに飛行機を作った。

 

つまり人間の特徴は、無防備な肉体と表裏一体の、そのユニークな頭脳にある。他のあらゆる生き物が自分の肉体を改造したのに対して、人間は自分の精神世界を改造した。開きっぱなしだった宇宙(創造主)のデータベースへの弁を、自らの意思で開閉する術を身につけたのである。その結果、人間はものを「考える」ことができるようになった。

 

あらゆる生命体は生きるための知恵を授かっている。このような知恵を我々は「本能」と呼んでいる。本能は無意識の世界からやってくるものである。我々は特別に意識しなくても空気を呼吸し、水を飲み、食物を食べ、生殖をして子孫を残す。さんさんと降り注ぐ太陽の英知を体内に取り込み、自然と一体化することにより、我々はこの地球上に生命を維持していくことができる。

 

もちろん人間も一つの生命体であることに変わりはない。体内には他の生物と同じ宇宙の摂理が流れている。しかし一方で人間は、独自のデータベースを持っている。言葉や文字や数字を使って情報を共有化することにより、人類は高度な社会を形成することができた。つまり人間は二種類のデータベースを持っているのである。一つは無意識の世界であり、もう一つは人類に特有の「意識」の世界である。前者は生命に関する偏在的な知恵であり、後者は言葉による社会に関する情報である。

 

人間は宇宙を一たん言葉や文字や数字に置き換えることにより、事物を抽象的に捕らえる方法を学んだ。混沌とした世界は言葉に置き換えることにより細分化され、一つの断片に切り取ることができる。咀嚼し、理解し、飲み込み易くなる。そして何よりも、それは記号化され客観化されて、交換が可能になったのである。人々は言葉を交わすことにより、情報を共有化することができるようになった。

 

最初はシンプルな言葉で、家族や部族の小さな集団を形成した。やがて人々は文字を発明し、言葉は紙の上に形として残るようになった。視覚化された言葉は、時間をかけてじっくりと改良することが可能になった。その結果、より高度で複雑な表現が可能になった。時間と空間の制約を解き放たれた文字情報は、より広範囲な人々に共有されるようになった。やがて都市が生まれ、社会はより高度なものに変っていった。

 

数百年前の西ヨーロッパに近代的な国民国家が誕生し、それは瞬く間に全世界に広がっていった。いまや21世紀の世界は、グローバル経済と呼ばれる巨大な市場が生まれようとしている。このような地球規模の巨大な社会の形成には、より普遍的で抽象的な言葉が必要になってくる。そして「数字」が出現した。数字こそは究極の抽象性と普遍性を備えた言語である。現在の高度な物質文明は数字を抜きにしては考えられない。

 

「数字」の有用性を発見した中世の西ヨーロッパ人は、飛び上がらんばかりに喜んだ。なんと宇宙は数学的に整然と動いていたのである。宇宙の真理は数字で書かれていた。混沌として捉えどころのない世界を測定し、数字に置き換えさえすれば、それは紙の上に静止する。宇宙の断片を切り取ってきて、まるで数学の問題を解くように、じっくりと机の上で観察することが可能になる。「くつわ」をはめて馬を慣らすように、数値化することにより人間は自然を手なずけていった。物事と物事の変わらぬ関係を「法則」と呼ぶ。法則という(創造主の)暗号の解読に成功した人類は、やがて自然を意のままにコントロールできるようになった。

 

数学の進歩は物理学の発展を促し、物理学は次々と新しい科学的な発見を生み出した。人類は「科学」という呪文を唱えることにより、自然から無限の利益を引き出すことが可能になった。科学万能の時代が到来した。科学的ということと「正しい」ということは同じ意味になった。非科学的なことは、信ずるに足りない迷信だと決めつけられた。人間が理解できるのは数量的な概念だけであり、数値化できない物事は取るに足りない「たわごと」だとされた。ものごとを数量的に理解する能力において、人間は「神」と肩を並べたとさえ自惚れるようになった。そして人間は、人間そのものの集まりである社会も、数量的にコントロールできるはずだと考えた。

 

資本主義と呼ばれる社会システムは、「数字」を社会の言語に据えたものである。そこでは「お金」と呼ばれる数字が、すべての経済活動を測定する。資本主義は人間の経済活動を、恐ろしく抽象的で普遍的なものに変えた。それはグローバルな市場の言語としては最適なものだった。しかし宇宙の果てまで届くその普遍性は、アフリカの僻地の農民までもゼニ勘定に巻き込まずにはおかなかった。この社会では、「生きる」ということと「計算」するということは同じ意味になった。「収入>支出」という不等式を満たさない者は、この世で生きていくことさえ難しくなった。人生においては、経済的な問題がすべてだとされた。

 

ヴァーチャル社会と現代人

最近ヴァーチャル世界という言葉をよく耳にする。仮想世界と訳されている。ネット上の仮想都市で買い物をしたり、知らない相手とゲームをしたりして楽しむことができる。Virtualという単語を英和辞典で調べたら、・・・(表面上または名目上はそうではないが)「事実上の、実質上の」・・・と説明されていた。つまりヴァーチャルは日本語では「仮想」だが、英語では「本物」という意味である。仮想の世界が本物だというのは、なにやら言いえて妙ではないか。何故ならわれわれの住むこの「社会」こそ、究極のヴァーチャル世界だと言えなくもないからである。人間は現実の世界を言葉や文字や数字に置き換えて、ヴァーチャルな世界を作り上げてきた。しかしやがて置き換えたという事実を忘れて、人々はヴァーチャルな世界が本物だと錯覚するようになったのである。

 

「遊びをせんとや、生まれけむ」と今様にも歌われているように、人間は遊ぶために生まれてきたようなものである。ゲームは人間の本能である。アダムとイヴが楽園を追われた昔から、人間はゲームにうつつを抜かしてきた。最初は農作業の合間に、ほんの気休めに楽しんでいた。それも部族単位の小さなグループだけのものだった。ところが次第に規模が大きくなり、24時間・365日ゲームに専念するプロが出現してきた。近代の西ヨーロッパで産業革命が勃発して国民国家が成立すると、ゲームは国家単位の巨大なものとなった。国民のすべてがゲームに参加するようになり、ゲームの勝敗によって「お金」と呼ばれるチップが配分されるようになった。こうなったらもはやゲームは遊びではなく、生活そのものになった。ゲームの熱狂はいまや地球規模に広がっている。

 

人々はゲームの腕をみがくために幼児のうちから学校に通い、20代前半までの青春時代のほとんどをゲームのルールを勉強するために費やすようになった。言葉や文字や数字を駆使して、いかにしてゲームに勝つかを学んだ。そして「ゲームの達人」が誕生した。総理大臣も、日銀の総裁も、会社の社長も、ゲームの達人の中から選ばれるようになった。仕事をほったらかしてゲームに熱中してきた者が社会の成功者とみなされるようになった。ゲーム万能の時代が到来したのである。やがて人々はゲームのように物を考え、ゲームのルールに書かれているようにこの世界を理解するようになった。

 

ゲームのルールは人間が勝手に作った仮想世界である。お天道さまが支配している現実の世界とは、なんの関係もない。人類の歴史が何百万年あるのか、何千万年あるのか知らないが、人間はそのほとんどの時間を自然と共に暮らしてきたのである。人間も動物も、鳥も魚も、カエルもヘビも、植物も石も、生々流転する宇宙と一体となった「生き物」である。大気を吸い、水を飲み、食物を食べ、生殖をして、地球上に脈々と生命をつないできた。われわれは季節ごとの地球の息吹を感ずることができたし、八百万のおおらかな神々と一緒に暮らしてきた。人間も動物も、鳥も魚も、カエルもヘビも、植物も石も、みな同じ言葉を話していたのである。ゲームに熱中する人間が現れたのは、せいぜいこの数百年来の出来事である。

 

神さまが作った人間の世界と、人間が作った仮想世界とはまるで異次元の世界である。それらは複式簿記の貸借のように、根本的に相容れない動きをする。曼荼羅のように広大な人間の精神世界を、言葉や数字のような狭い平面に押し込めようとする試みには無理がある。変化して止まない動的な生命の流れを、紙の上に静止させようとする試みは必ずしっぺ返しをくらう。無理やり閉じ込められた生命のマグマは、火山のように周期的に噴出することになる。バブルも金融危機も、インフレもデフレも、失業も貧困も、言葉はさまざまだが根っこは同じ一つの現象である。それは一言で言えば、仮想世界と人間の世界の矛盾が噴出したものである。

 

人間が歩くと影も一緒に連れ添って歩く。しかしカゲを操って生身の人間を動かすことはできない。同じく現実の世界から仮想世界に行く扉は開かれている。しかし仮想世界から現実世界へのトビラは堅く閉ざされているのである。仮想世界を操作して、現実の世界を変えることはできない。財政政策や金融政策などというゲームの手法が現実世界を変えることはない。ところが何回インフレとデフレを経験し、何回バブルと金融危機を経験し、悲惨な戦争を経験しても、人びとはゲームの世界から一歩も外に出ようとはしない。何故なら生まれてからこのかたゲームの世界しか知らない現代人は、実は自分たちが仮想世界にどっぷりと浸っているのだということに決して気が付かないからである。

 

日本人のユニークな感性

私はこの言葉の氾濫した混沌の時代から抜け出すために、日本の果たす役割が大きくなる時代が必ず来ると思う。西欧諸国はこの文明の元凶であり、ここから抜け出す発想は持ち合わせていない。BRICsと呼ばれる新興国は、今まさに経済成長に乗り出した段階である。市場経済システムを構築している不安定な状況で、他のことを考える余裕などない。資本主義以前の段階にある他の国々は論外である。こう考えてくると、日本はユニークな立場にいる。明治維新以来150年で急速に近代化を成し遂げた唯一の非西欧の国である。成熟し安定した近代社会であると同時に、原始の記憶を多分に残している世界の「変わり者」である。

 

日本はユーラシア大陸の東の端に、「吹き溜まり」のように位置する島国である。大陸の戦乱や、飢饉や、気候変動から逃れてきた人々は、この吹き溜まりで行き止まり、そこに留まった。太平洋の南からはポリネシア系の人々やマレー系の人々や古代インド系の人々がやって来た。大陸の沿岸や朝鮮半島を伝わって、南中国系やモンゴル系やツングース系の人々がこの列島に移り住んできた。アメリカ合衆国ができるはるか以前に、日本はすでに「人種のるつぼ」と化していたのである。

 

「吹き溜まり」の底には古い落ち葉もそのまま残っている。日本列島には何千年・何万年前の記憶が、古い落ち葉のように残っている。日本人はエスキモーのように、魚を生のままで食べる。火で料理することを覚えるはるか以前の原始人の記憶を、21世紀の現在も大切に守っている。八百万の神々は、ニューギニアの高地人やアフリカの土人と同じく、いまだに日本人の心を捉えている。大陸では戦乱でとっくに焼失した高度な仏教美術が、奈良や京都の古都の寺院に鮮やかに残されている。何百年前に建てられた寺院は今でも「現役」で機能している。日本人は新しい文化を取り入れながら、古い記憶を残す名人なのである。

 

日本人はぺらぺらと言葉を弄する人よりも、それとなく相手の気持ちを察する人を好む。縄文人のように、まだ言葉が素朴で脇役だった頃の感性を、今でも大切に守っている。抽象的な学問よりも日常の生活を通して悟りを開こうとする禅の思想は、日本人の生活の至るところに浸透している。忙しく立ち働き、周囲を清潔に保ち、美しいものを愛で、洗練した味覚を磨く。ユニークな日本文化に魅せられて、海外から日本を訪れる人々が年々増えている。ゲームに疲れた世界中の若者が、失われた魂の故郷を求めて日本各地の禅寺を訪れる。そして古の行者のように、感性を研ぎ澄まして、吹き溜まりの落ち葉に埋もれた「無意識の世界」への扉を探っているのである。

 

空を見上げると、今日も真っ青な空に白い雲が浮かんでいる。はるかな上空を、なんとカラスがたった一羽どこまでも飛んでいく。大きなクスノキがこんもりと繁り、そよ風にキラキラと葉を揺らしている。その梢の隙間を、ヒヨドリが猛烈なスピードで通り抜けていく。シイノキの薄暗い繁みの中で、何か大きな鳥が動いている。キジバトの夫婦だ。不器用に枝から枝へと歩きながら、何かをついばんでいる。突然頭上でシジューカラが、辺りの空気を切り裂くように「ツー・ツー・ピー」とさえずりだした。

 

私は既に30分以上も、ぼんやりと窓の外の景色を眺めている。言葉は一言も発しない。それどころか頭の中から、一切の言葉や文字や数字を排除しようと努めている。何故なら私は、少年時代の記憶をカラダでよみがえらそうとしているのである。繁みの中でキジバトが「ドテッポー・ポー」と鳴いたとき、私はかすかに昔の記憶がよみがえってきた。急斜面の石ころ路に秋風が吹く頃、私はこの声を聞きながら学校へ通ったのだ。体の中をじわりと、なつかしい記憶が甦るのがわかった。波の音、潮の香り、松林を吹き抜ける風の音、どこかで鳴く鳥の声、子供たちの笑い声。そうだ私は、風の歌を聴いて育ったのだ。

(2016/04/19)

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