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混迷のなかの希望

私が東京で学生時代を過ごしたのは、1960年代の後半だった。当時の東京はいわゆる高度成長期のエネルギーに満ちてはいたが、街は騒々しくて汚かった。バキュームカーと呼ばれる汲み取りトラックが走り回って、街に糞尿のにおいを撒き散らしていた。「東京はくさい」というのが外国人の感想だった。当時にくらべると現在の東京はずいぶんとキレイになったと思う。

人間にも成長期と成熟期があるように、社会にも急速に成長する時代とやがて成熟して満たされた経済があってもよいと思う。近頃きれいになった東京の空の下で、洗練されたサービスのカフェに座って、おしゃれな女性たちの歩く姿をながめていると、つくづくといい時代になったと思うのは私だけだろうか。

私はゆったりと成熟した今の東京が好きなのだが、世間一般的には必ずしもそうではないようだ。年をとっても若者のようにいつまでも成長し続けなければならない、成長が止まったらたいへんなことになる、という声がマスコミの大勢を占めている。

昔のように高度成長している東京がなつかしいというテレビ番組が繰り返し放映されているが、わたしには信じられない。街はのべつまくなしにクラクションを鳴らす車の騒音であふれ、「押し屋」が人間をまるで荷物みたいに通勤電車に押し込んでいた。神風タクシーや国鉄のキップ切りの横柄な態度はまるで社会主義国のようだった。東京は、バンコックやホーチミンや上海のように、熱気と湿気に満ちたアジア的喧騒の街だった。

年をとっても若者のように成長し続けるということはありえないし、それはとても不自然なことである。成長が止まると社会のあちこちに致命的な欠陥が生じてくるというのなら、そもそもの始めから社会システムそのものに矛盾があることを意味している。100年に一度の危機に直面している今こそ、じっくりとこの問題を根本から考えてみる必要があるのではなかろうか。

新聞やテレビで連日のように円高だ、円高だと、まるでゴキブリでも見つけたみたいに騒ぎ立てている。政府も日銀も何をしているのだ、円高をなんとかしろと。円高を放置すると日本の産業は競争力を失い、企業が海外に逃避して空洞化が進み、株安・失業・デフレから脱却できず、そのうち財政が破綻すると。

しかしそもそも円安に誘導などできるものなのだろうか。バブルを誰も予測できず好況に浮かれて現在の危機を招いたことを考えると、私は政府が市場をコントロールなどできっこないと思っている。市場というのは新幹線やジャンボジェットのような科学技術とは異質な、人間の能力を超えた「見えざる神の手」によってコントロールされているものなのだから。

おそらく人類は太古の昔から交易をしてきたのだろう。生きていくために隣人とお互いの必要品を交換しあってきた。交易は人間の本能みたいなものである。だから現在の資本主義や市場経済という高度な交易システムも、数千年・数万年の人類の進化に伴って形成されてきた根っこの部分があり、その上に近代の科学的方法を取り入れて発展させてきたものだと思われる。

以前にテレビでヒマラヤの高地に住む人たちの暮らしを紹介する番組を見たことがある。草も木も生えない石ころだらけの山岳地帯に、ちゃんと人間が生活していた。切り立った山の斜面にへばりつくように石の家を作って、ヤギやヒツジみたいな家畜を飼って自給自足をしていた。

彼らは何ヶ月かに一度はふもとの里にでかけていく。小さな市場で米とか身の回りの必需品を手に入れるためだ。何を持っていって、何を手に入れたのか、もう忘れてしまった。しかし私が心を打たれたのはそのわずかな交易のために彼らが費やす、採算を度外視したなみなみならぬ時間と労力のことである。

ふもとの市場に行く日は夜明け前に家を出発する。商品を背中にくくりつけて、急斜面の石ころ道を半日歩き続ける。冷たい水が流れる危険な川も渡らなければならない。里の市場に着いて適当な場所を確保すると、品物を買ってくれる人を探さなければならない。それほど珍しくもなく、魅力的でもない品物を売りさばくために、声をはりあげて必死に客を呼び込む。

どうやら商品の買い手をみつけてわずかばかりの現金を手にすると、それで山の上の生活に必要な品物や子どものみやげなどを買う。それはコンビニでおにぎりを買うほどのほんのささやかな買い物である。しかし彼女たちは満足そうに満面に笑みを浮かべて、また急斜面の山道を登って家路につくのだ。

古代人のようにささやかな交易をしていた頃には問題は単純だった。わずかな米を手に入れるために、一日かけて山の上から降りてきても、ばかばかしいとは思わなかった。時間はゆっくりと流れていたし、生活にはおそろしく手間ひまがかかる時代だったし、それにそもそも交易に「採算」などという概念は存在しなかったのだ。

現在の市場経済社会では社会の中心に市場があり、衣食住はすべて市場をとおして行われる。何億・何十億という人間を巻きこんだ巨大なマーケットでは、交易にスピードと普遍性が求められる。そこでは「お金」と呼ばれる数字がすべてをコントロールしている。取引は計数的に測定され、収入か支出かの二進法で分類される。

市場経済社会ではお金があればなんでも買える。ところがお金を手に入れるためには、自分もなにかを市場に売らなければならない。だから市場経済社会では誰でも消費者であると同時に生産者でもあるのだ。このことは生産者としての収入の範囲内でしか、消費者としての支出を賄うことはできないことを意味している。われわれはいつでも「収入>支出」の不等式が支配するデジタルな世界に住んでいるのだ。

数字はたったの10個の文字で構成され、「多いか、少ないか」以外にはなんの意味ももたない言語である。数字は答えをたった一つしか持たないがゆえに「計算」ができる。計算ができるということは、正確に将来が予測できるということである。次の皆既日食の日時や場所までもピンポイントで当てることができる。数字とは、鉄道のレールや電話線のように、論理の連鎖で切れ目なくつながった一本の線である。

中世の終わりからルネッサンス期にかけての西ヨーロッパ人は、物事を視覚化し、数量化することに目覚めた。例えば従来の観念では、時間というものは、連続して流れるものだと考えられていた。従って当時の時計は、連続して流れる砂や水の時間を測定するタイプのものだった。しかし、やがて時間を均質な瞬間の連続と考えるようになった。点の集まった線だと考えたのである。その結果、歯車でコツコツと一定の時を刻む機械時計が発明された。

同じく、音楽とは、連続して流れる音だと考えられていた。ところが、中世の終わりの人々は、これも均質な点の集まった線だと考えたのである。その結果、音楽を数値化し視覚化して、正確な楽譜を作ることが可能になった。即ち、音楽を数量化してグラフにしたのである。このグラフの横軸は音の長さで、縦軸は音の高低を示す。

紙の上に書かれた音は時間が静止した。音は時間とともに消えないで、一枚の紙の上にその全容を留めている。前後の音を逆行させたり、メロディーとリズムを分割したり、結合したり、多重音声も可能になった。視覚化することにより、複雑な作曲も可能となったのである。音楽は聴くものから、見るものに変わった。ベートーベンが完全に耳が聞こえなくなった後でも、作曲活動を続けられたのもこのためである。

昔は、お金も連続して流れるものと考えられていた。流れ去ったお金の出入りを、正確に記憶している者は誰もいなかった。しかし、中世の終わりの西ヨーロッパ社会で、複式簿記が発明され、お金の流れは紙の上に記録されるようになった。

時間が静止したお金の流れは、後でゆっくりと分析することが可能になった。過去の数字と現在を比較したり、儲けや損失の原因を調べたり、差額や比率を出して資金効率を改善することも可能になった。数量化し、視覚化することにより、商売はより確実で、制御可能な、効率のよいものに変わったのである。

西欧人は数字という客観的な計測器具を手にして、神秘な宇宙の謎を解き明かしてきた。長さも、重さも、強さも、速さも、あらゆる事物を均質な単位に還元し、その数を測定した。数字に表すことにより、自然は紙の上に視覚化された。時間を止め、じっくりと分析を加えることができるようになった。その結果、事物の理解が深まり、コントロールが可能となったのである。

この実証的な態度はやがて科学技術の発展をもたらし、巨大な橋も、高層ビルも、月に人間を運ぶことさえ可能になった。時間を均一で一直線なものとして捉え、標準時を決めることにより、人間を同時化させることも可能になった。「全体は部分の総計」というデカルト的な因果律の世界観からスタートした科学的方法は、めざましい技術の発達と現代の豊かな物質文明をもたらしたのである。

自信を持った人間は自分の住むこの社会そのものを科学的に組み立てようと試みた。科学的な真理があるように、社会にも絶対真理が存在するはずだと考えた。人間も分子のように、因果律によって動く、コントロール可能な存在だと考えた。人間も宇宙も、機械時計のように一度ゼンマイを巻けば、後は自動的に動き続ける無機質な世界だと考えた。そして経済学が誕生したのである。

社会そのものを巨大なマーケットに変えたこの壮大な試みは大成功を収めた。人類は天地創造以来初めて経済的なしばりから解放された。しかしこの大成功の影には思わぬ副作用が潜んでいた。それは人びとの精神に関する病である。市場経済で暮らす人びとは、知らず知らずのうちに、市場の言葉である数字のように物を考えるようになってしまった。現代人は数字のように「多いか、少ないか」「損か得か」という二者択一的な発想をするようになった。

資本主義社会では、生きることと計算することは同じ意味である。人々は儲け続けなければならない、「成長」し続けなければならないという強迫観念にとりつかれだした。資源の乱開発はエスカレートし、地球を破滅させかねない危険なレベルまで達した。それでも人びとは「成長」するためには人口を増やし続けなければならないと考えている。

高齢化社会を支えるためには、たくさんの若者が必要だ。だから補助金を出して出生率を上げ、移民を増やさなければならないと真剣に議論している。しかしその若者たちもいずれは老人になる。そしたらその老人たちを支えるために、さらに多くの若者が必要になる。ネズミ算式に人口が増え続けたら、この狭い日本という島国は一体どうなるのか。

数学者の岡潔が小林秀雄との対談の中で、原子爆弾を発明した人類はひたすら破滅への道を進んでいると言っている。

人類は単細胞から始まって、いまの辺りまできては自分で自分を滅ぼしてしまう。また新しく始めてはいつの日か自分で自分を滅ぼしてしまう。そういうことを繰り返し繰り返しやっているのじゃなかろうか。自然を見てみますと、草は種からはえては大きくなって、花が咲いて実ができたら枯れてしまう。またその実から芽を出して、繰り返し繰り返しやっておりますが、これはまったく同じことを繰り返しているのではなくて、こうしているうちに少しずつ、なぜか知りませんが、進化している。この草の一年に相当するのが人の20億年で、これを繰り返してやっておれば、しまいにはこの線が越えられるかも知れない。

市場経済はその根本的な矛盾ゆえにいずれ破滅するのかもしれない。しょせん人間は「精神世界」の生き物なのである。人間の世界と数字の世界は根本的に異質なものなのだ。物質世界で成功した科学的方法を人間の経済活動に応用しようとする発想には無理がある。生々流転して止まない「生命」を紙の上に静止させることは出来ない。人間はこれ以上自分の時間を、自分の衣食住を「測定」されることを拒んでいるのだ。

草が枯れて新しい芽を出すように、新しい社会の思想はいったん滅びたもののなかから生まれてくるのかもしれない。18世紀のイギリスは崩壊寸前の大混乱の中から新たな産業社会の思想を生み出し、その後の大英帝国の繁栄をもたらした。今また日本社会は長い経済の低迷と政治の空白から抜け出すことができずに苦しんでいる。この冬枯れの原野のような閉塞感の中から、あらたな進化の萌芽が生まれてくるのだろうか。混迷の闇に希望の光が射し込んでくるのはいつのことだろう。いずれにしてもそれは今まで見たこともない、まったく異質な社会の光景を見せてくれるはずである。

2010/10/03

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