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先祖のDNA

除夜の鐘が鳴り終わるころ、父親が静かに息を引き取った。94歳だった。人間94にもなれば、いつ死んでも不思議はない。しかし実際に訃報を知らされると、まるで不運な事故に遭遇した他人の話を聞いているような気がした。父の死を現実として受け入れるまでには、多少の時間が必要だった。

94歳の父と90歳の母は、伊豆の小さな漁村に二人きりで住んでいた。父は400年続く旧家の次男として生まれ、母も隣村から嫁に来た。だから23代もさかのぼれば、村中全員が親戚みたいなものである。「居たけぇ?」などと言いながらズカズカと、自分の家みたいに人びとが訪ねてきた。

葬式にはたくさんの親戚が集まった。マレー系を連想させる、いかつい目をした父方の親族と、丸い顔をした母方の親族がかわるがわるにお悔やみの言葉を述べに来た。黒い礼服につつまれた大勢の親戚を眺めながらふと思った。人間も動物だから、ネズミ算式に親戚が増えても不思議はないと。

だったら逆に、ネズミ算を逆算して先祖をさかのぼっていったらどうなるだろう。たった一人の先祖に行き当たるはずではないかと。ふと生前に父が我が家の先祖は武士で、槍を持った木像がお寺に安置されていると言っていたのを思い出した。早速本家の長男に頼んで、代々伝わる武者人形を見せてもらった。

がっしりとした体躯のよろい姿の若武者は、「フーテンの寅さん」に似ていた。桐箱の裏側を見ると、「天正18年」と書かれていた。氏名や俗名などでインターネットを検索したら、一冊の書物に行き当たった。国会図書館に行って調べてみると、400年前の先祖のことが少しずつ明らかになってきた。

私の先祖はその父とともに豊臣秀長に仕えると、15歳で賎ヶ岳の戦いに初陣している。その後小牧・長久手の戦い、小田原城征伐(天正18年)に参戦した。先祖が伊豆に来たのは22歳のときで、それは戦争のためだった。武者人形の「天正18年」という年号は、豊臣秀吉が天下を統一した年と一致していた。

先祖は小田原の陣の後は藤堂高虎に仕え、文禄・慶長の役、大阪冬の陣・夏の陣と、歴史に残る大きな戦に参戦している。15歳で賎ヶ岳の戦いに初陣してから47歳での大阪夏の陣まで、彼の一生は戦争の連続であった。その父も兄弟も息子も、一族は戦国時代を生き抜いた根っからのサムライたちだった。

私の父はノモンハン戦の生き残りである。本家の伯父さんはガダルカナル戦の生き残りである。父はノモンハンで耳の鼓膜が破れ、足の裏と軍靴の底がくっつき、体重を20キロ減らしながらも、奇跡的に生き延びた。本家の伯父さんはガダルカナルの海に一昼夜浮かんで、無事帰還した。

我が家の血筋は戦争に強い。私は子供の頃父の話を聞きながら、自分達は何かに護られていると感じていた。今それはご先祖様のDNAではないだろうかという予感がしている。飢餓や疫病や、精神的な絶望感で多くの兵隊が死んでいった中で、何者かが父や伯父を護ってくれていたのではなかろうかと。

私はひどい近眼である。裸眼では0.1も見えない。ところがオーストラリアで初めてライフルに挑戦したら、7発の弾丸がすべて的を打ち抜いた。次にミシガンの牧場で、今度は立ったままの姿勢で、すべての射撃を的に命中させた。最後にグアム島でピストルを命中させたとき、私には射撃の才能があると確信した。

ひどい近眼で、的さえもよく見えない私が、どうして射撃を命中させることができたのか。それは長いあいだの私の疑問だった。ところが先祖の文献を読んでいると、大阪夏の陣で鉄砲足軽の大将を勤めたと書かれていた。私の先祖も、その息子も、代々鉄砲足軽の大将だったのだ。

私は不思議な気持になり、長年の疑問が解けたような気がしてきた。遠い昔に伊賀や熊野の山中で獲物を追いかけた先祖のDNAは、今も私の身体を流れているのだ。近眼の私に射撃の能力を与えていたのは、ノモンハンやガダルカナルの戦争で父や伯父を護ってくれたのと同じ、ご先祖様のDNAに違いないと。

父の死がきっかけで遠い先祖のことが明らかになった。伊豆の僻地でどうせ海賊の子孫だと思っていたが、意外にも世間は狭かった。中央の大きな事件が地方にも飛び火して、私の先祖は伊豆の小さな漁村に子孫の種を残すことになった。射撃だけでなく、どうかこれからも私たちをお守りください、ご先祖様!

2010/04/18

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コメント

偶然このページに行き着きました。
「一冊の書物」というのは何となく想像がつきますね。

ご先祖は野崎新平家次ですね。
豊臣秀長の旧臣で藤堂家伊賀附侍の中では大身家臣でした。伊賀市には記録が残っていますよ。

投稿: ごんのすけ | 2011年6月 7日 (火) 22時39分

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