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1Q84 (No.6) 村上春樹と関西人

インターネットのWikipediaで村上春樹の写真を見た。一瞬、元首相の羽田孔に似ているな、と思った。関西でよく見かける顔だ。山陰や九州にも広く分布しているし、この目つきは四国にも普及しているかもしれない。私は秘かに、弘法大師もこんな目つきをしていたのではなかろうかと空想している。

世界的な文豪と凡庸な自分を比較すること自体が恐れ多いことだが、村上春樹の経歴を読んでいるとつくづくと自分の半生を反省させられる。ひとつには同じ大学で同じような時期を過ごしたという接点があるからかもしれない。もうひとつは同じ環境下に育っても、人はこんなにも違った人生を歩めるものだという驚きである。(いまごろ気が付いても、もう遅いのだけれど)

私は二浪しただけで深い挫折感を味わい、その後の人生を長い無気力に付きまとわれて過ごしてきた。一方で村上春樹は一浪して大学に入り、卒業するのに7年もかかっている。これは当時の世相の、二十歳そこそこの若者にとっては、世間体を無視した余程の根性が据わっていなければできない所業である。

私は実家からの、細々とした仕送りだけで生活していた。アルバイトをするくらいなら支出を切り詰める方が楽だと考える、内気な学生だった。村上春樹は新宿のジャズ喫茶でバイトをしながら、既に大人の空気を吸っていた。学生結婚して自分のビジネスを立ち上げると、苦労してそれを成功させた。そして独立独歩で生活を築き上げると、小説はその余力で書いたのだ。

村上春樹は中・高校時代に異常な読書への耽溺癖を持っていたらしい。これは司馬遼太郎にも見られる傾向である。大人にも難しいような書物を濫読して、既に早熟な世界観を身につけていたのであろう。高校時代には独学で英語のペーパー・バックスを読みふけっていた。英文法に四苦八苦していた当時の高校生からは、とても考えられないような離れ業である。

ここで注意すべきことは、彼が「独学」だったということである。独学でペーパー・バックスを読破し、独学でコツコツと自分の小説の文体を築き上げてきた。小林秀雄は、本当にものごとを「学ぶ」には「独学」しなければ駄目だと言っている。「独学」こそは本居宣長や荻生徂徠や中江藤樹に通じる、日本の学問の伝統でもあったのだ。

私の素朴な疑問は、どうして村上春樹や司馬遼太郎は「独学」という孤独に耐えることができたのかということである。どうしてそんなに強靭な精神力が備わっていたのだろうか。関西には何か、独学を育む風土があるのだろうか。そういえばノーベル賞学者は圧倒的に関西人に多い。あるいは関西の大学で学んだ学者に多い。

関西という土壌には、きっと「個」という自我を重んじる歴史や風土があるに違いないと思う。私は新入社員のとき三年間、関西に住んだことがある。西宮と夙川と芦屋に一年ずつ住んだ。そのときにも関西人の強烈な個性に馴染めなかった覚えがある。でもお好み焼きやうどんと同じく、最初は嫌いでも、そのうちにおいしく感じるようになるものだ。

不思議なことにあれから30年以上経つけれど、いまだに私の年賀状の半分は関西方面からのものである。ハガキを見ながら昔よく行った六甲や三宮や、クマゼミの鳴くクソ暑い大阪の夏をなつかしく思い出すのである。村上春樹の経歴をながめていると、ふとそんな取りとめもない思いにふけってしまうのだ。

2009/11/30

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