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金ころがし

もしも過去に遡って、株式投資ができるなら

誰でも簡単に、儲けることができる

ところが実際には、株で損する人が多いのは

将来を予測しなければならないからだ

未来のことは、誰にも分からない

金融危機の勃発を、誰が予測できただろう

それなのに人間は、博打のように自分の将来を賭ける

2030年の、算術級数的なローンを、平気で組む

金融業とは、利子を付けてお金の売買をする

誰かの過去と、自分の将来を交換する

誰かが数十年かけて蓄えたお金を、先取りして

自分が将来成功したら、返しましょうと約束をする

商売は成功することもあれば、失敗することもある

イタリアンがつぶれて、ラーメン屋に入れ替わる

それでも借金は、計算どおりに返さなければならない

計算どおりの将来なんて、あり得ないにも係わらず

必要以上の預金を預かった銀行は、困り果てる

半年後一年後に、算術的に増やさなければならない

世界中からお金が集まった、アメリカの銀行は

いつか来た道を、歩まざるを得なかったのだ

過剰な貯蓄の投資先など、簡単に見つかるものではない

残された道は、「金ころがし」しかない

土地でも、住宅でも、チューリップでも、なんでもいい

買うから上がる、上がるから買う、買うから上がる・・・

1年とか、2年に区切れば、「金ころがし」でも儲かる

しかし「金ころがし」は、しょせん「金ころがし」だ

1020年の長期間でみれば、ゼロサムゲームなのだ

バブルの前とバブルの後では、何も変わっていないのだ

銀行家も、不動産屋も、証券会社も、自分の仕事に忠実だった

だから結果的にバブルを発生させて、金融危機を招いた

みんな「役割分担」と「数字」に、踊らされているのだ

百年に一度の危機は、百年前となんら変わっていない

得体の知れない災厄では、人々は魔女狩りをやる

金融危機は、一部の強欲な人間の仕業だ、と

誰かを犯人に仕立てて、みんな早く安心したいのだ

しかし魔女狩りでは、何も解決しないのだ

今必要なのは、一番苦しい道を選択することだ

世の中で一番苦しいことは、物を「考える」ことだ

だから政治家も経営者も、「忙しい、忙しい」と言っては

この苦痛から逃れる人間の、なんと多いことか

人間は長い時間考えなければ、何一つ分からないのだ

ヒヨドリやメジロのような感性を、失ってしまった人間は

自分の「歴史」さえ、思い起こすことができないのだ

徹底的に孤独になって、自然と対峙する勇気がないのだ

今必要なのは、経済学でも金融工学でもない

「人間は、どうしたら幸せになれるか」と問うことだ

上げ膳据え膳の「消費者」のように、他人任せではなく

自ら全身で「考える」勇気のある、禅僧になることだ

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コメント

はじめまして。
人はデジ(数字)に本当に惑わされ右往左往している気がしました。

もちろん 幸せに気がつかないこともあるかもしれませんが 自分なりの幸せを考えて 一歩一歩進んでいこうと思いました。

投稿: クゥ | 2009年2月 8日 (日) 08時36分

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