お盆に想うこと

玄関の敷石にアブラゼミが仰向けになって死んでいる。そっと羽をつまんで庭の植え込みに放り投げようとしたその瞬間、ジィィーという金属音を発した。突然スイッチが入った玩具のようにぶるぶると羽を振動させると、弧を描いてキンモクセイの繁みの方角に飛び去った。私はあっけにとられてしばらく空を見上げていた。防犯ベルに驚いた侵入者のように、私は不意を突かれて頭の中が真っ白になった。指先には小型モーターのように力強く律動する羽ばたきの感触がまだ残っている。取るに足りない小さな昆虫に機先を制されて、私はいささか鬱屈した気分になっていた。そして「一寸の虫にも五分の魂」と密かにつぶやいた。

 

考えてみると私は以前にも似たような経験がある。その時の相手はセミではなくカラスだった。カラスに出し抜かれてずいぶんと腹が立った記憶がある。当時私は南青山にある会社に勤めていた。すぐ近くに青山墓地があり、都心にしては珍しく広大な緑地が広がっていた。私はよく昼休みに墓園の中を散策したり、桜の咲く頃には弁当を持って花見に行ったりした。5月だったか6月だったか、気持ちよく晴れ上がった日の昼下がりに、私は例によって墓地を散歩していた。ぶらぶらと歩いて大久保利通のお墓の前まで来たとき、ちょっとお参りしていこうと思ったのである。

 

大久保利通のお墓は、百坪以上はあろうかという広大な敷地を有している。入口からすぐのところに、地面から一段高く盛った土台に記念碑が建てられている。巨大な青銅製の碑に彼の功績が漢文で刻まれている。そこから左に曲がって奥の方に歩いて行くとお墓の前にでる。お墓も地面から一段高く築かれていて、階段を登れば誰でも墓石の前まで行くことができる。怪獣のようなキバを持った大きな石造りの亀の上に細長い墓石が載っている。まるで中国の皇帝のお墓のようである。私は日本人離れした大久保利通の彫りの深い顔を思い浮かべながら静かに手を合わせた。とその時、何かの気配を感じて左を振り向いた。目の前の石の柵の上にカラスが一羽、ゆさゆさと身体を揺すりながらこちらを見ていた。

 

近くで見ると、カラスは思ったより大きな鳥である。その大きな鳥が私を威嚇しているように見えた。クチバシを前に突き出し、目を瞬かせて、今にも飛びかかってきそうな気配である。私はカラスの剣幕にたじろぎ、後ずさりして、あわてて階段を降りた。カラスは石の柵や石塔の上をピョンピョンと跳ねながら、なおも私を追跡してきた。しかしここで私はハッと気がついた。これは滑稽ではなかろうか、大の大人がカラスに追われているザマなんて。私は繁みから枯れ枝を拾い上げると、それを振り回しながらカラスを追い払った。カラスは「カァー、カァー」と鳴きながら、イチョウの木のてっぺんの方へ逃げていった。と将にその瞬間、さわさわという羽ばたきが後方から頭上に近づいたと思ったら、トンと私の後頭部を蹴って飛び去っていく大きな黒い影が見えた。なんとカラスは二羽でチームを組んでいたのである。多分、夫婦であろう。

 

インターネットで調べてみたら4月~7月頃は子育ての時期で、カラスは攻撃的になると書いてある。自分の巣が人間などの天敵から見えないように、カラスはイチョウやクスノキのような高木に巣を作る。だから高いところにいる人間を見ると、自分の巣が狙われていると思って警戒する。電柱に登って作業をしている人や、マンションのベランダで洗濯物を干していた主婦がカラスに襲われたことがあるそうである。地上にいる人間でも上を見上げてキョロキョロしていると、巣を見られていると思ってカラスは警戒する。私の場合にも、大久保利通のお墓の少し高い盛り土の上に立っていた。そこから辺りの高木の新緑を眺めたり、遠くの景色に目をやったりしていた。つまりカラスから見ると私は、自分の巣を狙う危険な人物と映ったのであろう。

 

次に、カラスは頭のいい動物で人間の顔をおぼえることができると書いてある。だからカラスに顔を覚えられた人は、その後何度も襲われることがあるという。しかも一度覚えた人相は、最高で5年程度は忘れないとも書いてあった。にわかには信じがたいが、そう言われてみれば私にも思い当たるフシがある。と言うのも、私は数ヶ月後に再びカラスに襲われたからである。

 

それは朝の通勤途上のことだった。その日は健康のため、私は信濃町で電車を降りて神宮外苑の中を突っ切って会社に行くことにした。外苑の周回道路を左に折れてイチョウ並木に入ろうとした。ところがその交差点の角の芝生で、カラスがクチバシでさかんに土を掘っていたのである。何か昆虫でも捜していたのだろうか。私は全くカラスの存在に気がつかなかった。角を曲がろうとしたその瞬間、トットットッとカラスが飛び跳ねるように突進してきた。不意を突かれた私は動転し、あわてて逃げた。56歩逃げた後またも自分の滑稽な姿に気がついた。私はUターンしてカラスに「蹴り」を入れるべく突進した。しかし時すでに遅く、カラスは「カァー、カァー」と鳴きながら、外苑のイチョウ並木の方へ飛び去っていった。

 

さてここでわれわれは一つの疑問に突き当たる。それは他でもない、大久保利通のお墓にいたカラスと外苑のイチョウ並木で私を襲ったカラスが同じカラスか否かという疑問である。東京にはカラスがたくさんいる。そのたくさんのカラスの中の特定の一羽が、しかも全く異なった場所で、通勤途上の私を偶然見つけて襲ってきたのだろうか。

 

カラスは5年も人相を忘れないという。だから一度襲われて顔を覚えられた人間は、その後何度でもカラスに襲われることがある。・・・この話を聞くと、われわれは当然のように一羽のカラスが同じ人間を何回も襲うというイメージを抱く。何故なら我々現代人は、「記憶」というものに対する抜きがたい固定観念を持っているからである。われわれは何かを記憶するという行為は、あたかもテープレコーダーで録音するように、脳の中に何かを書き込むことだと思っている。そして記憶を思い起こすときには、脳の中のファイルに物理的にアクセスして、それを再生することだと思っている。だから私の人相も、カラスの脳の中に記録されているはずだと考える。すなわち、私の顔を覚えているのは私を襲った一羽のカラスだけであり、その後何度も襲ってくるのも当然そのカラスだという結論になる。

 

アンリ・ベルグソンは100年以上前の人であるが、「記憶」は脳の中には存在しないということを「科学的」に証明した人である。脳の中をいくら捜しても記憶は見つからない。ではどこにあるのかという質問に対して、形が無く、手にも触れない記憶という精神実体に対して、具体的な格納場所を聞くことが果たして適切か否かと答えている。つまり記憶とは物質ではないのであるから、どこにあるかと聞くこと自体が間違っているのである。記憶は記憶のままで、異次元の世界に厳然として存在しているものである。

 

われわれは花が生きていくためには水が必要だと言う。この場合生きている主体はあくまでも花であり、水は花を生かすための単なる補助手段でしかない。生き物は花であり、水は物質である。しかし逆に、生命が宿っているのは水の方であり、花は単に水によって生かされていると考えることもできる。この場合には生き物は水で、花は単なる物質である。

 

空気についても同じことが言える。人間はほんの数分間呼吸を止めるだけで死に至る。われわれは、人間が生きていくためには空気が必要だと言う。この場合も生きている主体は人間であり、空気はあくまでその補助手段である。つまり生き物は人間であり、空気は物質となる。しかし逆に、本当に生命が宿っているのは空気の方であり、人間は単に空気によって生かされているのだと考えることもできる。つまり生き物は空気の方で、人間は単なる物質ということになる。

 

ベルグソンは記憶(つまり精神)とは、水や空気のようなものだと考えた。われわれが「私」とか「我」とかを自覚するのは、我々が記憶を持っているからである。ところがこの記憶というものは、水や空気と同じように、もともとは我々の肉体の外に存在していたものである。単なる物質である肉体に記憶という精神実体が入り込むと、初めてそこに意識が宿り、「私」とか「我」とかを自覚するようになる。肉体は単なる物質であるからいずれ寿命が尽きる。肉体が死ぬと「私」としての個の意識は無くなるが、記憶はもとの宇宙に帰ってゆく。水や空気と同じで、肉体が滅びた後も記憶(魂)は連綿と生き続けるのである。

 

水や空気は地球の表面やその上空をまんべんなく覆って遍在するものである。人間が自分の体内に取り込む水や空気は、そのほんの一部でしかない。人間は自分が生きていくために必要な水や空気を、必要な時に必要な量だけ、体内に取り込むのである。

 

同じく「記憶」は、天地創造以来の歴史が脈々とこの宇宙に満ちあふれている。人間が今現在、体内に取り込んでいる記憶はそのほんの一部でしかない。人間の脳の役割は、放っておけば無秩序にあふれてくる膨大な記憶の中から、今自分が生きていくために必要なものだけを選り分け、体内に現出させることである。言い換えれば、脳の機能とは、今自分が生きていくために必要な情報以外の莫大な量の記憶に蓋をし、シャットアウトして、無意識化することである。

 

「現在」という時は存在しない。「今だ」と思った瞬間に過去になる。時間を細分化し、一秒の何千分の一、何万分の一という風に分解していけば、現在などという単位は存在しない。現在と思っているのは、過去の記憶である。われわれは過去の記憶を呼び覚ますことにより、現在を認識しているのである。

 

「過去」は存在しない。過去は過ぎ去ってしまった時間である。存在するのは現在だけである。しかし、現在という時間も存在しない。現在はすでに過去である。時間を一秒の何千分の一、何万分の一と極限まで細分化していけば、現在も過去も極めてあいまいな概念である。

 

あるのは「記憶」だけである。人間が存在するのは、記憶の中だけである。ベルグソンが証明したように、人間の脳は、膨大な「無意識」の世界の記憶の中から、いま必要なものだけを選り分けて、「意識」しているのである。一人ひとりの人間は、異なったフィルターを通して、異なった世界を見ている。

 

人は世の中をあるがままには見ていない。人は自分たちをとおして世の中を見ている。一人ひとりの人間は、「ほかの人とは違った」世界を見ている。人はみな、異なった「フィルター」を通して、過去の記憶を呼び覚ましているのである。

 

新宿や渋谷のような繁華街では、限られたスペースに人や車や建物がひしめき合っている。視覚的にも聴覚的にも、人間が識別できる許容量をはるかに超えた情報や騒音があふれている。われわれの脳はその情報の大半をシャットアウトし、あたかも望遠レンズの焦点を絞り込むように、それらのほんの一部を識別しているに過ぎない。それは人間が一つの事物に意識を集中するために、あえてそのような能力を身につけたからである。そのような能力なしに現代人は、複雑で巨大な社会の成員として生きていくことはできないのである。

 

ところがこの大都会を数分眺めただけですべてを記憶し、別室にこもってその風景を再び紙の上に描くことができる人がいる。建物の位置や形や店の看板の名前まで、克明に再現できるのである。一方で、電話帳を一冊まるごと記憶できる人や、数年先の日付の曜日をピタリと当てることができる人がいる。このような人々をわれわれは、天才的な記憶の持ち主だと思っている。しかし実は彼らは、単に脳の記憶のメカニズムに障害をおこした人たちなのである。

 

情報をシャットアウトする機能に障害を起こしたため、彼らの脳には時間的にも空間的にも制約を外された膨大な情報が、洪水のようにどっとあふれ出てくる。そのために情報の整理がつかず、普通の人間のような社会生活が送れない。つまり記憶とは、放っておけばあふれ出てくるものであり、それを遮断したりコントロールしたりすることの方がはるかに高度で難しい作業なのである。

 

我々はよく物忘れが激しくなったなどと言うが、それは頭の中から記憶が消えるわけではない。記憶そのものは消せないものである。なぜなら記憶とは、人間の脳の中には存在しないからである。ではどこにあるのか、という発想そのものが二次元的で見当はずれだと言われている。記憶とは、宇宙の精神とも言うべきものであり、どこか異次元の世界に厳然として存在するものである。人間の脳はただその宇宙の記憶装置にアクセスする能力だけが備わっている。そしてそのアクセスの仕方の違いが、人間を人間らしく、動物を動物らしく、鳥を鳥らしく、魚を魚らしく、植物を植物らしく、石ころを石ころらしくしているのである。

 

私は時々ぼんやりと空を行く雲を眺めることがある。最近気が付いたことだが、雲というのはじつにさまざまな形をしている。そして、時々刻々とその形を変えていく。ほんの数分目を離しただけで、もうすっかり空の様子が変ってしまうことがある。ほんの数秒空から目を離して、再び元にもどすと、もう雲の形が変っていることもある。ところが連続して、じーっと雲を見つめていると、この変化にまったく気づかないのである。私の目には、ただ同じ形をした雲が、大空をゆっくりと西から東へと流れてゆくようにしか見えない。不思議な現象である。

 

連続してゆっくりと流れる時間や空間の中に身をおくと、周囲の環境や社会の変化は識別しにくい。それはベルグソンが証明したように、われわれの脳は、今生きていくために必要な情報のみを選り分けて識別し、「現在」を認識して、他の情報はシャットアウトしてしまう性質があるからである。人間には聞き取れない高音域や低音域が存在するように、記憶の世界にも、あまりに高速で移動するものや、きわめて低速の変化は識別できないエリアがあるようである。人間の視力や聴力や嗅覚に限界があるように、記憶力にも限界があるのである。アフリカの未開人に視力が3.0とか5.0などという部族がいるように、その時代の生活環境に適応して、視力と同じく記憶力も異なっていたに違いない。

 

どこで聞いた話だか忘れてしまったが、ユングだったか誰だったかが、アフリカの土人の前である程度まとまった話をした。するとその土人が、ユングが話し終わる否や、その話の内容を初めから終わりまで一字一句違わずに復唱してみせたという。文字を持たない未開の土人は、頼れるのは自分の記憶だけである。だから、古代人の記憶力は驚嘆すべきものがある、という話だった。これは「記憶」というものを考える上で、大変興味深い話である。

 

古代のように百年一日のごとく、技術革新などほとんど見られない時代には、非常にゆったりとした時間が流れていたであろう。人類が火の使用を覚えたり、農業を発明したり、馬に乗ることを覚えたり、古代の技術革新は何百年・何千年という長い時間の単位でしか発生しない。だから古代人が記憶の単位を長いスパンに設定していたとしても、彼らの頭にはなんの混乱も生じないであろう。縄文人は自分の親の時代にも、祖父の時代にも、ほとんど同じ生活をしていた。だから突然祖父の時代の記憶がよみがえったとしても、彼は現在とほとんど同じ光景を見ることになる。古代人の記憶を呼び戻す時間の単位は、数年・数十年と非常に長い時間に設定されていたに違いない。アフリカの土人が、数十分程度のユングの話を記憶するのは、そんなに難しいことではなかったはずである。

 

ところが現代のような変化の激しい時代には、われわれの周囲には、日々大量の情報がものすごいスピードで流れている。もし大都会の真ん中で、記憶のトビラを1日、いや1時間だけ開けっ放しにしただけで、われわれの頭の中はたちまち大混乱におちいるだろう。たぶん情報の整理がつかずに、発狂してしまうだろう。だから現代人の記憶のスパンは非常に短い、多分数秒・数十秒程度の単位に設定されているはずである。情報は(99.999パーセント以上の情報は)、記憶の網をすり抜けていく。だからわれわれはほとんど何も覚えていない。現代人は、記憶に関しては、まるで痴呆のようである。しかし実際には、「記憶を消す」ことぐらい難しいことはないのである。人類は、99.999パーセントの記憶を「消し去り」、両目を正面に揃えて並べ、じっと針の穴を通すように一点に記憶を集中させ、複雑で高度な情報を読み取り、文明を築くことに成功したのである。

 

 (2018/08/15)

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赤ちゃんのいる日々

娘が出産して里帰りしてきた。私たち夫婦にとっては初孫である。二人だけの静かな余生を送っていた我々の身辺が急にあわただしくなってきた。朝から晩まで、赤ちゃんの様子を見ては一喜一憂する日々が続いた。道ばたのお地蔵さんのような細い目をして眠る赤子を、私は飽きもせずに眺めた。眺めながら、我ながら不思議な心持ちになってきた。生まれたての赤ん坊は、何故かくも大人を(特に老人を)魅了するのであろうか。昔から孫はかわいいと言う。確かに自分の孫は格別なものがある。しかしただ単にかわいいというだけではなく、そこには何かもっと深遠な記憶が隠されているような気がしてきた。太古の地下水脈のように、それは人間の魂の奥深くを流れている情念のようなものではなかろうか。

 

今人生をスタートしたばかりの小さな生命は、当然のことながら、自分では何もできない。彼女に出来ることはただ泣き叫ぶことだけである。お腹が空いたことも、排泄したことも、暑いのも寒いのも、その他もろもろのサインが、オギャーオギャーという単調な音声の中に込められている。だからわれわれ三人の大人は、赤ちゃんが泣き叫ぶ度に、雁首をそろえてその意味を推測せねばならなかった。

 

赤ちゃんは、その小さな体躯の割に、泣き声が大きい。大きいだけでなく、それは聞く者の感性に突き刺さってくるような響きがある。だから身近にその声を聞いた者は、居ても立っても居られなくなる。せき立てられるようにして立ち上がり、オロオロと動き回る。抱っこしてあやしてみる、母乳を含ませてみる、オムツを取り替えてみる、あぁ、それでも赤ちゃんは泣き止まない。思わず「何かしてもらいたいことがあったらハッキリ言葉に出して言ってね!」と口走って、ハッと気がつく。そうだ、赤ちゃんは言葉を話せないのだと。

 

赤ちゃんは言葉を話せない。しかも衣食住のすべてを大人に依存している。言葉を話せない赤ちゃんと、「言葉がすべて」の現代人とのコミュニケーションほど難しいものはないだろう。私はその責任の大半は「大人」の側に帰すべきであると考える。何故なら言葉、特に文字などというものを発明したのは人間だけだからである。地球上のあらゆる生き物、ヘビもカエルも、カラスもスズメも、キツネもタヌキも、文字や言葉を持たない。しかし文字や言葉を持たないからといって、彼らがコミュニケーションに不自由した形跡は見当たらない。彼らは彼らなりの方法で情報のやりとりをしており、この世界で脈々と生命を繋いできたのである。文字や言葉を発明した人類だけが、あまりに文字や言葉に頼りすぎたが故に、本来備わっていたはずの「生き物」としての交信本能を忘れ去ってしまったのである。

 

赤ちゃんは言葉を話さない。言い換えればまだ人間になりきっていない。魂の大半はいまだ安らかな無明の世界を漂っている。今この世に生を受け、心地よい眠りから引きはがされて、人間としての個体を形作るべく試行錯誤している。すやすやと眠る赤ちゃんが突然何かに驚いたようにビクッと動いた。まだよく見えない目を見開き、目玉をキョロキョロと動かして、白目をむいた。細い手で空中を縦横にかき回し、まるで何か邪悪なものを払いのけるようなしぐさをする。あぁ、赤ちゃんは今人間になるために必死にもがいているのだ。この3キロにも満たない小さな生命は、既に人類20万年の業を背負わされて、何者かと懸命に戦っているように見える。

 

眠っているときの赤ちゃんは、まるで仏様のように穏やかな顔をしている。小泉八雲が指摘したように、日本人は仏の顔を赤子に似せて作ったのである。われわれの祖先は、安らぎに満ちた赤ちゃんの寝顔を見て、これこそ自分たちが来た道であり、いずれは帰ってゆく魂の故郷だと思ったのであろう。先日の新聞の人生相談に、出産したばかりの若い母親からの投書が載っていた。義母だったか義理の祖母だったかがお見舞いに来て、生まれたばかりの自分の子供を見て手を合わせて拝んだ。死者を拝むようで縁起が悪い、と若い母親はひどく憤っていた。今後その義母だか義理の祖母とどのようにつきあっていけばよいのか心の整理がつかない、という風な内容だった。この質問に対する回答はよく覚えていないが、赤ちゃんの仏性については何も触れていなかった。しかし私は、赤ちゃんを見て思わず手を合わせたそのおばあさんの気持ちが分かるような気がするのである。

 

赤ちゃんが泣き出すと、眠っているときの穏やかな表情からは想像もできないほどすさまじい形相になる。顔を真っ赤にして、大口を開け、舌を巻き上げて、不動明王のような憤怒の表情を作る。カエルのようにおなかを膨らませ、せわしく咳き込むようなリズムで、辺りをはばからず大音声で泣き叫ぶ。赤ちゃんは泣くときに涙を流さない。彼女は別に悲しくて泣いている訳ではないからである。赤ちゃんは自分の生存をかけて、大人たちを奴隷のようにこき使うため、あえて不動明王のような憤怒の表情を作って、威嚇するように泣くのである。赤ちゃんの生命がけの泣き顔に比べたら、大人がシクシク泣く姿などまるで能面のように無表情に見えてくるではないか。

 

眠っていた赤ちゃんが目覚めて一人で遊んでいるときは、百面相のように豊かな表情を見せる。まだよく見えない目は(視覚との密接な関連がないので)、ベアリングのようにぐるぐると回すことができる。時には目玉が裏返って座頭市みたいに白目をむき、見ている者をドキリとさせる。口元は、眠っている時は真一文字に結ばれて、賢そうな表情を作るのに一役買っている。しかしいったん目覚めた赤ちゃんの口は、エサを求める池の鯉のようにパクパクと動き回る。舌を使ってチューチューと音を立てて、お乳を飲むようなしぐさをする。突然スィーと口をすぼめて、ひょっとこみたいな表情を作って皆を笑わせる。赤ちゃんの顔はつきたての餅みたいにつるつるとしている。ところがいったん泣き出すと、顔中が無数の細かい皺で覆われる。どんなにシワくちゃな老人よりもたくさんの微細な皺が、同心円状に赤ちゃんの顔を覆いつくす。

 

赤ちゃんはわがままである。時と場所を選ばず、突然オギャーオギャーと意味不明の大音声で泣きわめく。大人が夜も寝ないでお乳をあげ、おむつを取り替え、抱っこしてあげても、当然のような顔をしている。感謝の一言も無い。それでも赤ちゃんは皆に愛されている。おじいちゃんも、おばあちゃんも「可愛い、可愛い」と目尻を下げて抱っこしている。抱いているおじいちゃんと、抱かれている赤ちゃんの表情は対照的である。おじいちゃんは自分の孫が可愛くてたまらないという顔をしている。ところが赤ちゃんの方は、おじいちゃんとおばあちゃんの区別さえつかない。彼女は自分が生きていくことだけで精一杯である。

 

先日のテレビで、日本と外国の子育ての違いについて取り上げていた。ある外国人は、日本人の夫婦が赤ちゃんを真ん中にして「川」の字になって寝るのは理解できないと言っていた。外国(主に欧米)では、赤ちゃんは別室に一人で寝せるのが一般的だと言う。中には生んだその日から別室に寝かせたと言う女性もいた。その理由は主に家庭では夫婦の関係を最重視するという欧米流の考え方から来ているという(その割に離婚率が高いのは何故だろう)。日本では子供が生まれたら夫婦はお父さんお母さんと呼び方まで変えて、子供の目線で家族関係が築かれている。外国人にはこれがとても奇異に映るようである。

 

人間も、ヘビもカエルも、カラスもスズメも、キツネもタヌキも、胎内の嬰児の姿は驚くほど似通っている。それが成長するにつれて、ヘビはヘビらしく、カエルはカエルらしく、人間は人間らしく、それぞれの大人に枝分かれしていくのである。人間も、ヘビもカエルも、カラスもスズメも、キツネもタヌキも、何十万年も何百万年も祖先を遡っていけば元は同じ「生き物」である。だから生まれたばかりの赤ちゃんは、たまたま人間の子として生を受けたにせよ、その魂の奥深くには太古の「生き物」としての記憶が多分に残されている。大人にとって(特に現代人にとって)、赤ちゃんが時折見せる原始的なしぐさは、もうとっくに忘れてしまった遠い昔の風景のように感じる。その遠い昔の風景になんとなく親しみを感じる者と、異質な物として切り離す者との違いは、それぞれの社会に固有な人生観や宗教観に根ざしていると思われる。夫婦が赤ちゃんと「川」の字になって寝る日本人は前者に属し、言葉を話せない(論理的でない)赤ちゃんは別室に隔離する欧米人は後者に属する。

 

赤ちゃんは一ヶ月になると、おばあちゃんに抱っこされてお宮参りをする。八百万の神々にお世話になりましたと挨拶をする。やがて首が据わり、ハイハイするようになり、お誕生日を迎える頃は自力で歩けるようになる。赤ちゃんは好奇心が旺盛なので、おぼつかない足取りであちこちと歩き回る。手にした物は何でも口に入れる。この頃の赤ちゃんからは目が離せないので、母親は猫の手も借りたい程忙しくなる。赤ちゃんが片言の言葉を話せるようになると、いよいよ人間としての第一歩を踏み出したことになる。保育園や幼稚園に行ってお友達ができると、さらに言葉を話す機会が増えてくる。幼児はもともとおしゃべりなので、幼稚園はまるでスズメの学校のように賑やかである。

 

保育園・幼稚園を皮切りに、子供は小学校、中学校、高等学校、さらに大学と、延々と学校教育を受けることになる。教育の中味は主に言葉や文字や数字を覚えることに費やされる。いわば現実の世界を抽象化する訓練である。赤ちゃんが本来備えていた「生き物」としての直覚的な交信本能を消し去り、新たに言葉や文字や数字などの抽象的な記号によるコミュニケーションを身につけるためである。これは言い換えれば、市場経済システムという巨大なヴァーチャル世界で使われるゲームのルールを学ぶことである。江戸時代のわれわれの先人達は自分で食べるものは自分で作っていた。ところが現代人は、生活の資のほとんどを市場にアクセスすることにより手に入れることができる。その結果、現代人にとってヴァーチャル世界(市場経済社会)の言語に習熟することは、生きていくための必要最低限の条件となったのである。

 

人間は宇宙を一たん言葉や文字や数字に置き換えることにより、事物を抽象的に捕らえる方法を学んだ。混沌とした世界は言葉に置き換えることにより細分化され、一つの断片に切り取ることができる。咀嚼し、理解し、飲み込み易くなる。そして何よりも、それは記号化され客観化されて、交換が可能になったのである。人々は言葉を交わすことにより、情報を共有化することができるようになった。

 

言葉は便利なものである。アリやハチが本能で集団を形成するのに対し、人間は言葉を使って社会を形成してきた。言葉を使うことにより、より複雑で高度な情報交換が可能になった。やがて人間は文字を発明して、言葉を紙の上に静止させた。紙の上で言葉は時間が止まった。言葉は煙のように大空に消え去るものではなく、永遠にその姿を止める事が可能になった。言葉は文字化することにより視覚化され、より正確で客観的なものに変わった。紙を持ち運ぶことにより、言葉は遠方まで伝えることが可能になった。時間と空間の制約を解き放たれた文字情報は、より広範囲に、より精密な集団を形成することができるようになった。機能的な会社組織や、病院や大学や、政府や国家や、さらにグローバルな市場経済システムが築き上げられた。現代の高度に発達した文明社会は、言葉で出来上がっていると言っても過言ではない。

 

言葉は大成功を収めた。その結果言葉は万能となり、言葉は人間そのものとなった。真実は言葉で表せるはずだと考えられ、言葉で表現できない物事は取るに足りない戯言だとされた。人びとは一日中座って、言葉を交換し、文字を読むことが仕事をすることだと思い込むようになった。社会には言葉が氾濫し、朝から晩まで言葉のシャワーを浴びるようになった。デジタル機器の発達により、言葉はそのまま記録することが可能になった。人びとは機械を点検するように他人の言葉を分析し、ちょっとでも間違いを見つけるとまるで鬼の首でも取ったように騒ぎ立てるようになった。デジタル化された言葉は加工することが可能になり、事実をねじ曲げられた言葉が相手を攻撃する材料に使われた。人間にとって便利な道具であるはずの言葉が、副作用のように人びとを苦しめるようになった。

 

赤ちゃんは今日もすやすやと眠っている。あまりに可愛いので写真を撮ろうと構えた。パシャッというシャッター音に、赤ちゃんがビクッと身を震わせた。赤ちゃんはデジタル音が苦手なのである。台所で夕飯の支度をすると、赤ちゃんはオギャーオギャーと泣き止まない。料理をするときのニオイが気になるみたいだ。赤ちゃんは、犬や猫と同じように、ニオイや音に敏感である。まだ野生の感覚が残っているのである。赤ちゃんもいずれ一人前の大人になる頃には、臭覚も聴覚も人間並みに衰えることだろう。そして五感の中では視覚だけを重視し、何でも視覚化しないと理解できない大人になるのかも知れない。抽象的な言葉を話し、抽象的に物を考え、抽象的な街を歩く大人になるのかも知れない。しかし、どうか忘れないで欲しい。大人もむかしは、一度は赤ちゃんだったということを。諸君が「言葉の社会」に行き詰まったら、立ち止まって思い起こして欲しい。人間も、ヘビもカエルも、カラスもスズメも、キツネもタヌキも、何十万年も何百万年も祖先を遡っていけば元は同じ「生き物」だったということを。

 

(2018/04/20)

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夢か、まぼろしか

秋も深まって朝晩肌寒くなってくると、子どもの頃おねしょをしたことを想い出す。今にして思えば他愛のない幼児の頃の出来事だが、当時の私にとっては切実な問題であった。私は確かに、土手の草むらに向かっておしっこをしていたのである。秋風が心地よく頬をなでる感触さえ生々しく覚えている。ところが無情にも、やがて太ももを伝わる液体の生暖かい感触にハッと我に返る。ああ私はまた「おねしょ」をしてしまったのだ、と気づいたときには既に遅い。子供心にもこの理不尽な夢の世界のからくりには、独りやり場のない無念さを味わったものである。

 

夢の中では誰でも、自分がいま夢をみているとは思わない。例えそれがどんなに奇妙な物語でも、それと気づくのはいつも目覚めた後のことである。眠っている間は誰でも、まるで母親に抱かれた赤ん坊のように、夢の世界を全面的に信頼している。人々は夢の中で本気で逃げ惑い、足がもつれて、恐怖心から冷や汗を流す。そして目覚めるや否や「ああ夢だった」と、一瞬にして悟るのである。夢の中の恐怖から解放されてホッと胸をなでおろす人もあれば、夢を信用したばかりに「おねしょ」をしてしまう場合だってある。

 

だから夢を見ておねしょをしてしまった子どもを叱ることは誰にもできない。なぜなら眠っている子どもには、自分が今夢を見ているのだということがわからないからである。事前にこれは「おねしょ」だとわかっていて、布団のなかにオシッコをする子どもはいない。彼は正しくトイレで用を足していたのである。然るに蛇口の先端を緩めるや否や、回り舞台みたいに場面がくるりと回って、今度は布団のなかに横たわっている。こんな理不尽なからくりを一体誰が考え出したのだろうか。それは時計の針を前に戻せないのと同じく、何か人間の能力をはるかに超えた鬼神の仕業としか考えられないではないか。

 

人間がものごとを認識するメカニズムは、眠りながら夢を見るのとたいして変わりはない、とフロイトは考えた。彼は長い年月を夢の分析に費やした結果、ついに「無意識」の世界が存在することを発見した。我々の脳髄は、宇宙のように膨大な無意識の世界にアクセスし、その中から今必要なものだけを選り分けて「意識」しているのである。それはあたかも広大な砂漠の中から、砂粒を一つずつ拾うような作業である。だから拾った砂よりも、拾われなかった砂、つまり無意識の世界の方が圧倒的に大きいのである。

 

新宿や渋谷のような繁華街では、限られたスペースに人や車や建物がひしめき合っている。視覚的にも聴覚的にも、人間が識別できる許容量をはるかに超えた情報や騒音があふれている。われわれの脳はその情報の大半をシャットアウトし、あたかも望遠レンズの焦点を絞り込むように、それらのほんの一部を識別しているに過ぎない。それは人間が一つの事物に意識を集中するために、あえてそのような能力を身につけたからである。そのような能力なしに現代人は、複雑で巨大な社会の成員として生きていくことはできないのである。

 

ところがこの大都会を数分眺めただけですべてを記憶し、別室にこもってその風景を再び紙の上に描くことができる人がいる。建物の位置や形や店の看板の名前まで、克明に再現できるのである。一方で、電話帳を一冊まるごと記憶できる人や、数年先の日付の曜日をピタリと当てることができる人がいる。このような人々をわれわれは、天才的な記憶の持ち主だと思っている。しかし実は彼らは、単に脳の記憶のメカニズムに障害をおこした人たちなのである。

 

情報をシャットアウトする機能に障害を起こしたため、彼らの脳には時間的にも空間的にも制約を外された膨大な情報が、洪水のようにどっとあふれ出てくる。そのために情報の整理がつかず、普通の人間のような社会生活が送れない。つまり記憶とは、放っておけばあふれ出てくるものであり、それを遮断したりコントロールしたりすることの方がはるかに高度で難しい作業なのである。

 

我々はよく物忘れが激しくなったなどと言うが、それは頭の中から記憶が消えるわけではない。記憶そのものは消せないものである。なぜなら記憶とは、人間の脳の中には存在しないからである。ではどこにあるのか、という発想そのものが二次元的で見当はずれだと言われている。記憶とは、宇宙の精神とも言うべきものであり、どこか異次元の世界に厳然として存在するものである。人間の脳はただその宇宙の記憶装置にアクセスする能力だけが備わっている。そしてそのアクセスの仕方の違いが、人間を人間らしく、動物を動物らしく、鳥を鳥らしく、魚を魚らしく、植物を植物らしく、石ころを石ころらしくしているのである。

 

東京の市ヶ谷から飯田橋にかけての線路沿いに、かつての江戸城の外堀が残っている。私はその辺りをよく歩くのだが、この寒空の中を水中にもぐって無心にエサを探している水鳥がいる。私はふとあの水鳥の記憶装置はどうなっているのだろうか、と考えた。彼らの目には、この世界がどのように映っているのだろうか。当然、人間とは異なった風景を見ているのだろう。多分その疑問を解く鍵は、彼らがどのように生活しているかということと深く関連しているに違いない。

 

トリは全身を羽毛でおおい、両腕に強い筋肉を付けて翼に変えた。体型を流線型にして、空気や水の抵抗を少なくしている。体温を高く保って、寒風でも冷たい水中でも平気である。高性能の望遠鏡のような視覚は、上空から水面の小魚さえ見分けることができる。彼らは空中を飛ぶことも、水中に潜ることもできる。春になるとはるかシベリアまで飛んでいくし、秋になるとまた皇居のお堀に帰ってくる。レーダーのような探知能力は、人間をはるかに超えた記憶の持ち主のように見える。

 

一方で人間は成人でさえ嬰児のように無防備な裸である。コートやマフラーなしには冬の寒さに耐えられない。寒中水泳をする人はいるが、生活のためというよりむしろ趣味でやっているにすぎない。まして空を飛べる人間などいない。しかし人間は飛行機を発明した。ジャンボジェットはいっぺんに数百人の人間を乗せてアメリカまで飛んで行ける。トリは自分自身を飛行機に変えたが、人間は自分の肉体には指一本触れずに空を飛ぶ「機械」を発明した。これが人間とトリとの決定的な違いである。この「発想の違い」こそが、人間とそれ以外のあらゆる生き物の記憶装置をまったく異質なものにしているのである。言い換えると人間の幸不幸も、すべてここからスタートしているのである。

 

人間以外のあらゆる生き物は、環境に合わせて自分自身のカラダを変形させる。地球上の限られたスペースで自分の居場所を確保するために、他とは異なった特殊な技能を身につける必要があったからである。あるものは草原の枯れ草色に全身をカモフラージュしたり、地上を猛スピードで駆け抜けたりする能力を身につけた。またあるものは鋭いキバやツメを生やしたり、あるいは首を伸ばしたり鼻を伸ばしたりした。種とは他と差別化することによってのみ、この惑星上での生存を許されたのである。その結果、地上にも地中にも、空中にも水中にも、地球上は驚くほど多様な生物で満たされた。

 

地球上が多様な生物で埋め尽くされたまさにその瞬間に、これとは全く反対の動きをする生物が現れた。人類の出現である。人間は自然環境の隙間に自分の居場所を求めようともしなかったし、特殊技能に特化して自分の体型を変えようともしなかった。人間は大胆にも(創造主に逆らって)、自然環境そのものを自分に合わせて変えようとした。1万年前のメソポタミアで小麦の栽培に成功すると、人類は農業を発明した。食べ物を探して移動するのを止め、逆に自分の周りに食べ物を実らせる植物を植えた。これはあたかも自分が創造主になったような、大胆な発想の転換だった。

 

人間も猿も、イルカも海亀も、魚も鳥も、胎内の嬰児の姿は驚くほど似かよっている。しかし成長するにつれて徐々に、動物は動物らしく、鳥は鳥らしく、魚は魚らしく枝分かれしていく。即ちすべての生き物は胎内で、その全進化の歴史を一代で遡って、それぞれの「おとな」に成長するのである。ただ人間だけが、嬰児の姿そのままに成人する。彼らには肉食獣のような鋭いキバやツメもないし、トリのような翼や羽毛もないし、イルカのような流線型の体形や強靭な尾ビレも持たない。

 

不思議なことに、肉体的に無防備な人間だけがこの地上に高度な文明を築くことができたのである。彼らは(幸いにも)、速く走ることも寒さに耐えることも、空を飛ぶことも水中に潜ることも出来なかったので、色々な「道具」を発明する衝動にかられた。彼らは羽毛の代わりに衣服や住居を作り、鋭いキバやツメの代わりに刀や銃を作り、速い足の代わりに汽車や自動車を作り、翼の代わりに飛行機を作った。

 

つまり人間の特徴は、無防備な肉体と表裏一体の、そのユニークな頭脳にある。他のあらゆる生き物が自分の肉体を改造したのに対して、人間は自分の精神世界を改造した。開きっぱなしだった宇宙(創造主)のデータベースへの弁を、自らの意思で開閉する術を身につけたのである。その結果、人間はものを「考える」ことができるようになった。

 

あらゆる生命体は生きるための知恵を授かっている。このような知恵を我々は「本能」と呼んでいる。本能は無意識の世界からやってくるものである。我々は特別に意識しなくても空気を呼吸し、水を飲み、食物を食べ、生殖をして子孫を残す。さんさんと降り注ぐ太陽の英知を体内に取り込み、自然と一体化することにより、我々はこの地球上に生命を維持していくことができる。

 

もちろん人間も一つの生命体であることに変わりはない。体内には他の生物と同じ宇宙の摂理が流れている。しかし一方で人間は、独自のデータベースを持っている。言葉や文字や数字を使って情報を共有化することにより、人類は高度な社会を形成することができた。つまり人間は二種類のデータベースを持っているのである。一つは無意識の世界であり、もう一つは人類に特有の「意識」の世界である。前者は生命に関する偏在的な知恵であり、後者は言葉による社会に関する情報である。

 

人間は宇宙を一たん言葉や文字や数字に置き換えることにより、事物を抽象的に捕らえる方法を学んだ。混沌とした世界は言葉に置き換えることにより細分化され、一つの断片に切り取ることができる。咀嚼し、理解し、飲み込み易くなる。そして何よりも、それは記号化され客観化されて、交換が可能になったのである。人々は言葉を交わすことにより、情報を共有化することができるようになった。

 

最初はシンプルな言葉で、家族や部族の小さな集団を形成した。やがて人々は文字を発明し、言葉は紙の上に形として残るようになった。視覚化された言葉は、時間をかけてじっくりと改良することが可能になった。その結果、より高度で複雑な表現が可能になった。時間と空間の制約を解き放たれた文字情報は、より広範囲な人々に共有されるようになった。やがて都市が生まれ、社会はより高度なものに変っていった。

 

数百年前の西ヨーロッパに近代的な国民国家が誕生し、それは瞬く間に全世界に広がっていった。いまや21世紀の世界は、グローバル経済と呼ばれる巨大な市場が生まれようとしている。このような地球規模の巨大な社会の形成には、より普遍的で抽象的な言葉が必要になってくる。そして「数字」が出現した。数字こそは究極の抽象性と普遍性を備えた言語である。現在の高度な物質文明は数字を抜きにしては考えられない。

 

「数字」の有用性を発見した中世の西ヨーロッパ人は、飛び上がらんばかりに喜んだ。なんと宇宙は数学的に整然と動いていたのである。宇宙の真理は数字で書かれていた。混沌として捉えどころのない世界を測定し、数字に置き換えさえすれば、それは紙の上に静止する。宇宙の断片を切り取ってきて、まるで数学の問題を解くように、じっくりと机の上で観察することが可能になる。「くつわ」をはめて馬を慣らすように、数値化することにより人間は自然を手なずけていった。物事と物事の変わらぬ関係を「法則」と呼ぶ。法則という(創造主の)暗号の解読に成功した人類は、やがて自然を意のままにコントロールできるようになった。

 

数学の進歩は物理学の発展を促し、物理学は次々と新しい科学的な発見を生み出した。人類は「科学」という呪文を唱えることにより、自然から無限の利益を引き出すことが可能になった。科学万能の時代が到来した。科学的ということと「正しい」ということは同じ意味になった。非科学的なことは、信ずるに足りない迷信だと決めつけられた。人間が理解できるのは数量的な概念だけであり、数値化できない物事は取るに足りない「たわごと」だとされた。ものごとを数量的に理解する能力において、人間は「神」と肩を並べたとさえ自惚れるようになった。そして人間は、人間そのものの集まりである社会も、数量的にコントロールできるはずだと考えた。

 

資本主義と呼ばれる社会システムは、「数字」を社会の言語に据えたものである。そこでは「お金」と呼ばれる数字が、すべての経済活動を測定する。資本主義は人間の経済活動を、恐ろしく抽象的で普遍的なものに変えた。それはグローバルな市場の言語としては最適なものだった。しかし宇宙の果てまで届くその普遍性は、アフリカの僻地の農民までもゼニ勘定に巻き込まずにはおかなかった。この社会では、「生きる」ということと「計算」するということは同じ意味になった。「収入>支出」という不等式を満たさない者は、この世で生きていくことさえ難しくなった。人生においては、経済的な問題がすべてだとされた。

 

私は終戦直後の伊豆の小さな漁村で少年時代を過ごした。山がそのまま海に陥没したような地形で、急な斜面に沿って屋根の低い家々がへばりつくように並んでいた。何をするにもこの斜面を上り下りしなければならず、厳しい労働の日々だった。半農半漁の小さな漁村で、人々は古代人とたいして変わらない自給自足の暮らしをしていた。お金を出して物を買うなどということは、めったになかった。私は紙芝居が来ると、母親からスルメを二枚もらって見に行った。毎週日曜日には魚を持って隣村の母の実家に行き、帰りには野菜や米などをもらって帰ってきた。人々は物々交換で生活していた。

 

先日ネパールの高地人の暮らしをテレビで観たが、少年時代の伊豆の暮らしとたいして差はないと思った。ただ不思議に思ったのは、この貧しさの中で子供たちの笑顔が底抜けに明るかったことである。そういえばアジアでもアフリカでも、発展途上国と呼ばれる国々の子どもはどうしてこうも生き生きしているのだろうか。国の貧しさと子どもの明るさは比例するのだろうか。昔のアルバムをめくってみると、確かに私も元気のよさという点では後進国並みだった。セピア色の写真の向こうで、少年時代の私は生きていることが楽しくてたまらないという顔をしている。

 

当時の貧しい少年の目からみれば、現在の東京は想像もできない程の豊かさである。ハリウッド映画で見たあのアメリカの大都会の風景そのままである。当時はあんなに豊かなアメリカ人たちは幸せだなぁ、と羨ましく思ったものである。ところがその後の高度成長で、日本も先進国の仲間入りを果たした。あの羨望の的だったアメリカの暮らしが現実のものになったのである。科学技術に牽引され、(資本主義や市場経済と呼ばれる)われわれの社会システムは大成功を収めた。それはいにしえの空想家たちが想い描いた最も楽観的な「理想郷(ユートピア)」をもはるかに超えている。ところがこの極楽浄土のような豊かな社会の中で、人々は何となく捉えどころのない不安感を抱えているのである。

 

今の若者の中には、自分の将来に不安を感じている者が少なくない。大学は出ても就職できない者がいる。キャリア形成の最初のステップを踏み外すと、その後安定した仕事に就くのが難しくなる。だから一生結婚もしないし、結婚しても子供をつくらない。一方で社会の高齢化と少子化は急速に進んでいる。これからの年金制度はどうなるのか、誰が老人の介護をするのか。国の財政赤字は1,000兆円に迫ろうとしている。もはや国に国民の面倒をみる余力は残っていない。こうなってくると長生きは最大のリスクとなった。冗談ではなく、生命保険の代わりに「長生き保険」が必要な時代になったのである。

 

しかしよく考えてみると、これらの不安の根底には必ず数量的な思慮が隠されている。つまり計数的な勘定が合わないことからくる不安である。若者が就職できないのも失業するのも、企業のゼニ勘定が逼迫したことが原因である。企業が倒産するのも、投下した資金に見合うリターンが上げられないからである。年金制度や健康保険制度が危機に陥るのは、国家の財政の帳尻が合わなくなったことが原因である。若者が結婚しないのも、子どもをつくらないのも、将来の収入の見通しが立たないためである。これらはすべて「収入>支出」という不等式が満たせないことから来る不安である。

 

貧しかった時代の底抜けの笑顔と、豊かさを手に入れた現在の不安感は何を意味しているのであろうか。誰でも貧しさより豊かさの方がいいに決まっている。そこになんら問題はない。だから不安感は豊かさそのものからではなく、豊かさを手に入れるプロセスから来ているのではなかろうか。この社会の「しくみ」のどこかに、人々の心の平安をかき乱す何ものかが巣くっている。豊かさを手に入れるために、人びとは人間性と相容れない異物を飲み込んでしまった。それは科学技術や、(資本主義や市場経済と呼ばれる)社会システムや、それらの生みの親である数字という言語の中に含まれる何者かであるに違いない。

 

科学技術や物理学が数学から成り立っているのと同じく、我々の社会・経済システムは数字という言語で組み立てられている。毎朝のテレビのニュースでは必ず株式市場と為替市場の相場を報道する。これらの数字の変動が、この社会の核心であることを示している。景気の良し悪しも、政府の予算も日銀の金融政策も、金の価格も原油の値段も、物価も年金も、賃金も失業率も、インフレもデフレも、すべて数字で語られる。企業の業績を示す財務諸表はすべて数字で書かれている。我々は日々数字を見て一喜一憂している。現在の社会の特徴は、数字という記号で人間が組み立てられていることである。そしてそのことの持つ不自然さに、疑問を投げかける者はほとんどいない。

 

およそ人間と数字ほど、その性質を異にするものはない。もし数字のような人間が周囲にいたら、皆の鼻つまみ者になることは間違ない。彼は「答え」をたったの一つしか持たない。だからその場の状況に合わせて融通を利かすということができない。空気が読めない(KY)。相手が総理大臣であろうと、絶世の美女であろうと、自分の考えを決して曲げようとはしない。時間も空間も超越したそのガンコさは、はっきり言って人間としてはバカに属する。しかし馬鹿もここまで徹底していれば、使い途によっては有用な道具になり得る。天文学や物理学の分野では、このバカが実は鋭い切れ味を示すことを実証したのである。

 

しかし物理学や天文学で成功したからと言って、それをそのまま人間の世界に持ち込むには問題がある。しょせん、バカはバカである。人間はバカの指示に従うことには耐えられない。社会の言語としての数字は、人間を数字並の思考レベルに引きずり降ろす。数字の社会(民主主義社会)では、数の多寡で大事な国政上の判断が決められる。偉人も凡人も、月もスッポンも、ダイヤモンドも石ころも、定量的に一つとカウントする。それが「平等」だとされる。その常識を超えた「合理性」ゆえに、数字という言語は人の神経を逆なでする。

 

数字の持つ顕著な特徴の一つは、その単純性であろう。数字は「多いか、少ないか」以外には何の意味も持たない。子どもでもわかるその単純性ゆえに、数字は宇宙の果てまでも届く真理となった。具体的で形のある物を数字に置き換えれば、複雑な事物も単純化できる。ダイコンもキャベツも、豚肉も鶏肉も、甘い物も酸っぱい物も、おいしい物もそうでない物も、スーパーマーケットでは数値化されて並べられている。いったん数値化すれば、取引は単なる計算となる。様々な個性を持った顧客を、標準化され規格化された流れ作業で処理できるようになる。

 

ここで注意しなければならないことは、数値化は単なる手段だということである。カボチャとニンジンを数字に置き換えれば、両者を同じ土俵の上で比較できる。取引が容易になる。しかしカボチャとニンジンがまったく同じになった訳ではない。相変わらずカボチャはカボチャであり、ニンジンはニンジンであり続ける。ところが一旦お金に置き換えると、もとの個性は消し去られてしまう。そしてすべてはお金という言葉で語られるようになる。新幹線に乗れば、周りの景色は飛ぶように流れ去ってしまう。立ち止まらなければ目に留まらないような、小さな草花には気づかなくなる。時間的な便利さを優先すれば、視界から消え去る風景が出てくるのは道理である。

 

我々は経済の話をするときは数字を用いる。総理大臣も日銀の総裁も、会社の社長もCFOも、数字を使って問題を理解し決定を行う。それが「合理的」で正しいことだとされている。しかし数字は複雑な物事を過度に単純化してしまう。その結果物事の本質を見失い、判断を誤ることだってある。カボチャとニンジンに光を当てれば、背面の壁にクッキリと影ができる。同じ二次元の平面上で、両者の形を比較できるようになる。しかしその影からは、カボチャの黄色い色や、ニンジンの赤い色は消されている。数値化とは物事の一面に光を当て、カゲの部分を消し去ることである。しかし消された影の部分にも、大切な意味が含まれているのに違いない。

 

われわれは日本人として生まれたからには、その心持を表現しようとすれば日本語で話すしかない。同じく経済事象を説明しようとすれば、数字で語るしか方法はない。その結果、多いか少ないか、白か黒か、という二者択一論で経済現象を判断することになる。そして子どもでもわかる愚かな過ちを繰り返す破目に陥る。過去数百年の資本主義の歴史は金融危機の歴史でもあった。しかし何回バブルがはじけても、何回金融危機に襲われても、人類はこの惨禍から逃れることはできなかった。それは数字という言語が、決してバブル現象を識別できないことを示しているのである。

 

株価も為替相場も不動産相場も、値段は上がるか下がるか二つに一つである。日々の相場は上がったり下がったりする。一週間の相場も、日々の上下を繰り返しながら、週間としても上がったり下がったりする。一月間の相場も、日々の上下と、週間の上下を繰り返しながら、月間単位としても上げ下げをする。年間の場合も同じである。われわれは3年前の相場を見て、あぁこの3年間で株価は2倍に上昇した、と初めて理解する。過去のことは記録を見れば簡単に知ることができる。しかし未来のことは誰にもわからないのである。それは「あぁ、夢だった」と気づくのが、いつも目覚めた後であるのと同じ理屈である。

 

この数ヶ月の株価の下落は、上下しながら上昇を続けてきた上げ相場の途上にあるのか、それとも新たな下落相場の始まりなのか、誰にも判断できない。同じようにバブルかバブルでないかは、後になって振り返ってみて初めてわかる現象である。だからバブルから逃げる方法もない。それはさざ波の打ち寄せる岩礁で安心している釣り人が、突然大きなうねりにさらわれるようなものである。ITバブルにサブプラームローン、リーマンショックに中国バブル、そして今まさにアベノミクスという新たな構想が打ち上げられている。有り余るグローバル・マネーは、屁理屈でも何でも構わないから、新たな投資のストーリーを描いてくれとせがんでいる。

 

バブル崩壊で20年間デフレに苦しんだ日本人は、二度とバブルに引っかからないと思われている。しかしそんなことはない。株価が上向けば、人々はまた性懲りも無く熱狂するに違いない。バブルや金融危機は、これから先も何度でも、繰り返して、この世界を襲ってくるに違いない。(資本主義・市場経済と呼ばれる)現在の社会システムが存続する限り、言い換えれば数字が社会の言語として採用されている限り、金融危機から逃れる術はないのである。それは人間が愚かだからではなく、数字そのものが読み取れないように出来ているからである。宇宙の果てまで届くその普遍的な言語は、水や空気のように透明である。経済という人間くさい営みを説明するには、余りに抽象的かつ単純すぎるのである。

 

アダムとイヴが知恵のりんごの実を食べて以来、人類は二つのデータベースを持つことになった。とは言っても原始時代の言葉はほんの僅かなものだった。ほとんどは「無意識」の世界が支配していた。地球上のあらゆる生き物と同じく、人間も「本能」で生きていた。しかし人類が文字を発明した頃から、この「社会」に関する情報は徐々に増えていった。300年前の西ヨーロッパで産業革命が勃発すると、新たに「数字」に関する情報がこれに加わった。第二次大戦後のアメリカで情報革命が起きると、人類が共有する「社会システム」に関する情報量は飛躍的に増加した。現在の先進国では「意識の世界」へアクセスする弁は開きっぱなしになり、「無意識の世界」へのパイプは錆び付いてきた。

 

「意識」のデータベースの露出度が増えるにつれて、人々は「本能」を忘れていった。生命体としての拠り所を失った「根無し草」は、ふわふわと虚構の世界をさまよい歩くことになる。言葉は単なる虚構である。それは現実の世界を音声や文字に置き換えただけのものである。だから言葉を一日中しゃべり続ける現代人は、一日中虚構の世界をさまよっていることになる。その結果現実離れをした心配事や、将来に対する漠然とした不安感に取り付かれることになる。

 

魂を失くした「根無し草」は、孤独感から人々との絆を求める。そしてさらに大量の言葉を周囲に撒き散らすことになる。しかし「根無し草」同士のおしゃべりからは、孤独感が癒されることはない。何故ならこの孤独感は、自らの精神の故郷である「無意識の世界」を喪失したことから来ているからである。この世のあらゆる生命は、宇宙の中心にある精神世界にしっかりと根を張って生かされている。インドの聖人が言っているように、人間も動物も、鳥も魚も、植物も石ころも、根っこは一つに繋がって生々流転の旅をしているのである。

 

東京の地下鉄に乗ってみるといい。座席に座るや否や、人々は携帯を操作して自分の世界に閉じこもる。小さな窓を通して「社会」との接点を探る善良な市民の姿は、見ているだけでいじらしくもあり悲しくもある。あぁ人間はどうしてこんな風になってしまったのだろうか。海亀もイルカも、ヘビもカエルも、ヒヨドリもメジロも、ツバキもサザンカも、生きとし生ける者はすべて個性的で美しく、生命を謳歌しているように見える。人間だけがどうして陰気に背をかがめて、デジタル機器の小窓を覗き込んでいるのだろうか。子どもの頃はあんなに生き生きと楽しそうだったのに。

 

空を見上げると、今日も真っ青な空に白い雲が浮かんでいる。はるかな上空を、なんとカラスがたった一羽どこまでも飛んでいく。大きなクスノキがこんもりと繁り、そよ風にキラキラと葉を揺らしている。その梢の隙間を、ヒヨドリが猛烈なスピードで通り抜けていく。シイノキの薄暗い繁みの中で、何か大きな鳥が動いている。キジバトの夫婦だ。不器用に枝から枝へと歩きながら、何かをついばんでいる。突然頭上でシジューカラが、辺りの空気を切り裂くように「ツー・ツー・ピー」とさえずりだした。

 

私は既に30分以上も、ぼんやりと窓の外の景色を眺めている。言葉は一言も発しない。それどころか頭の中から、一切の言葉や文字や数字を排除しようと努めている。何故なら私は、少年時代の記憶をカラダでよみがえらそうとしているのである。繁みの中でキジバトが「ドテッポー・ポー」と鳴いたとき、私はかすかに昔の記憶がよみがえってきた。急斜面の石ころ路に秋風が吹く頃、私はこの声を聞きながら学校へ通ったのだ。体の中をじわりと、なつかしい記憶が甦るのがわかった。波の音、潮の香り、松林を吹き抜ける風の音、どこかで鳴く鳥の声、子供たちの笑い声。そうだ私は、風の歌を聴いて育ったのだ。

(2013/02/26)

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戦後70年に想う

今年(2015)は戦後70年ということでマスコミでも色々と話題になっています。ところが私はその終戦の日が誕生日なのです。昭和20815日の正午頃に、私は関東州(満州)旅順郊外の金州・閻家楼というところに生まれました。最近わかったことですが、ここは乃木将軍の長男が日露戦争で戦死した場所だということです。

 

現在の私の職場は青山で、すぐ近くに青山墓地があります。都心にしては緑が多く敷地が広いので、昼休みによく散歩します。お寺の脇から入ってすぐのところに乃木将軍のお墓があります。思ったより小さなお墓です。百坪以上もあろうかという大久保利通の墓に比べると、まことに質素なものです。漬物石のような乃木さんのお墓の前には、日露戦争で亡くなられた二人のご子息の墓が並んでいます。ある日何気なく石塔に刻まれた文字を追っていると、ハッと驚きました。

 

乃木勝典

明治三十七年五月二十六日金州城東南角壁外ニ戦傷

同二十七日閻家楼第一師団第三野戦病院ニ歿ス

 

金州の閻家楼とはまさに私の出生地です。これも何かの縁かと思い、それ以来私は時々乃木さんのお墓にお参りをしています。石に刻まれた文字を眺めながら、私はぼんやりと日本の歩んできた歴史について思いを巡らします。明治維新以来の我が国の近代化の歴史は戦争の歴史でもありました。日清・日露に始まり、特に今次の大戦では未曽有の被害を出しました。どこの家でも肉親に戦死者が一人や二人いるのは珍しいことではありません。激しい空襲で、日本国内いたるところが戦火に見舞われました。戦後70年が経ちましたが、いまだに国民の心の中には深い戦争の傷跡が残っています。

 

一つ違いの兄と、生後一年半の私は、母に「おんぶ」と「だっこ」で真冬の日本に引き揚げてきました。終戦の混乱の中で、母の苦労は並大抵のものではなかったろうと思います。女ばかりの6人姉妹の真ん中に生まれた母は、どちらかといえばおっとりとした娘だったようです。この小柄な女性のどこにあの激動の時代を乗り切ってきた激しい気性が潜んでいたのかと思うと、なんだか不思議な気持ちがしてきます。母は今年95歳で健在です。

 

私の父はノモンハン事件の生き残りで、父の兄はガダルカナルの生き残りです。ノモンハンもガダルカナルも激戦で、戦死者の中に飢えや病気で倒れた者が多数含まれていた点が似通っています。それもそのはずで、両戦とも辻政信という参謀が作戦に深く係っていました。弾薬も食料も底をついた中で、陣地を死守せよとのむちゃな命令が被害を大きくしました。この激戦の中でも、私の父も伯父も無傷で帰ってきました。極限の状況でもめっぽう生命力の強い野崎家は河内の国・野崎村の出身で、楠木正成を先祖に持つ家系だということです。

 

終戦の日に生まれた私が、いまや70歳の老人になろうとしています。ノモンハンを戦った父も、ガダルカナルの伯父も、既に他界しています。戦争を体験した世代が徐々に少なくなってきました。戦争の記憶も、空に立ち上る煙のように、次第に薄まり消え去っていくのもやむを得ないことかも知れません。ところが奇妙なことに、記憶が薄くなってきたこのタイミングで、まったく別な形での「歴史観」が横行し始めています。

 

それは「ナチス」や「ヒトラー」、「侵略戦争」や「植民地支配」など、断片的な言葉のレッテルを貼って歴史を断罪する現象です。これらの単語に異議をはさむ者や、説明を試みる者は、まるでツイッターが炎上したように総攻撃を受けます。人々は腫れ物に触るように、レッテルを貼られるのを避けるようになりました。そこには、当時はどういう困難な時代だったのか、人々はどんな気持ちで行動したのか、という生きた人間に対する洞察がまったく欠落しています。

 

小林秀雄は、歴史とはその時代に生きた人々の心持ちを思い起こすことだと言っています。歴史とは記憶です。その時代の人々が、どんな条件の下で、どのように感じていたかを、現代によみがえらせる行為です。現在の尺度で過去を判断してはなりません。これは言うは易くして、行うはたいへん難しいことです。われわれは、知らず知らずのうちに、現在の色メガネを通して過去を判断してしまいます。そして良いとか悪いとか、白だとか黒だとか、デジタルな結論を出しています。

 

幸いにも、我々にはドラッカーの著作が残っています。「経済人の終わり」という彼の処女作は、第一次大戦と第二次大戦に挟まれた時代のヨーロッパ社会を克明に描いています。ヒトラーや全体主義、大恐慌や両次の大戦の中で、生身の人間がどのように感じて、どのように行動したか、各ページは鋭い識見に満ちています。これは彼が20代の後半に書いた作品で、1939年に出版されました。この若さで、この博識と、深い洞察力には驚嘆します。天才とはいるものだと、つくづく感心しました。

 

ドラッカーはマネジメントで有名ですが、最初は社会に対する関心からスタートしています。彼は日本ともたいへん関係が深く、日本美術の収集家でもありました。戦後70年を機に、本当の歴史を知るためにも、皆さんも是非本書を一読されることをお勧めします。特に浅薄なレッテル・ゲームにフラストレーションが貯まっている方は、目からウロコが落ちること請け合いです。

 

ドラッカーは全体主義を、あの頃世界に蔓延した「社会の病」だとしています。人間に病があるように、社会にも病があるのです。全体主義は残忍だ、非人道的だと非難しても、なんら病気の説明をしたことにはなりません。それは単に病気の症状を述べているに過ぎません。ガンは残酷なものです。罪もない幼い子供が、万力のように締め上げられます。「お母さん助けて」と子供が泣き叫ぶ。病はどんな拷問より残忍で、非人道的なものです。しかし「ガンは絶対反対だ」と訴えても、病は治りません。病を治すためには、その原因を突き止め、正しい治療法を確立した時初めて可能になるのです。

 

同じく社会の病を治すためには、「戦争は絶対反対だ」とか「あの国は非人道的だ」とデモ行進するだけでは不十分です。その本当の原因を突き止めたとき、初めて有効な対策を打つことができます。社会の病の治療法はまだ確立していません。21世紀の現在でも、世界中いたるところで全体主義が猛威をふるっています。全体主義はなにも独裁国家の専売特許ではありません。われわれの身近な日常にも、組織のあるところには必ず全体主義的な発想があります。組織がうまく機能しないと、人々は全体主義に走ります。目標を見失うと、組織そのものを目標にします。

 

我々は「社会が崩壊する」とはどのような状況になるのか、想像できるでしょうか。21世紀の成熟した社会に住んでいると、それは水や空気のように透明で、普段は意識さえしない存在です。ところが実際に崩壊してみて初めて、人々は現代社会がどのような成り立ちになっているのか実感します。忘れてはならない事は、戦前のヨーロッパでも、アメリカでも、日本でも、社会が崩壊したという事実です。人びとは生きる術を知らない赤子のように、社会の外に放り出されたのです。

 

江戸時代の農民を現在の東京のど真ん中に連れて来たら、度肝を抜かれることでしょう。林立する高層ビルの間を流れる自動車の群れ、通勤電車から溢れ出てくる人の波、何層にも交差する地下鉄や地下街、24時間眠らない都市、等々挙げ出したらきりがありません。しかし都市の外観よりも、彼が最も理解に苦しむのは、誰も自分が食べるものを自分で作らないということでしょう。コメも野菜も、魚も肉も、信じられないほど豊富な食料が店頭にあふれています。現代人は衣食住のすべてを「お金」で買います。

 

江戸時代の人々の大半は、自分で食べる物を自分で作っていました。隣の家も、そのまた隣の家も、同じようにコメを作り野菜を作っていました。だから何百人、何千人という人間が一緒に集まって住んでいても、それによるシナジー効果はほとんどありません。人々は自分で作ったものを自分で消費して、経済は完結していました。

 

ヘンリー・フォードはまともに小学校も出ていない程の無学な人間ですが、おかげで経済学の常識に捕らわれない自由な発想をすることができました。彼は自動車の製造工程に流れ作業方式を導入して、大量生産とコスト削減に成功しました。自動車の価格は下がり、大衆にも手の届くものになりました。このシステムは最も効率のよいものとして、あらゆる生産現場に普及していきました。工場だけではなく、学校や病院や政府の組織でさえ組立ラインを模倣するようになりました。

 

ヘンリー・フォードの流れ作業方式は、いわゆる「分業」の理論を応用したものです。アダム・スミスは「国富論」の中で、分業について次のように述べています。ピンの製造は、どんなに熟練した職人でも、一日でせいぜい20本作るのが限度である。ところがこの製造工程を18の作業に分解し、10人の職人が担当すると、一日に48,000本のピンを製造することができる。職人一人当たり4,800本の勘定になる。つまり製造工程を分業化することにより、生産効率は240倍にハネ上がったことになります。

 

要するに分業とは、先ず仕事を徹底的に分解し細分化する。次にこの単純化され標準化された作業をひたすら繰り返すことにより、生産効率を上げる。そして最後にベルトコンベヤーでパーツを組み立てて完成品に仕上げる。問題はこの生産方式では、各個人は細分化され標準化された、パーツのような単純労働を毎日繰り返すようになるということである。バカでもできるような仕事を毎日繰り返す人間が、本当のバカにならないという保証はないのである。

 

この生産方式を国家レベルに張り巡らしたのが近代社会です。自給自足の農民は鍬を捨て、農地を捨てて、学校教育を受けるようになります。読み書きを覚えた彼は、巨大な社会のベルトコンベヤーのどこかに組み込まれます。そしてパーツのそのまた切れ端のような、細分化・標準化された仕事を毎日繰り返すようになります。ところが単純労働の代償として「給料」を手にした途端に、彼は巨大なマーケットにアクセスできる力を手にすることになります。食べる物も、着る物も、娯楽も、あらゆる商品を市場から調達できるようになるのです。

 

このシステムでは、人は全く異なる二つの側面を持っています。一つは生産者という立場であり、もう一つは消費者という側面です。人はこのゲームに参加するためには、先ず生産者になってマーケットに物を売り、「お金」という数字を手にいれなければなりません(売る物がない人は、自分自身の時間と能力を売り給料を貰う)。そして一旦この数字を手に入れた者は、市場を介して、何百万・何千万という他の生産者の成果物にアクセスできる権利を手にするのです。

 

「市場経済」とか「資本主義」などと呼ばれているこの社会システムは大成功を収めました。江戸時代や鎌倉時代のわれわれの先人たちから見れば、想像を絶する豊かな社会です。この世に極楽浄土が出現したと言っても過言ではないでしょう。しかし人間の作ったものに完全というものはありません。ときには故障したり、壊れたりすることもあります。停電すると生活がニッチもサッチもいかなくなるように、便利になればなるほど、それが失われたときのダメージは大きくなります。

 

戦前の1929年に実際にこの市場経済システムは崩壊しました。この衝撃は世界中に広がり、大恐慌に発展しました。失業率は25%にものぼり、何千万人もの人々が社会のネットワークから振り落とされました。生きるすべを失った人々が街にあふれ、社会は不穏な空気に包まれました。この状況は第二次大戦が始まるまで、10年間も続きました。ナチスやヒトラーはこのような状況下で登場してきました。解体した資本主義・市場経済システムから振るい落とされた人々を、どうにかして社会という外殻に繋ぎ止めようとする必死のあがきが全体主義だったのです。

 

もちろん全体主義の残忍さや、自由を束縛する暴力は許すことはできません。だからといって「ヒトラー」一人にレッテルを貼ってすべておしまいというのは、あまりに短絡的過ぎます。特に今次の大戦は、一部の戦争指導者に率いられたものであり、国民はむしろ被害者であるとする発想です。死者や敗者にすべての責任をなすりつける魔女狩りのような態度が、現在の「歴史認識」の世界的な潮流になっています。しかし思考停止したようなこの態度が、とうてい歴史を直視しているとは思えません。ドラッカーは「経済人の終わり」の中で次のように述べています。

 

しかし、大衆が乗り気でなく、抵抗しているにもかかわらず、政府が反ユダヤ主義を強化し、カトリック攻撃を加速化するなどということはありえない。大衆の意思に反して何かをするという全体主義政権はありえない。何ものにも束縛されない絶対的存在である「総統」でさえ、民主主義国の政府よりも、大衆の鼻息をうかがっている。  P.213

 

船が難破して暗い海に放り出された人びとは、われ先にと漂流物にすがりつくことでしょう。あるいは泳いでいる人間にさえしがみつくかも知れません。市場経済というネットワークに組み込まれた人びとは、社会の中でしか生きる術を知りません。彼は社会を信じていたからこそ、一日中単純労働に耐えることができたのです。その社会が崩壊したとなれば、何を信用していいのかわからなくなります。五体満足の壮年が3年も4年も失業していたら、責めなくてもいい自分を責めるようになるかも知れません。戦前の社会を覆っていたのは、人々のやり場のない暗黒の「絶望」です。不条理に社会との絆を断ち切られた群衆が、われ先にと全体主義の魔術にしがみついていったのです。

 

金融危機や大恐慌などと呼ばれる現象は、この「お金」のシステムが故障したり、修復不能に陥ったりした状況のことを指しています。金融危機は10年ごとに襲ってくると言われています。リーマン・ショックにITバブル、アジア通貨危機に日本の土地バブル、ブラック・マンデーにブラック・サーズデイと金融危機の歴史は数百年前まで遡ることができます。資本主義の歴史は金融危機の歴史でもあります。最近その修復法は進歩してきたと言われていますが、システムそのものの故障は少しも減っていません。このように見てくると、故障の原因は、このシステムそのものに内在する問題だと考えられます。

 

私は40年以上経理の仕事をして、メシの種にしてきました。若い頃は経理がイヤでたまりませんでした。それが一生の仕事になろうとは、本当に皮肉なものです。昔の経理課はシーンと静まり返った室内に、パチパチというソロバンの音だけが響いていました。私はソロバンが苦手だったので、いつも数字が合わなくて悩まされていました。経理の言語は数字です。数字が合わないことには、帳簿を締めることも、決算をすることもできません。恐らく経理の仕事の60%70%ぐらいは、数字合わせに費やされていました。なんというムダな時間でしょう。私は漠然と、経済活動という最も人間臭い行為を、どうして数字という最も融通の利かない言語で表現しなければならないのか、と思っていました。

 

アダム・スミスは「経済人」という概念を作り上げて、経済学を科学にしました。「経済人」とは、功利性のみによって行動する仮想上の人間です。彼は一番儲かる方法をすべて知っている万能人間という想定です。これによって人間の経済活動は数字に置き換えることが可能になりました。天文学や物理学のように、数字を分析することにより、経済の「法則」を導き出すことができるようになりました。経済学では人間は玉突きの玉のように、一度コツンとたたけば、あとは計算どおりに決まったルートを動くと考えられました。

 

もちろんこの考えが誤りであることは、経済学者以外なら誰でも分かっています。なぜこのような単純なミスを犯したのかというと、経済活動の言語に「お金」という数字を使っているためです。経済活動に使う「数字」とは、ただ単に品物の値段を「人間」が市場で、感覚的に数字に「置き換えた」だけです。物理学や天文学のように、物質を厳密に「測定」した数値ではありません。しかし、いったん数値化されると、外形上は、品物の値段も物理学の測定値も区別はつきません。その結果、両者はまったく同じ数字として扱われるようになるのです。

 

数字はすべて「数学」のルールに従って動いています。例え出生の経緯があやしく、人間が恣意的に数値化したものだとしても、いったん数字に置き換えたからには、以後は数学の厳密なルールを適用しなければなりません。数字はたったの10個の文字で出来上がっています。「多いか、少ないか」以外には何の意味もありません。水や空気のように透明で普遍的な言語です。この意味のない言語を読んで、どうにかして意味を知ろうとすると、論理的な分析しか方法はありません。その結果、本来合理的ではない人間の活動を、いったん「経済人」という合理だけで動く人間とみなす必要が出てきます。つまり本末が転倒してしまったのです。ウソをついた少年が、現実をウソに合わせようと四苦八苦しているようなものです。

 

物事を抽象化すると必ずこのような問題が発生します。人びとは、具体的な物事を抽象的なものに「置き換えた」後で、置き換えたことを忘れてしまいます。そして抽象化した「記号」だけが一人歩きを始めます。インド人は数学が得意な民族です。昔から何でも抽象化しなければ気が済まない性癖があるそうです。例えば、仏教には孔雀明王というのがいます。単なる鳥の孔雀が、明王という高い位の仏になって祀られています。彼らが考え出した理屈は以下のとおりです。孔雀はコブラのような毒蛇を平気で食べる。孔雀は解毒作用を持っている。これを抽象化すると、孔雀は悪を消す力を持っている。人間の煩悩を食らって、仏道に成就せしめる功徳がある仏である、という具合になります。

 

孔雀が仏教の仏さまになっても、さしたる支障はないかも知れません。ところが市場経済システムの言語が不適切なものだったとしたら、その副作用もまた計り知れないものがあります。大恐慌を巻き起こし、大戦争の引き金になるかも知れません。もともと人間と数字はまったく異質なものです。似たところは皆無だと言っていいぐらい両者は異なっています。数字は鉄道のレールのように、切れ目なく繋がった「論理の連鎖」で出来上がっています。人間のように、時間や空間を飛び越えて、精神世界をジャンプするような発想が出来ません。どんなに遠回りになっても、数字は一本の線をたどらなければ目的地に到着することができません。

 

東南アジアを旅行したことがある人は、土産物を売っている小さな露店をひやかしたことがあるかも知れません。お店のおばちゃんがハッタリで値段をふっかけてきます。買い手も分かっているので、値切り返します。やりとりを何回か繰り返して、感覚的にこれ位ならいいという所で取引は成立します。いいかげんのように見えますが、株式市場でも為替市場でも原理は同じです。市場価格は人間の感性で決まります。欲望や衝動、恐怖やパニックで、価格は大きく変動します。ところが「お金」のシステムは切れ目のない論理の連鎖で繋がった一本の線です。突然ジャンプしたり、大きく滑落したりすると、電話線が切れたように機能しなくなります。ビジネスの言語である数字が意味を失い、経済は麻痺し、最悪の場合は社会そのものが崩壊します。

 

このように考えてくると、近代の社会システムはその前提条件そのものに問題があるようです。数字を物質世界に適用することで、我々は大きな成果を上げてきました。数学の進歩に歩調を合わせ、物理学や科学技術の発展は現代の豊かな文明社会を築き上げました。しかしそれを精神世界にも適用することは誤りです。人間という精神世界を持った生き物は、数字の単純さには耐えられないのです。資本主義は経済的には大きな成功を収めました。しかし「お金」で組み立てられたデジタルな社会は、コミュニティーとしての社会にはなりえません。均質で透明な数字の世界は、人間の感性とはあまりにかけ離れたものだからです。

 

現代人は哲学には無関心です。経済活動を数字に置き換えることの可否といった本質的な問題については、ほとんど反省しません。そしていったん数値化されると、経済活動は数学の問題に置き換えられてしまいます。お金に高等数学を適用して金融工学などというものまで出現しました。東南アジアの露店のおばちゃんと高等数学が何の関係もないのは、ちょっと常識を働かせれば誰でも分かることです。人類は物事を抽象化することにより、多くの便益を受けてきました。しかし抽象化したという事実を忘れてしまうと、本物と影とを混同してしまいます。カゲを動かせば本物も動くと勘違いしてしまいます。そしてそれが不可能だと分かった時、社会はパニックに陥るのです。

 

私は経理マンとして数字に焦点を当てて現代社会の問題点を考察してみました。しかしドラッカーは、同じことを「言葉」に焦点を当てて考察しています。数字と同じく、言葉が原因で社会が崩壊することがあるのです。「経済人の終わり」の中で、ドラッカーは興味深い記述をしています。少し長くなりますが以下に引用してみます。

 

もし今日の時代を、歴史的な俯瞰において、すなわち歴史の継続性の視点からみるならば、新しい秩序が必ずや出現するであろうことは自信をもっていえる。西洋において歴史の断絶があったのは、今が初めてではない。すでに社会の秩序は、13世紀と16世紀の二度、崩壊している。しかも、そのいずれの時代においても、歴史の継続や新しい秩序の出現は誰の目にも見えていなかった。いずれの場合も、秩序の崩壊は今日と同じように人間観の崩壊に起因していた。13世紀には「宗教人」なる概念の崩壊があり、16世紀には「知性人」なる概念の崩壊があった。それらの概念は、まさにそれが社会の中心に位置づけていた領域において、自由と平等を実現できなかったとき、崩壊した。今日と同じように、それらの人間観を基盤とする社会が同時に崩壊した。しかもそれは、それぞれの社会が完成の域に達したかに思われたときだった。すなわち、中世初期の神聖ローマ帝国であり、清教徒の聖職者社会だった。断絶の時代には、他にも似たことが起こっている。マルクス社会主義と今日の「経済人」の社会との関係は、カルヴァン主義と「知性人」の社会との関係に似ている。いずれも自らの教義を決定版と称した。いずれも、自由と平等は現実の自由を放棄するときにのみ可能だとした。マルクス主義が説く階級対立の歴史的帰結は、カルヴァン主義の予定説と軌を一にする。いずれも、来るべき社会における自由の実現のために、今日の現実の自由を否定した。そしていずれも、自由のない社会しか実現できないことが明らかになったとき、その信条が崩壊した。 P.232

 

旧い秩序が崩壊し、新しい秩序が出現するまでの転換期の時代は、まさに今日のように混沌、恐慌、迫害、全体主義の時代とならざるをえない。あの頃も、終末が到来し、新しい展開はありえないと考えられた。しかし突然、いずこからともなく、新しい秩序が現れ、悪夢は、あたかも元々存在していなかったかのように消えた。ダンテは、ギベリン派が支持する皇帝の死とともに、生きる甲斐のあるものすべてが消えたと考えた。ところが、わずか一世紀後には、彼の蒔いた種がルネッサンスとして花開いた。30年戦争のさ中、魔女狩りと異端尋問の恐怖の渦中にあって、ケプラーが死んだとき、社会には絶望しかなかった。しかし当時すでに、デカルトやイギリスの政治哲学者が、新しい「経済人」の社会と新しい秩序の基礎を築いていた。「経済人」の社会が崩壊したあとに現れる新しい社会もまた、自由と平等を実現しようとすることになる。その未来の秩序において、人間の本性のいかなる領域が社会の中心に位置づけられることになるかはわからない。しかし、それは経済の領域ではない。ところがこのことは、その新しい秩序が経済的な平等を実現できるということを意味する。ヨーロッパの秩序が、キリスト教を基盤とするがゆえに自由と平等を追及せざるをえないとすれば、新しい秩序は、当然のこととして、それが社会の中心に位置づける領域において自由と平等を追及する。そのとき、その領域における自由と平等は、その場で実現されるのではなく、たんに追及されるにすぎない。その実現は、次の新しい領域が社会の中心に位置づけられたとき、はじめて可能となる。このようにして、宗教が社会の基盤でなくなったとき、初めて宗教上の自由と平等が実現された。経済が社会的な認知と満足の基盤となったとき、初めて民主的な自由と平等が可能となった。同じように、経済的な平等は、それが社会にとって最も重要なことではなくなり、新しい領域における自由と平等が新しい秩序のもたらす約束となったとき、初めて可能となる。P.233

 

「宗教人」を目指した社会が崩壊したら、次に「知性人」の社会を目指す。これも駄目だとわかると、人々を「経済人」の社会に駆り立てる。マルクス主義の失敗で「経済人」の社会が崩壊すると、また何かを目指さなければならない。しかも旧い秩序が崩壊し、新しい秩序が出現するまでの転換期の時代には、混沌、恐慌、迫害、全体主義の時代とならざるをえないと言う。とすると現在の世界も過渡期の混乱の時代に相当するのだろうか。やれやれ、人間という動物は、いやヨーロッパ人というキリスト教徒は、つくづく因果なものだと思う。どうしてこんな風に次から次へと自由とか平等とかを目指さなければならないのだろうか。まるで強迫観念に取りつかれた亡者みたいに。人間はもっと「おおらか」な気持ちになれないものだろうか。

 

そもそも「宗教人」も「知性人」も「経済人」も人間が考え出した虚構です。近代社会は虚構で作り上げられた壮大なゲームの世界です。このゲームのネットワークは今や地球上を覆い尽くしています。何億・何十億という人々がこのゲームに参加することにより日々の生活の糧を得ています。目に見えないので全容をつかみにくいですが、この市場経済のネットワークはおそらく万里の長城やピラミッドの何万倍・何十万倍という規模に膨れ上がっています。これは人類が構築した最大の建造物と言うことができます。

 

この市場経済システムは最初に西ヨーロッパに出現し、試行錯誤を経て徐々に今の形になってきました。このネットワークを作り上げるのに人類は数百年の歳月を要しています。ピラミッドを積み上げるように、人間を組み立てるのは容易な作業ではありません。先祖伝来の土地にしがみつく農民を、土地から引きはがし、市場経済システムに組み込まなくてはなりません。力ずくによる強制も必要だったでしょう。時には血を流す暴力も振るわれたかも知れません。近代化の歴史は戦争の歴史でもありました。しかし力による強制だけでは、精密機械のようにオートマチックに動く経済社会を構築することは不可能です。

 

人間は動物であると同時に、精神世界の住人でもあります。「その気」にさえなれば、放っておいても人は勝手に動きます。だから人間を動かすためには、「その気」にさせるのが一番です。「自由で平等」な社会のためだとか、「階級のない」社会を実現するためだとか、「言葉」による標語で人は社会に引き付けられるものです。ところが「自由」も「平等」も言葉による抽象的な概念です。実際の世界にはそんなものは存在しません。ここにも抽象化に伴う落とし穴が潜んでいます。人間は現実の世界を言葉という抽象的な記号に置き換えます。そして置き換えた後で、置き換えたことを忘れてしまいます。そして言葉という記号が、あたかも実体があるもののように一人歩きを始めるのです。

 

人間にとって、精神世界とは言葉の世界です。人は言葉で物を考えます。言葉によって喜び、言葉によって怒り、言葉によって失望します。つまり人は現実の世界とはかかわりなく、抽象的に物を考え、抽象的に笑い、抽象的に悲しむことができます。さんさんと降り注ぐ太陽のもとでも、人は抽象的な世界で絶望することがあるのです。これはアダムとイヴが知恵のリンゴの実を食べたときからの、人類の宿命ともいえます。人は神が支配する本能の世界と決別し、言葉による独自のデータベースを構築しました。人間の幸不幸はすべてここからスタートしているのです。

 

われわれは今さら言葉をなくすことはできません。高度な数学や科学技術を放棄することもできません。電気やガスや、自動車やパソコンや、テレビやウォシュレットの、便利で快適な生活を手放すことは不可能です。しかし心の片隅に、これらの物すべては「虚構」の上に成り立っているのだということを覚えておいて欲しいと思います。本物の世界はどこかに厳然として存在しており、人間を含むすべての宇宙を支配しているのだということを。

 

言葉や文字や数字は、人間が混沌とした宇宙を理解するための道具です。変化してやまない自然を文字や数字に「置き換える」と、自然は紙の上で静止します。時間が止まった自然は、じっくりと観察することが可能になります。やがて科学者は自然を支配する「法則」を発見しました。法則を使えば、自然をコントロールすることもできます。人間は狂喜し、自分は神と肩を並べたとさえ己惚れるようになったのです。

 

人は自分の最も得意な分野で失敗するものです。人類は「抽象化」で大成功を収めました。言葉や文字や数字という道具を駆使し、高度な文明社会を築き上げてきました。しかし道具は使いこなすものであり、道具に使われてはならないのです。ところが今や道具がのさばり、主人のような顔をしています。人びとは言葉の顔色をうかがい、重箱の隅を突っつくように言葉の切れ端に目くじらを立てるようになりました。「侵略」だとか「進出」だとか、「わが軍」という言い方は「平和憲法」に反するとか、実体のない議論に時間を空費して、恬として恥じないのです。これは「抽象化」や「置き換え」の文化の副作用であり、社会の末期症状とも言えます。

 

「経済人」の社会が破綻して久しい。人間を論理の連鎖でつなぐことには限界が見えてきました。ドラッカーに言わせれば、次に人間のどの領域を社会の中心に据えるかはまだ分からないと言います。それまでは混沌とした不安定な時代が続くのです。やれやれ、我々は言葉が多すぎるのではなかろうか。「宗教人」も「知性人」も「経済人」も、紙の上に描いた餅です。それは時間が静止した、「死んだ」世界です。ところが実際の人間は生きており、生命は生々流転して止まない。動的な実際の世界と、静的な社会の信条との間に乖離が生ずるのは当然です。私はそろそろ人類は、抽象化の虚構の世界から抜け出すべきときが来ているのではないかと思います。

 

私はこの言葉の氾濫した混沌の時代から抜け出すために、日本の果たす役割が大きくなる時代が必ず来ると思います。西欧諸国はこの文明の元凶であり、ここから抜け出す発想は持ち合わせていません。BRICsと呼ばれる新興国は、今まさに経済成長に乗り出した段階です。市場経済システムを構築している不安定な状況で、他のことを考える余裕などありません。資本主義以前の段階にある他の国々は論外です。こう考えてくると、日本はユニークな立場にいます。明治維新以来150年で急速に近代化を成し遂げた唯一の非西欧の国です。成熟し安定した近代社会であると同時に、原始の記憶を多分に残している世界の「変わり者」です。

 

日本はユーラシア大陸の東の端に、「吹き溜まり」のように位置する島国です。大陸の戦乱や、飢饉や、気候変動から逃れてきた人々は、この吹き溜まりで行き止まり、そこに留まりました。太平洋の南からはポリネシア系の人々やマレー系の人々や古代インド系の人々がやって来ました。大陸の沿岸や朝鮮半島を伝わって、南中国系やモンゴル系やツングース系の人々がこの列島に移り住んできました。アメリカ合衆国ができるはるか以前に、日本はすでに「人種のるつぼ」と化していたのです。

 

「吹き溜まり」の底には古い落ち葉もそのまま残っています。日本列島には何千年・何万年前の記憶が、古い落ち葉のように残っています。日本人はエスキモーのように、魚を生のままで食べます。火で料理することを覚えるはるか以前の原始人の記憶を、21世紀の現在も大切に守っています。八百万の神々は、ニューギニアの高地人やアフリカの土人と同じく、いまだに日本人の心を捉えています。大陸では戦乱でとっくに焼失した高度な仏教美術が、奈良や京都の古都の寺院に鮮やかに残されています。何百年前に建てられた寺院は今でも「現役」で機能しています。日本人は新しい文化を取り入れながら、古い記憶を残す名人なのです。

 

戦後70年の節目の年に安倍総理がどのような談話を出すのでしょうか。日本人は戦争の責任を一部の指導者のせいにはしません。もし責任があるとすれば、自分たち国民全員になんらかの責任があると考える稀有な民族です。言葉や論理に囚われないで、物事の本質を見抜く感性がこの民族にはまだ残されています。新しい社会の秩序は、口角泡を飛ばす議論の中からは生まれてこないと思います。人びとは禅僧のように言葉を慎み、はるか昔に決別した無意識の世界の記憶をもう一度呼び起こす必要があると思います。来るべき社会がどのようなものになるのか不明ですが、人間に優しい、自然との調和を目指す社会であって欲しいと思います。ドラッカーは18世紀に「経済人」という新しい秩序が誕生する際のいきさつについて以下のように述べています。

 

全体主義の脅威に対抗するための唯一の方策は、われわれ自身の社会に新しい基本的な力を呼び起こすことである。もちろん、そのような力は簡単に呼び起こせるものではない。新しい秩序を簡単に生み出すことのできる方法はない。そのような力が社会に潜んでいることさえいかに知りえないかは、フランス革命時のイギリスをみれば明らかである。フランス革命の直前の時代、イギリスはすでに崩壊同然だった。アメリカという最大の植民地を失ったところだった。社会そのものが、議会や政府と同じように腐敗しきっていた。あらゆる階級が王室を嫌っていた。下層階級は、当時始まったばかりの産業革命に抵抗していた。工業も商業も破産同然だった。これらの腐敗の底にイギリスの力が健全であることを確信していたエドマンド・バーク唯一人を例外として、あらゆる者が革命を望んでいた。これに対して、戦いに勝ちつづけ、フリードリッヒ大王による強力な産業政策をもつプロシアが、最強の国内基盤を誇っていた。ところが、ヨーロッパでは、イギリスだけがもちこたえ、プロシアは紙の家のように崩れた。二十年にわたるナポレオンとの苦しい戦争を戦いつつ、十八世紀を引き継ぐものとしての新しい十九世紀社会を発展させたのはイギリスだった。その結果イギリスは、その後100年にわたって、世界一の大国の座を占め、全世界の範となり、思いもかけぬ経済発展と領土拡大を手にした。たしかに、イギリスが対抗しえず、社会的、精神的に崩壊していたとしても、やがてはナポレオンの帝国は分裂していたであろう。しかし、もしイギリスに民主主義という新しい力の伸長がなかったならば、ナポレオンの失墜やその死後においてさえ、ヨーロッパは彼の麾下の将軍たちの恰好の蹴鞠とされ、二十年あるいは三十年は、戦闘、貧困、窮乏、迫害の舞台とされていたに違いない。  P.258

 

2015/05/05

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高齢化社会と認知症

ピーター・ドラッカーの欠点は難しいことを易しく書きすぎることだと言われている。彼は既に変化が現実に起こっていて、誰でも日常目にしているにもかかわらず、その意味や重要性に気づかずに見過ごされているような事象を、時間的・空間的に俯瞰して平易に説明してみせる。それはあたかも蟻のように忙しく地上を動き回っている人間が、スカイツリーの上から豆粒のように小さな自分の生活空間を確認したときの驚きのようなものである。だからドラッカーに言われてみれば、誰でも「なるほど!」と納得することになるのである。

 

例えば現在われわれが直面している高齢化社会がその一つの例である。高齢化社会の到来そのものは誰でも予測できた。なぜなら老人は生まれたときから老人だったわけではなく、誰でも最初は赤ん坊からスタートするからである。第二次大戦が終わって世界中にベビーブームの波が押し寄せたとき、60年後70年後に大量の老人が発生するだろうということは誰でも予測できた。しかもその後の経済成長と歩調を合わせるかのように、今度は逆に先進諸国の出生率の低下が始まった。大量の老人と若年層の減少という、かつて人類が経験したことのない未曾有の人口構造の変化が起こった。しかしその変化が社会に与える影響について本気で考える人間は誰もいなかったのである(ドラッカーを除いては)。

 

ドラッカーただ一人だけはこの人口構造の変化を見過ごさなかった。彼はこの変化を深刻に受け止めていた。既に40年も50年も前に、彼は「既に起こった未来」としての高齢化社会の問題点について深く洞察していた。高齢化社会が政治に与える影響、経済構造の変化、移民や雇用の問題、社会保障制度、特に年金制度改革等々について彼はその著作の中で具体的に言及している。そしてそれらの指摘がいまや現実のものとなって、徐々に我々の眼前にその姿を現しつつある。

 

例えば現在の年金制度は130年前ドイツのビスマルクが共産主義に対抗して創設したものである。それは現在働いている現役世代の拠出で老人を支えるという考え方が基本になっている。ビスマルクの時代の平均寿命は50歳にも満たなかったであろう。働く者のほとんどが肉体労働者であり、知識労働者などという言葉はまだ存在していなかった。毎日の激しい労働で、人びとは40歳になればもう体がガタガタになって引退した。年金をもらえるまで生き延びる老人は希だったのである。

 

現在の我が国の平均寿命は男女共80歳を超えている。65歳で年金をもらう老人はもはや当たり前の世の中である。ところがその老人を支える若者の数は減少している。団塊の世代が75歳以上になる2025年には65歳以上の高齢者は3700万人に達し、これは国民の3.3人に1人に相当する。75歳以上の老人は2200万人で5.6人に1人が後期高齢者となる。ビスマルクの時代に何百人という現役世代が一人の老人を支えた年金制度は、数名の現役世代で一人の老人を支えなければならない時代となる。この制度が破綻していることは小学生の算数でも分かる理屈である。

 

人口予測の試みは権威ある研究機関において過去幾度となく行われてきた。しかしそれらの予測のほとんどが的外れだったことが明らかになっている。つまりある社会的状況下で人口が急激に増加したり、逆に減少したりする原因は明らかではないのである。人間の集団としての社会の現象は、数学の問題を解くように明晰に割り切れるものではなく、何かしら人知を超えた力によってコントロールされていると考えるのが穏当なのかも知れない。

 

考えてみればこれはごく当たり前の考え方である。太古の昔からわれわれの先人達はみなそのようにして自分の住むこの世界を理解してきた。人間は自分の分際をよくわきまえていたのである。この地球上で人間がいちばん偉いなどと考える者はいなかった。ただここ数百年来の急激な経済成長と、それに伴う社会の変化が、人びとのものの考え方を変えてしまった。科学万能の時代が到来したのである。「科学的」ということと「正しい」ということが同じ意味になった。この世の中のことは何でも科学的に説明できるし、そうしなければ誰も納得しないと自惚れるようになった。

 

自然現象と同じく、人間やその社会の変化は事前になんの説明もなく、理不尽で唐突に現れる。社会の中に生息する人間は、最初はその変化に気づかないか、気がついてもそれが何を意味するのか理解できない。通常40年か50年後になって、この変化を体系的に説明する人間が現れる。そしてこの変化に対して産業革命とか資本主義とか、民主主義とか市場経済とか、社会主義とかマルクス主義とか名前をつける。名前をつけた後で、名前をつけたことを忘れてしまう。そして名前というレッテルが一人歩きを始めるのである。人びとは紙の上に書かれた世界が本当の世界だと錯覚するようになる。特にインテリとかリベラルとか呼ばれる読書人たちは、現実の世界は紙の上に書かれたストーリーのように動かなくてはならないと思い込むようになる。そして現実の世界の出来事に対して「それは民主的ではない」とか「それは差別的だ」とか「それは国民の権利だ」などと抽象的な発言をするようになる。

 

先ず理不尽で不可解な現実が先にあり、人間はそれを説明するために言葉や文字を使うのである。言葉や文字が先にあって現実がそれに随伴して動いている訳ではない。実在するのは現実の世界だけであり、紙の上の文字はその影のような架空の世界である。人間が歩けば影も付き従って動く。しかし影を操作して生身の人間を動かすことはできないのである。

 

例えば「民主主義」というレッテルほどよく普及しているものはない。「民主的」ということは無条件に「正しい」ことだとされている。逆に民主的でないというレッテルを貼られると問答無用で攻撃の的となる。本当だろうか。そもそも民主主義という言葉自体が、近代化した西ヨーロッパ社会の流動的で複雑で混沌とした状況を説明するために貼り付けた一つの抽象的な概念である。ところがいったん名前が付けられると、もう名前が一人歩きを始める。民主化すれば近代化する、民主化こそ国が発展するカギだと思い込む。これは本末転倒である。西欧諸国は産業の近代化を推し進め、効率を追求した結果、民主的な制度が出来上がったのである。近代化が先で、民主化はその結果である。民主化すれば自動的に近代化するわけではない。自給自足の農民が大半を占める発展途上国をムリヤリ民主化すれば、その末路は悲惨なものとなる。後に残されたものは、混乱と破壊と貧困でしかない。

 

このことは逆に言えば、人間の思想や行動がいかに言葉に依存しているかということをよく物語っている。言葉こそは人間そのものである。人間は生々流転して止まない宇宙を一たん言葉に置き換えることにより、事物を抽象的に捕らえる方法を学んだ。混沌とした世界は言葉に置き換えることにより細分化され、一つの断片に切り取ることができる。咀嚼し、理解し、飲み込み易くなる。そして何よりも、それは記号化され客観化されて、交換が可能になったのである。人々は言葉を交わすことにより、情報を共有化することができるようになった。現代の文明社会は、抽象的な文字情報によって出来上がっている。(認知症や何かの原因で)言葉を破壊された人間は、社会との絆を断ち切られる。人間は社会の中でしか生きられない動物である。社会から切り離された人間は、もはや自力で生きていくことさえ困難となる。

 

先日NHKのテレビで認知症の番組をやっていた。団塊の世代が後期高齢者になる2025年には、認知症の患者数は1300万人に達するとのことである。これは国民全体の10人に1人に相当し、65歳以上に限れば3人に1人が認知症という勘定になるそうだ。にわかには信じ難い数字である。2025年といえばそんなに遠い将来のことではない。自分の家族や隣近所に1人や2人の認知症患者がいてもおかしくはない時代が目と鼻の先に来ているのである。認知症はもはや他人事ではなく、郵便ポストやコンビニのように身近な存在となる。そして認知症には介護という未知な仕事がついて回ってくる。誰かが(多分家族が)、この困難な仕事を担わなければならなくなるだろう。1300万人の認知症患者の陰には、ほぼそれと同数の人間が介護に動員されることになる。その結果就労人口はますます減少してくる。こんな未曾有の人口構造の変化に、核家族化した現代の社会は持ちこたえることが出来るのだろうか。さすがにドラッカーも、膨大な数の認知症患者を抱えた高齢化社会の問題点については何も教えてくれなかった。

 

インターネットで認知症のことを調べるとセルフチェックリストという表が出てきて、いくつかの典型的な症状が列記されている。その中で目を引いたものの一つは、「自分の年齢が分からない」という項目である。自分の生年月日は覚えている、しかし年齢は分からない。なんだか奇妙に感じるかもしれないが、その理屈はこうである。生年月日は固定したものであり、いつまで経っても変わらない。ところが年齢は毎年更新して計算し直さなければならない。認知症患者はこの最新の情報にアップデートする能力が弱いのである。だから毎日変わること、例えば今日の日付とか曜日とか、いま自分はどこにいるのかという質問にはスムーズに答えられない人が多いのだという。

 

もう一つは「同じことを何回も言う」という項目があった。いくつかのパターンの話を一日に何十回も何百回も繰り返すのである。一見すると別に聞き逃しておけばなんの害もなさそうに見える。しかし問題なのは同じ話と言っても、その多くが「疑問型」で発せられることである。「今日は何日?」とか「あなたの体重は何キロ?」とかいう同じ質問を一日に何十回も何百回も、執拗に繰り返すのである。この質問にいちいち答えていると、健常な人間も認知症の患者と同じように、一日に何十回も何百回も同じこと言わされる羽目に陥ることになる。ここが「言葉の病」としての認知症のユニークな点である。言葉を介して、患者から周囲の人間に、苦痛やストレスが伝播するメカニズムが出来上がっているのである。

 

実は一つ目の「最新の情報を更新できない」ということと、二つ目の「同じことを何回も言う」ということとは、根っこが繋がった一つの症状である。例えば「あなたの体重は何キロ?」と聞かれて「64キロだよ」と答えても、認知症患者はその情報を更新できない。だからまた「あなたの体重は何キロ?」と繰り返して聞くのである。つまり情報がインプットされても、それが脳に記録されることはない。ところが不思議なことに認知症患者は、言葉によるアウトプットは立派に出来るのである。「あなたの体重は何キロ?」という患者の言葉自体は、発音の上でも文法の上でも、健常者とまったく変わらない。認知症患者の言葉の特徴は、言葉としての外殻はまったく健常者と変わらないが、その中味が支離滅裂になるという点である。なぜならインプットができずアウトプットだけの機能とは、あたかも耳が聞こえない人間と対話するようなものだからである。何を尋ねても何を説明しても、壁に向かって話すようには跳ね返される。その結果認知症患者は一方的に自分の関心事だけを、独り言や寝言を話すように延々と話し続けることになる。

 

認知症の特徴の一つは、患者自身よりも介護する家族の方がより強く苦痛を感じるという点である。これが肉体の病と精神の病の顕著な違いである。がん患者やリューマチの患者は、痛みを感じるのは患者自身であり家族ではない。もちろん激痛に苦しむ患者を見て、家族の心は痛む。しかしそれはあくまでも間接的なものであり、家族自身が直接的に体に痛みを感じる訳ではない。ところが認知症の場合には、直接的な痛みを感じるのは本人ではなく、患者と接する家族など介護する側の人間である。もちろん患者自身もうすうす何かを察して心を痛めているかも知れない。しかしそれはあくまで周囲の反応を通しての間接的なものである。

 

刑務所の中で囚人に、部屋の隅からバケツに水を汲ませてそれを一方の隅に行って空けさせる。来る日も来る日も、この意味の無い動作を一日中繰り返させると、やがて囚人は発狂するそうである。意味の無いことを延々と繰り返すことに人間は(特に現代人は)耐えることができない。正気の人間に狂気の人間の動作を真似させると、本当の狂人になるのである。人間の心の中はなんと繊細で微妙に出来上がっているのであろうか。認知症の患者から、来る日も来る日も、一方的な妄想を繰り返し聞かされる介護者が発狂するかどうかはわからない。しかし特別な訓練を受けた医療関係者を別にして、普通の知識しか持たない人びとにとっては、それが頭の中を引っかき回されるような耐えがたい苦痛であろうことは想像できる。

 

目にはまぶたがあり、見たくないものを遮断することができる。口を閉じれば災いを避けることもできる。しかし耳の穴は四六時中開きっぱなしである。開けっぱなしの穴から、聞きたくもない言葉が一日中侵入してくる。実はこれこそが言葉と聴覚の基本的な成り立ちなのである。言葉を受け取る聴覚は、無防備にも、常に周囲にオープンに晒されていなければならない。誰かに突然「おはようございます」と声をかけられたら、即座に「いいお天気ですね」と返さなければならない。一日ゆっくり考えて後で返事をするという訳にはいかない。間髪を入れずに言葉を交換しなければ、対話は成立しない。だから我々の聴覚は、嬉しい言葉にも、形式的な言葉にも、邪悪な言葉にも、いつでも無防備に開かれっぱなしなのである。われわれが認知症患者の介護を通して、言葉の毒気に当てられ煩悶する原因はここにある。振り払っても、振り払ってもたかってくるハエのように、妄言や嘘言や暴言が、執拗にまとわりついてくる。ところがわれわれは今のところ、介護をする人間の精神衛生についての有効な対策をほとんど何も持っていない。

 

以上のことを簡単に整理してみよう。認知症患者はインプット機能(情報更新機能)が破壊されているが、アウトプット機能(言葉)は依然として健在である。これは言葉の公共性という観点からは、はなはだ厄介な問題を引き起こすことになる。なぜなら言葉というものはコミュニケーションの道具として、必然的にその音声の外形が一定の条件さえ満たしていれば、誰にでもオープンに開かれているからである。そのような自由な空間に、あたかも全体主義国家のように、その外殻だけは維持し中味は狂気を含んだウィルスが紛れ込んだら、社会のソフトウェアは大混乱に陥ることになる。言葉を破壊された認知症患者は、今度はその破壊された言葉を介して、(意図せず)健常者の精神世界を破壊することになる。人間にとって便利な道具であるはずの言葉が、副作用のように人びとを苦しめる。高齢化社会は、政治や財政の面からだけでなく、言葉という社会の内部からも崩壊の危機に立たされることになるのである。

 

物理学はロケットで人間を月に運ぶほどに進歩した。しかし科学は人間の心の問題にはきわめて冷淡である。高度な医療機器が難しい病気の診断を容易にし、今まで出来なかった病気の治療が可能になった。医療が進歩して長生きする人間が増えたこと自体は喜ばしいことである。しかし長生きすることが、必ずしも幸せに繋がっているとは限らない。認知症の本人にとっても、家族にとっても、長生きすることが地獄の苦しみであってはならない。我々は肉体だけでなく、精神的にもおだやかな老後を送りたいものである。科学的には「正しい」ことと「間違った」ことがハッキリと識別できる。同じように精神の世界にも「正しい」ことと「間違った」ことが必ず存在するはずである。そして人びとの心の中から、邪悪なものを排除する方策がきっと見いだせるはずである。物質世界の研究に日々投入される膨大な資源のほんの一部でも精神世界の探求に向けられ、心と言葉の神秘のヴェールが少しずつ剥がされていくことを切に望むものである。

(2017/08/15)

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トランプ氏と嘘

トランプ氏はアメリカン・ドリームが今でも健在であることを証明してみせた。一昨年の米大統領選挙に不思議な髪型をした一人の老人が立候補した時、それは単なる余興だと思われていた。まさか彼が本当に大統領になるとは誰も信じていなかった。大統領どころか共和党の代表になることさえ難しいと思われていた。なにしろ彼は政治経験が皆無だったのだから。それがあれよあれよと勝ち進み、今や正真正銘の米国第45代大統領となったのである。事実は小説より奇なりである。何がどうなっているのか、いまだによく理解できない人も多いのではなかろうか。民主主義の盲点だと言う人もいるし、時代が大きく変わる前兆だと指摘する識者もいる。なるほど、そういう見方もあるのかも知れない。ただハッキリと言えることは、一年前には「未来のことは誰にも分からなかった」という当たり前の事実である。

 

この一年あまりというもの、カラスが鳴かない日はあっても、マスコミにトランプ氏の姿を見かけない日はなかった。おかげで我々は、事の善し悪しは別として、ずいぶんとこの政治ショーを楽しませてもらった。彼の特徴はなんと言っても、その歯に衣着せぬ言動であろう。顔を真っ赤にして、口をとんがらせてまくしたてる七十歳の老人は、子供っぽい愛嬌さえ感じさせた。彼は言葉ひとつで大統領になったと言っても過言ではない。政治家にとって言葉は武器であり、選挙では時として過激な発言をする者も珍しくはない。しかし彼の言葉は従来の常識をはるかに超えた赤裸々なものだった。酔っ払いが仲間内で吐くような暴言を公然とまくしたてた。これに眉をひそめ嫌悪感を覚える人びとがいる一方で、密かに喝采を叫ぶ人びとも少なからずいたのである。

 

21世紀の西側の成熟した先進社会で、このような時代錯誤ともとれる演説が人びとの心を捉えたということは衝撃的である。トランプ氏の荒唐無稽な演説を聞いて、80年前のミュンヘンでチャップリン髭を生やした独裁者に喝采を送る群衆の姿と重ね合わせたのは私一人だけではないはずだ。時代は流れても、実は我々の社会の根底は案外と変わっていないのかも知れない。格差や貧困、失業や低賃金労働は古くて新しい問題である。社会から理不尽な仕打ちを受け絶望した人びとは、もはや事実には耳を傾けなくなる。社会の現実には希望が持てないからである。そして人びとは嘘にしがみつくようになる。荒唐無稽な話だと分かっているからこそ、かなわぬ奇跡を信ずるのである。絶望に打ちひしがれた人びとは、八方ふさがりの現実を打破してくれるのはもはや魔法使いしかいないことを知っている。

 

「トランプ氏は嘘つきだ!」とメディアは攻撃する。的外れな批判である。言葉は単なる道具である。道具に嘘も真実もない。存在するのは人間だけである。アマゾンの無人のジャングルで大木が倒れる。音は発生したか否か。答えは否である。それを耳で聞いて、頭で認識する人間がいて初めて音は存在する。無人のジャングルに音は存在しない。同じく、選挙において嘘か真実かを決めるのは有権者である。クリントン氏のように、自分にとっての真実を得々と並べても、落選すれば元も子もない。荒唐無稽な魔術を渇望して止まない、病んだ大衆が一方に存在する限り、トランプ氏は選挙戦術として、彼らにとっての真実を語ってみせたのだ。理不尽に社会との絆を断ち切られ、絶望のどん底にあえぐ失業者や低賃金労働者にとっては、「嘘だからこそ真実」ということがある。

 

2017/03/30

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Abstraction Trap

Numeric Society

When focused our mind on an old memory, we feel how fast time’s running. More than forty years ago, after graduated from university, without any deliberate thought, I happened to get a job at a major Japanese foods company. My first assignment was for an accounting department, where a dozen of people were packed in a small room. The air was filled with monotonous sounds of snapping abacus. Joined to the team as a freshman, I was soon bored to sitting still all day long without a word. Vacuum and inorganic time’s felt inhuman and intolerable for me. From that time on, the first priority of my life was running away from the “jail without a cage”.

 

But surprisingly enough, now I still make a living on an accounting job during those 40 years. I experienced a few different kind of “jail”, where I inevitably spent same monotonous days of calculation, calculation, and calculations. To cultivate deeply one’s specialty of accounting career sounds good. But it’s not my willing intentions, just as a result of my casual fate. After all, I cannot escape from homogeneous and abstract world of numbers. Now, approaching to the dusk of my life, I sometimes look back my past days. What on earth was there any meaning for my blue days of calculation all day long? Wandering about old memories makes me terribly uneasy. I desperately would like to find any meaning for my job, even though it was not exactly true or quibble one. Otherwise, a little bit exaggeratedly speaking, I cannot prepare for closing my life peacefully.

 

Accounting staffs exercise calculation by turning over the leaves of receipts or bills. If they could find a mistake, even one dollar or cents, they shout as if they’ve cut off enemy’s head in a battle-field. I didn’t like those atmosphere, and even though it’s for my daily earnings’ sake, still hated myself of working in those places. I wished if I could find any better job! Long afterwards from my younger days, I got to realize that every Japanese companies, banks or trading firms or manufacturers, have almost the same organizational climate. Maybe, all the companies in the world would be the same. Rather, companies called “first class” might have extremely severe tendency. Everybody working in the organization, by pretending to keep watching out one cent of correctness, believed to have done their jobs right.

 

In the world of accounting, even one dollar difference can be clearly recorded on a book, and the variances are required to be traced back thoroughly. Small variances, say only one dollar among millions, may sting their nerves like a thorn on a finger. People, who handle numbers, suddenly change their characters, and forget how to manage things with reasonable allowance. We never require barber shop, to have our beard shaven like women or children’s face. A little bit of rough shave to the touch would be forgiven. After all, tomorrow will have another beard. But barbers, who speak numeric languages, are under the obsession that they have to shave smooth enough like porcelain surface.

 

Accountant’s ultimate unforgiving obsession, never allow one cent of difference, comes from the original character of numbers. Therefore, as long as adopting numbers as a social language, people cannot escape from the calculation spell, like trapped insects in a hole of an ant-lion. 1+1=2 is an easy logic even an infant can understand. The answer should always be 2, whenever and wherever, even the president of government or chairman of FRB cannot make it 2.2 or 1.8. Uniqueness of numbers will be their having only one answer. That’s why we can “calculate”. Because if they are generous enough for having many answers, we cannot do calculation at all.

 

Money flow, like railway or telephone cable, is made up of continuous “chain of logics”. A slight crack makes trains be derailed and the telephone services will be suspended. Equally, tiny variances in cash flow make it impossible for accounting department to close their books or prepare financial reporting. Therefore, at least seemingly, cash flow needs to be represented as a complete line without a single cent of variance. Consequently, a large proportion of financial jobs will be consumed for checking logical consistency of this terribly stubborn numeric language.

 

After 40 years of accounting experience, I recently became aware of one thing. That is about the monetary “chain of logics”, for which we’ve spent so much energies to keep it’s consistency, were so easily neglected and cut off at a certain “place”. The place is nothing but a “market” itself. Off course, numbers are used in a market too. All the transactions were written by numbers as a “price”. But it’s just a camouflage, in which numbers are used as a mere symbol. Numbers in a market looks like numbers, but not numbers actually.

 

Market price, consisted of numbers, is not necessarily decided logically. As you can see at knock down banana sales, or open-air stall in South East Asia, it’s a world of exchanges of bluffs and pretensions. The master of a market is human beings. Market is controlled by human organs of five senses, such as desire and hope, intuition and presentiment, optimism and pessimism. Therefore, you cannot prove mathematically the daily fluctuations of stock price or foreign exchange rate. Economist explains skyrocketing gold and oil prices, as the result of “demand and supply” relations. But they cannot clarify the reasons mathematically with one cent’s correctness, like accountants are doing.

 

There is a method called cost accounting in corporate finance. This is how to calculate the cost of products or goods. All the expenses, such as raw materials and stuffs, electricity and rent, labor and depreciation, are added up to determine per unit cost of products. The methodology is built up with perfect “chain of logics”, which prohibits even a single cent of variances. But one day, if you sell a product in a market, suddenly cost turned into “sales”. There is no logical continuity between cost and sales. 100 dollar product suddenly becomes 150. How to handle this 50 dollar of difference for an accountant, who never forgive only one cent of variance? When you sell a product in a market, a chain of logics built-up with a single cent of joint, is suddenly cut off.

 

Accountants are open-mouthed with wonder. How to understand this symbol called “sales”, born in a market and smells extremely “human”. How to record on a book this “fake number”, looks quite the same but born different origin. Numbers handled by an accountant are the same language, used as an analytical tool in physics and astronomy. It’s calculable and universal, and a kind of tool to precisely forecast the things. On the other hand, numbers in a market have quite the same appearance, but not under control by mathematics. In which a chain of logics, peculiar to mathematics, were cut off completely. It’s not a consistent line like railroad, but moves intermittently like old movies, and can be fluttering in the air like a butterfly.

 

To give solutions to this difficult problem was the Double-Entry System. Rather, precisely speaking, not solved but just displayed problems as it is. Double-Entry System indicates two kinds of numbers separately, right and left side, so as not mix them up. A fake number, driven by human sensitivity in a market, should be collected to left side (debit), and true numbers controlled by mathematics gathered to the right side (credit). Naturally, fake and true (that is debit and credit) has a variance in total amount. By adding or subtracting to adjust variances, they equalized the balance of debit and credit. This is the statement called Balance Sheet, where the variance caused by larger debit side (human world) was called “profit”, and larger credit variance (numerical world) called “loss”.

 

Double-Entry System was said to be invented in 12th century Islamic world, and transferred to Western Europe by Venetian merchants. Anyway, it is astonishing fact that bookkeeping method, a kind of social system of almost a millennium ago, is still in use in 21st century society. There must be hidden human wisdoms beyond the ages. Rather, as long as numerical languages are adopted for human economic activities, in other words, as far as mutually contradictory two kind of numbers are co-existing in our present market society, the system of recording one transaction by double-entry will inevitably be continued surviving in the future. 

  

Now, we’ll hit upon one simple question. That is about the propriety of the money, which is consisted of two kind of heterogeneous numbers, whereas destined to control complicated modern economic activities. Two kinds of numbers, looks quite the same, but move differently. Does the contradiction make any inconvenience to our social system? The most unacceptable thing for “credit” side system, built up logically like mathematics, is unforeseen fluctuations peculiar to “debit” side of movements. If market prices of debit side extraordinarily expand, or reactionary make sharp shrinkage, might cause any confusion to the credit side of social system, which is tightly built up with severe logics. To tell the truth, this is a chronic disease peculiar to “numerical society”. For example, huge crack running through global market like Lehman panic will be transmitted to the credit side, and tear up financial system into pieces. Fallen into paralyzed symptoms, world economy is still not recovered from the damage.

 

Numbers are homogeneous concept like water or air. Cups of water poured into a bucket will be uniformly mingled and remained no shape of original cups. To see a bucket of water, there is no trace of 20 cups of water were poured into. If you ask a sales staff, “How much were the sales amount of this month?” He’ll answer easily, “One million dollars, sir”. Every day by 30 sales staffs, 100 kinds of goods of unit price ranging from tens of dollars to hundreds of dollars, that is, whole monthly sales activities could be expressed by a single word, “one million dollars”. Numbers can melt down all the concrete things into one bucket, and transformed into abstract concept of “volume”. Number is the language, which has no meaning except “larger or smaller”.

 

I’ve long been sitting down at an accounting chair, and doing uninteresting job like counting beans with a pincette. As one of the bean counters, I sometimes feel unreasonable impression to present social system. In certain room, people are shouting that one single bean was lost, but in another room, suddenly 50 pieces of beans are increased or decreased. Combined all the rooms into one house, we might be doing unreasonable thing. Moreover, we cannot distinguish two kinds of beans from their appearances; the one counted with a pincette and another fallen from the heaven.

 

Numbers are consisted of only ten characters. Therefore, as continuous digital copies would not down-grade their quality, we cannot distinguish true numbers from fake one. Even human hands would be added to the process of the birth, once born on this earth, all the numbers are treated equal. That is, all the numbers will be marching under the rule of 1+1=2. They will parade in connection with “chain of logics”, without one single cent of variance. A snail wriggles drawing a line on a transparent glass plate. A child picks it up, and moves to another spot. From where, he start walking again drawing a new line. Of course in this game, it was prohibited to add human hands actually.

 

In our present society, everybody who spends money will count precisely like an accountant, one bean after another. On the other hand, farmers who produce beans would not forecast future crops precisely enough like mathematics. It depends upon the climate. Sometimes rich harvest will come, after years of bad crops, in which even seeds bean were required for consumption. As a whole, total volume of bean crops in a society will be decided depending upon the climate fluctuations. Considering from that, what on earth are the meaning of counting beans with pincette? Since money (numbers), from their appearance, let assume us an advanced mathematics or science, we inevitably forget the truth that our economic system is actually built upon unstable structure like a climate. It might be an ironic sin caused by numerical language.

 

We count beans, and replace them into numbers like 10 or 20. After that, we forget the fact that we’ve done replacement. And numbers will start walking alone. Beans and peas, as soon as replaced into numbers, become transparent and no smell, join the member of advanced mathematics and space engineering. Assembled into a part of huge precision machinery, in which even a tiny mistake never be allowed. But after all, beans are nothing but beans. They have no relation with advanced mathematics or financial engineering. Crops of beans depend upon climate, and market price will go on fluctuating unexpectedly according to human spirits. 

 

We’re living in a society, in which economic activities are measured by numbers. Everybody living in this society, individuals or corporate or government, needs to fulfill the following inequality formula [revenue > expenditure]. Nobody can continue to make expenditure exceeding his revenue, and no business can survive without making enough return to his expenditure (investment). In our present society, “to live” is the same meaning of “to calculate”. Hundreds of modern history is the history, in which how human beings can be replaced into numbers. But even though a great many efforts by Frederic Taylor and Peter Drucker, we cannot stop saying that there is a limitation for human beings to be “effective” forever. There is a fundamental unreasonable character in the theory. Because the more numerically effective human beings became, the more they lost humanity, until at last they cannot be called human beings any more. 

 

Science and technology has been developing straight-lined upwards, and once developed scientific knowledge would not go backwards. But our society, in which we’re living, sometimes stops and turns back, and making same mistakes numerous times. Bubbles are inflated and markets are enthusiastic, and bubble’s burst and here comes a long depression. Unemployment workers were flooding in streets, and people were battered by uneasiness and despair. There were no economic effects by means of financial and monetary policies. Adam Smith and Keynes become powerless like the stupid. At last, there was once a time when people were trying to break through the crisis by war.

 

Human beings who accomplished such a wonderful achievement in science and technology, meanwhile, why looks so stupid concerning in the area of society, in which they themselves are living. A same person, so clever at one hand, should not be suddenly become so stupid on the other side. I think that might be because of the misconduct of a “premise” itself. Since we might have missed our entrance of a passage, we could never find the right destination even if how hard struggling about. Wrong entrance (premise) means, that is, adapting numbers (called money) as a social language for economic activities. Even though, how successful in the area of science, there might be fundamental unnaturalness to adapt numbers and mathematics as a whole, for our social language.

 

Galileo observed space by his hand-made telescope, and recorded them on a paper. Space movements, replaced into numbers, stopped time on a paper. Deliberate analysis could be possible throughout all day and night long. Space movements were fully replaced into pure mathematical problems. Galileo and Kepler could find the rule of space movements, as if they were solving mathematical problems. Planets or stars or satellites were moving in a space, precisely enough like machinery clock. We could correctly forecast the coming an annular eclipse of the sun can be observed in central Tokyo, at 7:32 AM, on May 21st, 2012.

 

However, what can we get from replacing beans or peas into numbers? Applying differential or integral, can we precisely find the law of next year’s crops? Definitely, it’s not possible. If we made a mistake in choosing objectives to be replaced into numbers, scientific methodology will be in no use. Prices such as an old man of Chinese restaurant put them on speculation, or bluff market price like knock dawn banana sales, looks like numbers but not numbers actually. Appearance is like a shape of numbers, but the contents are exactly the human beings themselves. If we collect these fake numbers and analyze them, we cannot apparently find any reasons of deflation or forecast future economic conditions. If we make a mistake in choosing entrance (premise), how honestly follow the processes after that, we could never arrive at a destination.

 

Abstract Language

Working 20 years for Japanese company, I transferred to foreign invested company. Although having a problem for verbal English, I managed to pass an interview by making bluffs. At that time of Japanese human market, there was a scarcity value for the people who had accounting background and also could make English communications. So, there might be some reasons for the company why they inevitably had to hire insufficient candidate like me. Luckily I managed to get a job, but after that, it’s not safe anymore. I couldn’t recognize fluent native English at all. We had frequent conference call or video conference between American head office. But I hardly understand what my counterpart in the US was asking for, who spoke like John Wayne dialect. Therefore, I escaped for emergencies by camouflaging “I’ll send an e-mail after investigating”. At that stage, I tasted the bitterness, from the bottom of my heart, of the people who cannot make use of languages. At the same time, I fully felt grateful for having our own mother tongue. We unconsciously can speak Japanese fluently. Chatting with friends, we can laugh from the bottom of our hearts. This is an excellent ability of heavenly presented gifts.

 

Languages are convenient thing. Human beings made communications through languages, exchanged information, and built up high level of civilization. Languages are commonly held in a community or society. To be common means to be universal. To be universal necessarily become to be abstract. Abstract languages are consisted from mere sounds without concrete substance. Actual substance, for example a dog, is replaced into a sound of “dog”. If you pronounce to “dog”, the listeners will imagine an animal of dog by their own ways. As the result of a long training from prehistoric era, in listening at some languages, we are accustomed to immediately light up some images in our brain. Therefore, hearing from happy story makes our soul pleasant, and sad story makes our heart painful. Languages and human spirits are closely related with each other. 

 

There is no actual substance in language at all. Language is merely a symbol made of sounds. But since languages are directly connected with human spirits, they will go on walking by themselves as if they were consisted of concrete substances. People will soon become delighted by languages, feel sorrow by languages, and hate others by languages. An old sick man having trouble with recognition, who cannot walk alone by himself, but can speak languages clearly and stubbornly. Without having reasonable judgment, he provokes tragedy by speaking out dirty words to his families, who’re taking care of his daily livings. For us, as human beings, it’s painfully a sad scene. 

 

If ugly things or immoral conducts were under way before our eyes; we could turn away our eyes from the scene. But we cannot avoid from the ear-splitting noise, or nose-crooking bad smell. The same can be applied for languages. Since languages are consisted of sounds, they ruthlessly invade into human brains, and stir around our peaceful spiritual world. Present organizational society is consisted of languages. People have to live in a flood of languages. Unpleasant languages and malicious imagination, suspicious words and a delusion of persecution, selfish boastful talks and repeating the same talks, these are quite the same of noise or bad smell. Languages should be convenient tool for civilization; on the other hand, they give us pain like side-effects. 

 

A word “dog” is only one. Each individual dog is different from sizes or shapes or characters. But we can call them inclusively a “dog”. Language is, stripped off hundreds of thousands of various individualities, and replaced them into one abstract symbol. Therefore, through the process of a dialogue, we’ll conversely follow the passage. With the help of abstract languages, listeners shall mobilize all the knowledge or experience or imagination, and find the way to reach a concrete world. A dog might be large like a wolf, long hair or short, long face like a horse, nervous or calm, and gradually he trace back a line of memories to clarify images. 

 

Therefore, a dialogue is made up of reliable relation between speakers and listeners. Without reliable relation, language will remain merely as an abstract symbol. This is typically seen in the discussions between naked partisan spirits of politicians. From the beginning, a speaker determined to persuade his counterparts, on the other hand, a listener put himself in a posture of guard. Accordingly, discussions, be intentionally sealed imagination, become mere playing catch and throw of words. Speaker is talking about Akita dog, but listener is pretending for bulldog. Speaker says “dog is a pretty pet”, replied by listener “I can’t believe a kind of people who are merrily licked by a dog, with the same tongue licked other dog’s anus”. A dialogue could never be established without mutual concessions. 

 

Languages are thought to be peculiar to mankind, but I don’t think so. I imagine that birds and animals have languages of their own. Japanese bulbul bird and chickadee have about ten warbling tones. Even for us human beings, it can be distinguishable of ten tones; fellow birds can understand more delicate differences of their words. Tens of bulbuls are clamorously singing, “piii piii piii-yo”, at the top of pasania tree. Maybe, meeting will be getting into trouble. But birds and animals have not, however, a letter. Thanks to the invention of characters, human beings had increased vocabularies tremendously. And languages became more visible, and people could speak higher level and complicated, logical and reasonable expressions. 

 

Human beings invented characters, and visualized languages on a paper. Languages had stopped time on a paper. Languages changed their characters from running away things like a wind, to staying their whole shapes on a paper. We could observe words carefully and make processing on them by spending unlimited time. Consequently, enormous vocabularies were invented, and more complicated expressions could be possible. Varieties of knowledge and histories and literatures were written by letter, and commonly owned by community. At prehistoric times, memorable capacity of a community was dependent on limited abilities of individual’s. But it was expanded unlimitedly as a collection of books in a library. Soon, people who memorized a lot of written words became the same meaning of having knowledge. And there appeared new kind of people called “intellectuals”. Strange phenomenon had emerged, in which intellectuals who have no experience of corporate management teaches “management” at graduate school. Young people, throughout their most valuable ages in life, went to school and spent time to read books. 

 

I once couldn’t distinguish hackberry from zelkova tree. Now, I can clearly understand the difference between them. It is so distinct for me that I wonder why I was once confusing. But when we are in the middle of confusion, nothing can be seen. I couldn’t understand the difference by way of reading books or access to internet. After all, I was obliged to keep watching honestly by myself. And suddenly one day, it was “clarified”. My whole body was awakened, is the suitable words to describe the moment. I think truly be able to distinguish things comes from this kind of mental awakening. How many books you might read, or taught from teachers, it was after all a knowledge based on languages. Breaking through a last minutes of boarders, and truly clarify things, you might need your own experiences and inventions. There is no way without just waiting for, by spending a lot of time, and over their (someone unknown) shall come and let you know the truth. 

 

As society grow larger and become more complicated, mankind tried to control the world with words written on a paper called law. But I think there is a fundamental contradiction to the idea that trying to control concrete human deeds with abstract languages. A word “You should not steal” is as vague as water or air. The deeds “steel” can be divided into variety of innumerable concrete examples, depending on stealers’ numbers or stolen goods’ numbers. Moreover, from the beginning, there is a hostile relation between people who restrict (speaker) and criminals (listener). There is no space for reliable dialogue between them. Since throwing and catching play of languages without mutual concessions get little rewards, trials are always consuming tremendous times in vain.

 

I was once working for a publishing company, especially for laws. There are huge amount of law books or judicial precedents displayed at the showroom. Maybe, the volume cannot be able to finished reading, by ten people spending their whole life. And still now, laws are increasing day by day. But how many laws might be prepared, crimes cannot be extinguished from our world. On the contrary, a new kind of crimes will appear one after another, passing through the net of laws. This must be a rat race. I think it comes from unreasonable idea or premise itself, that is, by using words in “dead” state on a paper, trying to control “living” movements of human beings. We cannot control human beings by languages; neither can we control economy by numbers. 

 

Virtual Society

Recently, we sometimes hear the word of “virtual world”. It was translated into Japanese an “imaginary world”. We can make shopping or playing games with unseen players at imaginary city through internet. I looked up the word “virtual” in a dictionary, and it was explained that “in reality or actual”. That is, “virtual” means imaginary in Japanese, but actual in English. Imaginary world is actual, sounds strange but admirably put! The reason is that our living “society” indeed might be said as an ultimate virtual world. Human beings replaced actual world into languages or letters or numbers, and have been building up virtual world. After that, they gradually forgot the fact they’ve replaced, and finally became misunderstood that virtual world must be actual. 

 

As Imayo popular poem, a millennium ago in Japan sang “Born on this earth, let’s play games”; human beings might have a birth on earth to enjoy playing. To play game is our instinct. From ancient times, when Adam and Eve were expelled from Paradise, human beings were fascinated at playing games. First, during the intervals of works in a field, they played as a simple leisure. It was within a small group of clan. Then gradually growing in scale, and appeared professionals who concentrate on playing games 24 hours a day 365 days a year. When industrial revolution took place in modern Western Europe and build up national state, games were played in huge scale of national units. All the people living in a nation participated in a game, and depending on the winners or losers, chips called “money” were distributed. Finally therefore, games are not mere enjoyments, but become a livelihood itself. Enthusiasm for game is now covering all over the globe.

 

People began to go to school from an infant to the early 20th, spent almost all their youth to learn the rule of the game. Having great command of languages and letters and numbers, they learned how to win the games. Finally, experts called “master of the game” came to existing. Prime ministers, chairman of Central Bank, president of company, were all chosen from the master of the game. People who neglected daily works, and concentrated all their efforts to the game, were admired as successful person in a society. The age of game almighty has come. Gradually, people became to think things like a game, and understand this world based on the rules of a game written on a paper. 

 

The rule of a game is for an imaginary world which human beings have established for their convenience. It has no relation with actual world governed by heavenly sun. I’m not sure how long does the history of mankind exists, say millions or tens of millions, but during almost all the ages, human beings spent their lives embraced by nature. Human beings and animals, birds and fish, frogs and snakes, plants and stones, all are the living creatures unified with transmigrating universe. Breathing air, drinking water, eating foods, and reproducing next generations, we’ve been connecting continuous life on earth. Our ancestors could feel the breathing of earth, and lived long with millions of large-hearted gods in this archipelago. Human beings and animals, birds and fish, frogs and snakes, plants and stones, all the living creatures could speak same languages. It was only hundreds years ago when nations became enthusiastic about a game.

 

A human world invented by god, and imaginary world produced by human beings, are quite different dimensions of world. They make fundamentally contradictory movements, like debit and credit side of double entry system. Trying to push spacious human spiritual world of Mandala into narrow surface made up of languages and numbers, would be in vain. The movements of human life are never-ending flow of changes. If we try the movements to stop still on a paper, we’ll be retaliated by nature. Magma of life pushed in by force, will be exploding periodically like volcano. Bubble economy and financial crisis, inflation and deflation, unemployment and poverty; different in words but fundamentally those are the same phenomenon. One word by definition, it’s an explosion of the contradiction between the imaginary world and the human world. 

 

If a man walks, the shadow will be walking along with him. But you cannot let living creatures move by manipulating shadows. Same can be applied to the following relations. The door is always open to travel to imaginary world from actual world. But the door from imaginary world to actual world should firmly be closed. It is impossible to operate actual world by manipulating imaginary world. For example, popular method of game, such as financial policies and monetary policies, has no ability to change actual world at all. Whereas, how many times experienced bubble economy and financial crises, numerous times of inflations and deflations, and unreasonable disastrous wars, people never try to get out of the world of games. That’s because of the reason that modern people, who grown up within the closed world of games, cannot understand how deeply they are submerged in an imaginary world. 

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抽象化のワナ

最近つくづく年を取ったな、と感じる時がある。細かい字が読みづらくなったとか、足腰が衰えたとかいう肉体的な変化なら想定もできるし納得もできる。しかしそれは全く予期していなかった心の変化である。実は、私は子供が可愛くて仕方がなくなったのである。母親に連れられた幼児がよちよちと歩き回る姿や、黄色い帽子を被った小学生が三々五々下校する姿を見ていると、思わず顔がほころんでしまう。こんなことは以前の自分にはなかったことである。別に私は子供が嫌いだった訳ではないが、他人の孫がこんなにも可愛いと思ったことはなかった。どうやら子供たちは、犬や猫と同じように、自分が好かれている相手を敏感に感じ取るものらしい。と言うのは、子供たちの方からも時々は私に関心を示してくれるようになったからである。あどけない幼児にじっと見つめられたり、小学生に「こんにちは!」と元気に挨拶されたりすると、身体の中をじわじわと温かいものがこみ上げてくる。そして年甲斐もなく、思い出し笑いを浮かべながら歩いている自分に気が付くのである。

 

私は昭和20815日の終戦の日に生まれたので、今年はちょうど70歳になった。人生の晩秋にさしかかって、このような心の平穏が待ち受けていようとは想像もしていなかった。そう考えると、年を取るということもまんざら悪くはないなと思うのである。18歳で上京して以来、50年余りの歳月が流れた。伊豆の小さな漁村から、大志を抱いて東京に出てきた若者も、いつしか平凡に古希を迎えた。この50年を振り返ると、私はひたすら「ルールを知らないゲーム」をやらされてきたというのが実感である。若い頃は、体力も気力も時間も、あり余っていたが、いつも漠然とした不安に包まれていた。自分が住んでいるこの世界を理解できないという不安感は、底知れないものがあった。私にとって、「社会」とは魔物が住むところだった。それは、不合理で、理解不能な、つかみどころのない世界だった。今は、多少はゲームのルールも分かってきた。そして、素直に「人間の集団」に興味を持てるようになった。

 

社会の言語としての数字

私は大学を卒業すると、さしたる思慮もなく、とある大手の食品会社に入った。そこで最初に配属されたのが経理部だった。狭い室内では十数名の経理部員が額を寄せ合ってパチパチとソロバンをはじいていた。その一員に加わった私は、日がな一日黙りこくって座り続けていることにひどく苦痛を感じた。のっぺりとした無機質な時間は耐え難いものに感じられた。以来、この「オリのない牢獄」から抜け出すことが、私の人生の最大の目標になった。

 

ところが驚くべきことに、あれから50年間、私はいまだに経理の仕事でメシを食っているのである。牢獄の種類はいくつか変ったけれど、相変わらず計算・計算・計算の毎日にどっぷりと浸っている。経理一筋と言えば聞こえはいいが、結果的にそうなっただけの話である。私は結局、この均質で抽象的な数字の世界から抜け出すことができなかった。しかし人生のたそがれが近づいてきた今日この頃、ふと自分の一生とはなんだったのだろうかと考えることがある。あの計算に明け暮れた灰色の日々に何か意味があったのだろうか。そう考えるとなんだかいたたまれない気持になってくる。嘘でも屁理屈でもいいから、自分の仕事に何らかの意義を見いだしたい。さもなければ(おおげさに言えば)、死んでも死にきれないとさえ思うことがある。

 

経理部員は領収書や納品書をぺらぺらとめくりながら計算をする。そしてたったの1円の違いでも見つけると、まるで鬼の首でもとったようにわめきたてる。わたしはこの職場の雰囲気が好きになれなかったし、例え生活のためとはいえ、こんな所に身を置いている自分自身を憎んだ。何かもっとましな仕事はないものかと思った。しかし後からわかったことだが、銀行でも、商社でも、メーカーでも、日本中の会社はみな似通ったようなものだったのである。いや、世界中の会社という会社はたぶん同じであろう。むしろ一流企業と呼ばれているところほど、この傾向は徹底している。みんな1円に目くじらを立てることが、キチンと仕事をしていることだと思い込んでいるのである。

 

経理の世界ではたったの1円の差額もハッキリと記録されるし、その差異の原因を突き止めることが求められている。何億円、何十億円の中のたったの1円の誤差でも、指先にささったトゲのように気になる。数字を扱う者は、まるで人が変ったように、物事を手加減するという術を知らなくなる。誰でも床屋に行って、女や子供の肌みたいにひげを剃ってもらおうとは思わない。多少のザラザラがあったって許容範囲内である。どうせ明日になればまたヒゲは生えてくるのだから。ところが数字という言葉を話す床屋では、まるで瀬戸物の表面みたいにツルツルに髭をそることが義務だと思い込んでいる。

 

1円の違いも許さないという経理マンの究極の非寛容性は、数字が持つ本来の特性から出てくるものである。だからお金という数字を社会の言語に採用しているかぎり、人びとはまるでアリ地獄の穴にはまった虫みたいに、計算の呪縛から逃れることはできない。1+1=2というのは小児でさえ知っている理屈である。この答えはいつでもどこでも必ず2でなければならず、例え総理大臣でも日銀の総裁でも2.2とか1.8にすることはできない。数字のユニークなところは、たったの一つの答えしか持たないということである。だから「計算」ができる。答えがコロコロと変っては計算にならないからである。

 

お金の流れは、まるで鉄道レールか電話線のように、一本の途切れることのない「論理の連鎖」でつながっている。この連続性にわずかな亀裂が走っただけで電車は脱線し、電話は不通となる。同じくお金の流れにわずかの差異が生ずると、経理部は帳簿を締め切ることも、決算をすることもできなくなる。だからせめて(外見上だけでも)、お金の流れは1円の狂いもない一本の線として表現されていなくてはならない。そのため経理部の仕事の大半は、この恐ろしく融通のきかない数字という言語の、辻褄合わせに費やされるのである。

 

50年間経理をやってきて、最近気づいたことがある。それは、われわれがあれほど労力を注ぎ、注意深く見守ってきた「論理の連鎖」が、いとも簡単に無視され切断されている場所があるということである。それは他でもない、市場(マーケット)の中である。もちろん市場でも数字を使っている。すべての取引は数字(価格)で表現されている。しかしそれは単なる見せかけだけの、記号としての数字である。市場の数字は、数字であって数字ではない。

 

東南アジアを旅行したことがある人は、土産物を売っている小さな露店をひやかしたことがあるかも知れない。お店のおばちゃんがハッタリで値段をふっかけてくる。買い手も分かっているので、値切り返す。やりとりを何回か繰り返して、感覚的にこれ位ならいいという所で取引は成立する。いいかげんのように見えるが、株式市場でも為替市場でも原理は同じである。市場価格は人間の感性で決まる。欲望や衝動、恐怖やパニックで、価格は大きく変動する。ところが「お金」のシステムは切れ目のない論理の連鎖で繋がった一本の線である。突然ジャンプしたり、大きく滑落したりすると、電話線が切れたように機能しなくなる。ビジネスの言語である数字が意味を失い、経済は麻痺し、最悪の場合は社会そのものが崩壊する。

 

経理には原価計算という手法がある。製品や商品のコストを計算する方法である。原料や材料、電力料や賃借料、労務費や減価償却費、といった費用を集計して製品の一単位当たりのコストを計算する。これは1円の狂いも許されない論理の連鎖で組み立てられた作業である。しかしある日この製品をマーケットで販売すると、突如として原価は「売上高」に変身する。そして原価と売上高の間には、なんの論理的なつながりはない。100円の品物が突然150円になる。1円の誤差をも許さない経理マンは、この50円の差額をどのように処理したらいいのだろうか?商品を市場で販売したトタンに、1円の継ぎ目もない論理の連鎖がぷっつりと断ち切られるのである。

 

経理マンはあ然とする。限りなく人間くさい、この市場が作り出す売上高という記号をどのように理解すべきか。外見はまったく同じだが、出自の異なる「エセ数字」を、どのように帳簿に記録すべきか。経理で扱う数字は物理学や天文学で使われる数学と同じものである。それは計算可能で普遍的な、ものごとを正確に予測するための道具である。しかし市場で使われる数字は、数学とは似て非なるものである。そこでは数学特有の論理的なつながりが断ち切られている。鉄道レールのような一本の線ではなく、コマ送りの映画のように断続的に動き、蝶々のようにひらひらと空中を舞うことができる。

 

この難問に解決を与えたのが複式簿記である。いや、解決したというよりも、問題をただ現実としてありのままに並べて見せた、という方が当たっているかもしれない。複式簿記では、二種類の数字が混じらないように左右に分けて表示する。人間の感性で動く市場の「エセ数字」を左側(借方)に、数学が支配している本物の数字を右側(貸方)に集めた。当然ニセ物と本物、つまり借方と貸方の合計には差がでる。この貸借の差額を加減・調整して、貸借のバランスをとった。これがバランスシートと呼ばれる表である。そこでは借方(人間の世界)の金額が多い場合の差額を「利益」と呼び、逆に貸方(数字の世界)が多くなった場合の差額を「損失」と呼んだのである。

 

複式簿記は12世紀にイスラム世界で考案され、ヴェネツィアの商人たちによって西ヨーロッパにもたらされたといわれる。いずれにしても、ほぼ千年紀も昔の帳簿の記録法という一種の社会システムが、21世紀の現代社会でいまだに使われているということは驚嘆すべき事実である。そこには時代を超えた人類の英知が隠されているに違いない。というよりも、数字という言語を人間の経済活動に採用している限り、言い換えれば相矛盾する二種類の数字が混在する現実がある限り、ひとつの取引を複式で記録するこのシステムは今後も生き残らざるを得ないであろう。

 

さてここでわれわれはひとつの疑問に突き当たる。それは現代のような複雑な経済システムの制御をつかさどっているお金という言語が、実はまったく異質な二種類の数字で構成されていることの可否である。これらの数字は、外見は同じだがまったく別の動きをする。それによってわれわれの社会システムに何か不都合は生じないのであろうか?数学のように論理的に構築された(貸方の)システムがもっとも嫌うのは、測定不能な(借方サイドの)想定外の変動である。(借方の)市場の数字が異常に膨張したり、その反動で急速に収縮したりしたら、(貸方の)厳密な論理で構築された社会システムは大混乱におちってしまうのではないか。実はこれこそが「数字社会」が抱える慢性的な病である。例えばリーマン・ショックのようにマーケットに大きな亀裂が走れば、そこに接続された(貸方の)金融システムがズタズタに引き裂かれる。機能不全におちいった世界経済はいまだにその後遺症から抜け出せないのである。

 

数字とは水や空気みたいに均質な概念である。コップの水をバケツにそそぐと、水は均一に混じりあってもとのコップの形状をまったく留めていない。そしてバケツ1杯の水を見て、そこにはコップ何杯分の水が注がれたという形跡は残っていない。営業マンに「今月の売上はいくらか?」と聞くと「はい、1億円です」と彼はこともなげに答える。毎日まいにち30名の営業マンが、一個当り数百円から数千円の100種類の商品を、一ヶ月間売り続けた結果を「はい、1億円です」とたったの一言で表すことができる。数字はあらゆる事物を一つに溶かし、抽象的な「量」という概念に置き換えてしまう。数字とは「多いか、少ないか」以外には何の意味も持たない言語なのである。

 

私は長いあいだ経理のイスに座って、ピンセットで豆を数えるような味気ない仕事を続けてきた者の一人として、現在の社会システムになんだか割り切れないものを感じることがある。ある部屋ではたった一粒の豆が足りないといって大騒ぎしている一方で、別の部屋では50粒ものマメが突然増えたり減ったりしているのである。各部屋の合計を一つの家として考えれば、まったく筋の通らないことをしているのではあるまいか。しかもピンセットでつまんだ豆も、天から降ってきた豆も、その外見はまったく区別がつかないのである。

 

数字はたったの10個の文字で成り立っている、完全に均質な言語である。だからダビングを繰り返しても劣化しないデジタルのコピーのように、本物もニセ物も区別がつかない。その出自が市場のもので、例え誕生の経緯に人間の手が加わったとしても、いったん出来上がった数字はすべて同列に扱われる。すなわち、すべての数字は1+1=2のルールの下に行動するようになる。彼らは1円の狂いも許されない論理の連鎖でつながれて行進することになる。カタツムリが透明なガラス板の上に線を引いてのたくって行く。それを子どもが手でつまんで別の場所に移す。するとそこからまた、彼はガラス板に線を引きながら歩き出すのである。もちろんこのゲームでは、人間が手を加えることはルール違反である。

 

現在の社会では、お金を使う者は誰でも経理マンのように厳密に一粒ずつ豆を数える。一方で豆を生産する人は、数学のように厳密に将来の収穫を予測している訳ではない。それはその年の天候しだいである。べらぼうな豊作になることもあるし、種マメまで食いつぶすほどの凶作になることだってあり得る。これは要するに社会全体としてみれば、豆の量はお天気しだいということになる。だとしたらピンセットで豆を数える作業になんの意味があるのだろうか。なまじっかお金という数字が、高等数学や科学を連想させるがために、実はわれわれの経済システムがお天気のように不安定な土台の上に乗っかっているということを忘れさせるだけ罪が深いのではないか。

 

われわれは豆を数えて、1020個というふうに数字に置き換える。しかし、置き換えた後で置き換えたという事実を忘れてしまう。そして、数字が一人歩きを始める。えんどう豆やおたふく豆は数値化された途端に、水や空気のように無色・無臭になり、高等数学や宇宙工学の仲間入りをする。巨大な精密機械の一部に組み込まれて、ほんのわずかなミスも許されなくなる。しかし、しょせん豆は豆である。高等数学や金融工学とはなんの関係もない。豆の収穫は天候しだいだし、市場の相場は人間の気分しだいで想定外の変動を繰り返す。

 

われわれは経済活動を数字で測定する社会に住んでいる。個人も企業も政府も、この社会の住人は「収入>支出」という不等式を満たさなければならない。誰でも収入以上の支出を続けることはできないし、支出(投資)に見合うリターンを上げられないビジネスを続けていくこともできない。現在の社会では、生活するということと計算するということは同じ意味である。近代の数百年の歴史は、いかにして「人間」を「数値化」するかの歴史でもある。しかしフレデリック・テイラーやドラッカーの努力にもかかわらず、人間の効率化には限界があると言わざるを得ない。そこには根本的な無理がある。なぜなら人間を数値化すればするほど、人間はもはや人間ではなくなってしまうからである。

 

科学技術は右肩上がりに一直線に進歩してきた。そして、いったん進歩した科学的知識は後戻りするということがない。ところが我々が住むこの社会は立ち止まったり、時には後戻りしたりする。そして何回も同じ過ちを繰り返す。バブルが発生して市場が熱狂し、バブルがはじけて長い不況がやってくる。失業者が街にあふれ、人びとは不安と失望に打ちひしがれる。財政支出も金融政策もまったく効き目がない。アダム・スミスもケインズもまるで痴呆のように無力になる。ついには戦争によってこの危機を打開しようとした時代さえあった。

 

科学技術ではあれほど優れた業績を上げた人間が、どうして自分の住むこの社会の問題に関してはかくも無能に見えるのだろうか。同じ人間が一方で利口になったり、もう一方では突然バカになったりするはずがない。だとしたらそれは「前提」そのものが間違っているからではなかろうか。われわれは誤った入口に入り込んでしまったために、どんなにもがいても決して目的地には着けないのではないか。誤った入口(前提)とは他でもない、お金という数字を経済活動の言語に適用したことである。「科学」で成功したからといって、数字や数学をそのまま社会の言語に採用することには根本的な無理があるのではないだろうか。

 

ガリレオは手作りの望遠鏡で天体を観測し、それを紙の上に記録した。数値化された天体は、紙の上で時間が静止した。昼夜を問わず、じっくりと分析することが可能になった。天体の運動は純粋な数学の問題に置き換えられた。ガリレオやケプラーは、数学の問題を解くようにして天体の運動の法則を発見することができた。惑星も恒星も衛星も、機械時計のように正確に天空を移動していたのである。われわれは今度の金環日蝕が、2012521 732分に東京で観測できることを正確に予測していた。

 

ところが、おたふく豆やえんどう豆を数値化して、そこから何が得られるのだろうか。微分や積分を応用すれば、来年の収穫量が予測できるのだろうか。そんなことはあり得ない。数値化する対象を間違えば、科学的な手法はなんの役にも立たないのである。中華料理屋のオヤジがやま勘で付けた値段とか、バナナの叩き売りみたいにハッタリで付けた市場の価格は、数字であって数字ではない。外観は数字の形をしているが、中味は人間そのものである。そんなものをかき集めて分析したところで、デフレの原因とか景気動向を予測できないのは明らかである。入口(前提)を間違えれば、プロセスだけをいくら厳密に辿っても、決して目的地には着けないのである。

 

アダム・スミスは「経済人」という概念を作り上げて、経済学を科学にした。「経済人」とは、功利性のみによって行動する仮想上の人間である。彼は一番儲かる方法をすべて知っている万能人間という想定である。これによって人間の経済活動は数字に置き換えることが可能になった。天文学や物理学のように、数字を分析することにより、経済の「法則」を導き出すことができるようになった。経済学では人間は玉突きの玉のように、一度コツンとたたけば、あとは計算どおりに決まったルートを動くと考えられた。

 

もちろんこの考えが誤りであることは、経済学者以外なら誰でも分かっている。なぜこのような単純なミスを犯したのかというと、経済活動の言語に「お金」という数字を使っているためである。経済活動に使う「数字」とは、ただ単に品物の値段を「人間」が市場で、感覚的に数字に「置き換えた」だけである。物理学や天文学のように、物質を厳密に「測定」した数値ではない。しかし、いったん数値化されると、外形上は、品物の値段も物理学の測定値も区別はつかない。その結果、両者はまったく同じ数字として扱われるようになるのである。

 

数字はすべて「数学」のルールに従って動いている。例え出生の経緯があやしく、人間が恣意的に数値化したものだとしても、いったん数字に置き換えたからには、以後は数学の厳密なルールを適用しなければならない。数字はたったの10個の文字で出来上がっている。「多いか、少ないか」以外には何の意味もない、水や空気のように透明で普遍的な言語である。この意味のない言語を読んで、どうにかして意味を知ろうとすると、論理的な分析しか方法はない。その結果、本来合理的ではない人間の活動を、いったん「経済人」という合理だけで動く人間とみなす必要が出てくる。つまり本末が転倒してしまったのである。ウソをついた少年が、現実をウソに合わせようと四苦八苦しているようなものである。

 

物事を抽象化すると必ずこのような問題が発生する。人びとは、具体的な物事を抽象的なものに「置き換えた」後で、置き換えたことを忘れてしまう。そして抽象化した「記号」だけが一人歩きを始める。インド人は数学が得意な民族である。昔から何でも抽象化しなければ気が済まない性癖があるそうだ。例えば、仏教には孔雀明王というのがいる。単なる鳥の孔雀が、明王という高い位の仏になって祀られている。彼らが考え出した理屈は以下のとおりである。孔雀はコブラのような毒蛇を平気で食べる。孔雀は解毒作用を持っている。これを抽象化すると、孔雀は悪を消す力を持っている。人間の煩悩を食らって、仏道に成就せしめる功徳がある仏である、という具合になる。

 

孔雀が仏教の仏さまになっても、さしたる支障はないかも知れない。ところが市場経済システムの言語が不適切なものだったとしたら、その副作用もまた計り知れないものがある。大恐慌を巻き起こし、大戦争の引き金になるかも知れない。もともと人間と数字はまったく異質なものである。似たところは皆無だと言っていいぐらい両者は異なっている。数字は鉄道のレールのように、切れ目なく繋がった「論理の連鎖」で出来上がっている。人間のように、時間や空間を飛び越えて、精神世界をジャンプするような発想が出来ない。どんなに遠回りになっても、数字は一本の線をたどらなければ目的地に到着することができないのである。

 

言葉の抽象性

私は日本の会社に20年勤めた後で外資系の企業に転職した。英語はほとんどできなかったが、ハッタリでどうにか面接試験をパスした。当時の日本では、経理もできて英語もできる人材は希少価値があった。だから会社の方でも、私のような人間でも採用せざるを得ない事情があったのだと思う。首尾よく就職できたはいいが、入社してからが大変だった。とにかく英語がぜんぜん聞き取れない。電話やテレビ会議では、ジョン・ウェインみたいな英語でまくし立てられて、さっぱりわからなかった。だから「調べて後からメールで返事をします」、などとごまかしては急場をしのいでいた。私はそのとき言葉ができない人間の苦しさというものをいやという程味わった。同時に母国語のありがたさを身にしみて感じた。われわれは特に意識しないでも、日本語がすらすらと口から出てくる。おしゃべりをして腹の底から笑うことができる。これは宝物のように素晴らしい能力なのである。

 

言葉は便利なものだ。人類は言葉を使ってコミュニケーションを図り、情報を交換して、高度な文明を築いてきた。言葉は集団や社会の中で共有されている。共有されるためには普遍的でなければならない。普遍的になろうとすれば必然的に抽象的たらざるを得ない。抽象的な言葉は、実体のない単なる音声で出来上がっている。犬という実体を「イヌ」という音声に置き換えたものである。「イヌ」というふうに発音さえすれば、聞き手は自分なりに犬という動物を想像する。太古の昔からの長い訓練の結果、われわれは言葉を聴くと瞬時にあるイメージが脳裏に浮かぶように習慣づけられている。だから楽しい話を聞くと心がウキウキしてくるし、悲しい話には心が痛む。言葉と人間の精神は切っても切れない関係があるのである。

 

言葉に実体などありはしない。言葉は単なる音声の記号である。しかし言葉は精神と直結しているが故に、あたかも実体があるがごとくに独り歩きを始める。ひとびとは言葉によって喜び、言葉によって悲しみ、言葉によって人を憎むようになる。認知症の老人が、足腰立たぬ程衰えた肉体で、言葉だけはハッキリと執拗に発することができる。善悪の判断がつかないままに、自分の身の回りの世話をしてくれる家族に向かって、汚い言葉を浴びせて悲劇を挑発している。人間にとって、切ないほどに悲しい場面である。

 

醜いものや不道徳な行いが眼前に繰り広げられれば、ひとは目を背けることもできる。しかし耳をつんざく騒音や、鼻が曲がりそうな悪臭は避けることができない。言葉も同じである。音声としての言葉は、容赦なく人の脳の中へ侵入し、平穏な精神世界を引っ掻き回す。現代の組織社会は言葉で成り立っている。人々は言葉の洪水の中で暮らさなければならない。不快な言葉や悪意のある発想、猜疑心の強い暴言や被害妄想、視野の狭い自慢話や同じ言葉の繰り返し、これらは騒音や悪臭となんら変らない。言葉という、人間にとって便利なはずの文明の利器が、副作用のように人間を苦しめるようになる。

 

「イヌ」という言葉はたったの一つである。一匹一匹の犬は大きさや形や性質が異なる。ところがそれらをひとくくりに「イヌ」と呼ぶことができる。言葉とは、何万・何十万という多様な個性を消し去り、一つの抽象的な記号に置き換えたものである。だから言葉を使った対話のプロセスでは、この逆の道筋をたどることになる。抽象的な言葉を媒介にして、聞き手は持てる知識や経験や想像力を駆使して、具体的な世界に至る道を探るのである。オオカミみたいに大きな犬か、毛は長いか短いか、馬みたいに顔が長いのか、神経質か、ぼんやりしているか・・・、そして彼は徐々に記憶の糸を手繰り寄せてイメージを鮮明にしていくのである。

 

だから対話とは、話し手と聞き手の信頼関係の上に成り立つものである。この信頼関係がなければ、言葉は単なる抽象的な記号の域を出ることがない。例えば党派根性むきだしの政治家の議論などがその典型である。話し手は最初から相手を説得しようと決めてかかっているし、聞き手はそうはさせまいと身構えている。だから想像力を故意に封印した議論は、単なる言葉のキャッチボールに終始する。話し手が秋田犬の話をしているのに、聞き手はブルドッグのふりをする。イヌは可愛いペットだと言えば、他の犬のおしりをなめた同じ舌で、顔をペロペロなめられて喜んでいる人間の気が知れないと応酬する。対話はお互いの歩み寄りがなければ、決して成立しないものである。

 

言葉は人間だけのものと思われがちだが、私はそんなことはないと思う。鳥や獣も彼らなりの言葉を持っていると思う。ヒヨドリやシジューカラは10種類ぐらいの声色を鳴き分けている。人間が聞いて10種類に聞こえるのだから、トリどうしではさらに微妙な鳴き分け方があるに違いない。数十羽のヒヨドリがシイの木のてっぺんに群がり、ピーピー・ピーヨとかしましく鳴いている。たぶん会議がもめているのだろう。しかし鳥も動物もさすがに文字だけは持っていない。人間は文字を発明したおかげで飛躍的に語彙を増やすことができた。そして言葉はより視覚的になり、高度で複雑な表現や、論理的な筋道だった話ができるようになった。

 

人類は文字を発明して、言葉を紙の上に視覚化した。言葉は紙の上で時間が止まった。言葉は風のように流れ去るものではなく、その全容を紙の上に留めるようになった。言葉は時間をかけてじっくりと観察し、加工することが可能になった。そして膨大な数の語彙が発明され、さらに複雑な表現が可能になった。さまざまな知識や歴史や文芸作品が文字化され人びとに共有化された。個人の限られた暗証能力に頼っていた人類の記憶容量は、図書館の蔵書のように無限に広がった。やがてたくさんの言葉を知っているということと、知識があるということが同じ意味になった。そして「知識人」と呼ばれる人びとが現れた。一度も会社の経営をしたことがない知識人が、大学院で「経営学」を教えるという奇妙な世の中が出現した。多くの若者が、人生の一番大切な青春時代を、学校へ行って本を読むことに費やすようになった。

 

私はケヤキとエノキの区別がつかなかった。今では混同していたことが不思議に思えるくらい両者の違いはハッキリと識別できる。しかしわからない時には何も見えないものである。いくら本を読んでも、インターネットで調べても理解できなかった。仕方がないので自己流に、ただじっと観察を続けていた。そしてある日突然それは「わかった」のである。身体で会得したという表現がピッタリだった。本当にものごとが識別できるというのは、こういう状態を指すのではないかと思う。いくら本を読んでも、ひとに教わっても、それはしょせん言葉の上のことである。最後の一線を越えて本当に物がわかるようになるためは、自分自身の経験と独自の発明が必要ではなかろうか。ただひたすら時間をかけて、向こうから(何者かが)わからせてくれるのをじっと待つしか方法はないのだと思う。

 

社会が大きくなり複雑になると、人類は法律という紙の上に書いた言葉で世の中を治めようとした。しかし抽象的な言葉で、具体的な人間の行動をコントロールしようとする発想にはもともと矛盾がある。「盗んではいけない」という言葉は、水や空気のようにつかみどころがない。「盗む」という行為は、盗む人間の数だけ、盗まれる品物の数だけ、さまざまな具体的な事例が存在する。そもそも規制する側(話者)と犯罪者(聞き手)は敵対関係にある。どうみても信頼関係に基づく対話は成立しない。両者の歩み寄りのない言葉の応酬は得るところが少なく、裁判はいつも途方もない時間を浪費することになるのである。

 

私は法律書の出版社に勤めていたことがあるが、そのショールームにはたくさんの法律や判例の出版物が並んでいた。10人の人間が一生かかっても読みきれないほどの書物が陳列されている。そして今でも法律は日々増え続けている。しかしいくら法律を増やしても、世の中から犯罪はなくならない。それどころか法の網をかいくぐって、新手の犯罪が次々に現れる。こんなことではイタチごっこではないかと思う。そもそも紙の上で静止し「死んだ」状態の言葉を使って、動的な「生きた」人間をコントロールしようという発想(前提)そのものに無理があるのではないかと思う。それはちょうど数字で経済をコントロールできないのと同じように、言葉で人間をコントロールすることはできないのである。

 

人類の記憶システム

東京の赤坂見附から飯田橋にかけて、かつての江戸城の外堀が残っている。市ヶ谷見附の橋の上からお濠を見下ろすと、この寒空の中を水中にもぐって無心にエサを探している水鳥がいる。私はふとあの水鳥の記憶装置はどうなっているのだろうか、と考えた。彼らの目には、この世界がどのように映っているのだろうか。当然、人間とは異なった風景を見ているのだろう。多分その疑問を解く鍵は、彼らがどのように生活しているかということと深く関連しているに違いない。

 

トリは全身を羽毛でおおい、両腕に強い筋肉を付けて翼に変えた。体型を流線型にして、空気や水の抵抗を少なくしている。体温を高く保って、寒風でも冷たい水中でも平気である。高性能の望遠鏡のような視覚は、上空から水面の小魚さえ見分けることができる。彼らは空中を飛ぶことも、水中に潜ることもできる。春になるとはるかシベリアまで飛んでいくし、秋になるとまた皇居のお濠に帰ってくる。レーダーのような探知能力は、人間をはるかに超えた記憶の持ち主のように見える。

 

一方で人間は成人でさえ嬰児のように無防備な裸である。コートやマフラーなしには冬の寒さに耐えられない。寒中水泳をする人はいるが、生活のためというよりむしろ趣味でやっているにすぎない。まして空を飛べる人間などいない。しかし人間は飛行機を発明した。ジャンボジェットはいっぺんに数百人の人間を乗せてアメリカまで飛んで行ける。トリは自分自身を飛行機に変えたが、人間は自分の肉体には指一本触れずに空を飛ぶ「機械」を発明した。これが人間とトリとの決定的な違いである。この「発想の違い」こそが、人間とそれ以外のあらゆる生き物の記憶装置をまったく異質なものにしているのである。言い換えると人間の幸不幸も、すべてここからスタートしているのである。

 

人間以外のあらゆる生き物は、環境に合わせて自分自身のカラダを変形させる。地球上の限られたスペースで自分の居場所を確保するために、他とは異なった特殊な技能を身につける必要があったからである。あるものは草原の枯れ草色に全身をカモフラージュしたり、地上を猛スピードで駆け抜けたりする能力を身につけた。またあるものは鋭いキバやツメを生やしたり、あるいは首を伸ばしたり鼻を伸ばしたりした。種とは他と差別化することによってのみ、この惑星上での生存を許されたのである。その結果、地上にも地中にも、空中にも水中にも、地球上は驚くほど多様な生物で満たされた。

 

地球上が多様な生物で埋め尽くされたまさにその瞬間に、これとは全く反対の動きをする生物が現れた。人類の出現である。人間は自然環境の隙間に自分の居場所を求めようともしなかったし、特殊技能に特化して自分の体型を変えようともしなかった。人間は大胆にも(創造主に逆らって)、自然環境そのものを自分に合わせて変えようとした。1万年前のメソポタミアで小麦の栽培に成功すると、人類は農業を発明した。食べ物を探して移動するのを止め、逆に自分の周りに食べ物を実らせる植物を植えた。これはあたかも自分が創造主になったような、大胆な発想の転換だった。

 

人間も猿も、イルカも海亀も、魚も鳥も、胎内の嬰児の姿は驚くほど似かよっている。しかし成長するにつれて徐々に、動物は動物らしく、鳥は鳥らしく、魚は魚らしく枝分かれしていく。即ちすべての生き物は胎内で、その全進化の歴史を一代で遡って、それぞれの「おとな」に成長するのである。ただ人間だけが、嬰児の姿そのままに成人する。彼らには肉食獣のような鋭いキバやツメもないし、トリのような翼や羽毛もないし、イルカのような流線型の体形や強靭な尾ビレも持たない。

 

不思議なことに、肉体的に無防備な人間だけがこの地上に高度な文明を築くことができたのである。彼らは(幸いにも)、速く走ることも寒さに耐えることも、空を飛ぶことも水中に潜ることも出来なかったので、色々な「道具」を発明する衝動にかられた。彼らは羽毛の代わりに衣服や住居を作り、鋭いキバやツメの代わりに刀や銃を作り、速い足の代わりに汽車や自動車を作り、翼の代わりに飛行機を作った。

 

つまり人間の特徴は、無防備な肉体と表裏一体の、そのユニークな頭脳にある。他のあらゆる生き物が自分の肉体を改造したのに対して、人間は自分の精神世界を改造した。開きっぱなしだった宇宙(創造主)のデータベースへの弁を、自らの意思で開閉する術を身につけたのである。その結果、人間はものを「考える」ことができるようになった。

 

あらゆる生命体は生きるための知恵を授かっている。このような知恵を我々は「本能」と呼んでいる。本能は無意識の世界からやってくるものである。我々は特別に意識しなくても空気を呼吸し、水を飲み、食物を食べ、生殖をして子孫を残す。さんさんと降り注ぐ太陽の英知を体内に取り込み、自然と一体化することにより、我々はこの地球上に生命を維持していくことができる。

 

もちろん人間も一つの生命体であることに変わりはない。体内には他の生物と同じ宇宙の摂理が流れている。しかし一方で人間は、独自のデータベースを持っている。言葉や文字や数字を使って情報を共有化することにより、人類は高度な社会を形成することができた。つまり人間は二種類のデータベースを持っているのである。一つは無意識の世界であり、もう一つは人類に特有の「意識」の世界である。前者は生命に関する偏在的な知恵であり、後者は言葉による社会に関する情報である。

 

人間は宇宙を一たん言葉や文字や数字に置き換えることにより、事物を抽象的に捕らえる方法を学んだ。混沌とした世界は言葉に置き換えることにより細分化され、一つの断片に切り取ることができる。咀嚼し、理解し、飲み込み易くなる。そして何よりも、それは記号化され客観化されて、交換が可能になったのである。人々は言葉を交わすことにより、情報を共有化することができるようになった。

 

最初はシンプルな言葉で、家族や部族の小さな集団を形成した。やがて人々は文字を発明し、言葉は紙の上に形として残るようになった。視覚化された言葉は、時間をかけてじっくりと改良することが可能になった。その結果、より高度で複雑な表現が可能になった。時間と空間の制約を解き放たれた文字情報は、より広範囲な人々に共有されるようになった。やがて都市が生まれ、社会はより高度なものに変っていった。

 

数百年前の西ヨーロッパに近代的な国民国家が誕生し、それは瞬く間に全世界に広がっていった。いまや21世紀の世界は、グローバル経済と呼ばれる巨大な市場が生まれようとしている。このような地球規模の巨大な社会の形成には、より普遍的で抽象的な言葉が必要になってくる。そして「数字」が出現した。数字こそは究極の抽象性と普遍性を備えた言語である。現在の高度な物質文明は数字を抜きにしては考えられない。

 

「数字」の有用性を発見した中世の西ヨーロッパ人は、飛び上がらんばかりに喜んだ。なんと宇宙は数学的に整然と動いていたのである。宇宙の真理は数字で書かれていた。混沌として捉えどころのない世界を測定し、数字に置き換えさえすれば、それは紙の上に静止する。宇宙の断片を切り取ってきて、まるで数学の問題を解くように、じっくりと机の上で観察することが可能になる。「くつわ」をはめて馬を慣らすように、数値化することにより人間は自然を手なずけていった。物事と物事の変わらぬ関係を「法則」と呼ぶ。法則という(創造主の)暗号の解読に成功した人類は、やがて自然を意のままにコントロールできるようになった。

 

数学の進歩は物理学の発展を促し、物理学は次々と新しい科学的な発見を生み出した。人類は「科学」という呪文を唱えることにより、自然から無限の利益を引き出すことが可能になった。科学万能の時代が到来した。科学的ということと「正しい」ということは同じ意味になった。非科学的なことは、信ずるに足りない迷信だと決めつけられた。人間が理解できるのは数量的な概念だけであり、数値化できない物事は取るに足りない「たわごと」だとされた。ものごとを数量的に理解する能力において、人間は「神」と肩を並べたとさえ自惚れるようになった。そして人間は、人間そのものの集まりである社会も、数量的にコントロールできるはずだと考えた。

 

資本主義と呼ばれる社会システムは、「数字」を社会の言語に据えたものである。そこでは「お金」と呼ばれる数字が、すべての経済活動を測定する。資本主義は人間の経済活動を、恐ろしく抽象的で普遍的なものに変えた。それはグローバルな市場の言語としては最適なものだった。しかし宇宙の果てまで届くその普遍性は、アフリカの僻地の農民までもゼニ勘定に巻き込まずにはおかなかった。この社会では、「生きる」ということと「計算」するということは同じ意味になった。「収入>支出」という不等式を満たさない者は、この世で生きていくことさえ難しくなった。人生においては、経済的な問題がすべてだとされた。

 

ヴァーチャル社会と現代人

最近ヴァーチャル世界という言葉をよく耳にする。仮想世界と訳されている。ネット上の仮想都市で買い物をしたり、知らない相手とゲームをしたりして楽しむことができる。Virtualという単語を英和辞典で調べたら、・・・(表面上または名目上はそうではないが)「事実上の、実質上の」・・・と説明されていた。つまりヴァーチャルは日本語では「仮想」だが、英語では「本物」という意味である。仮想の世界が本物だというのは、なにやら言いえて妙ではないか。何故ならわれわれの住むこの「社会」こそ、究極のヴァーチャル世界だと言えなくもないからである。人間は現実の世界を言葉や文字や数字に置き換えて、ヴァーチャルな世界を作り上げてきた。しかしやがて置き換えたという事実を忘れて、人々はヴァーチャルな世界が本物だと錯覚するようになったのである。

 

「遊びをせんとや、生まれけむ」と今様にも歌われているように、人間は遊ぶために生まれてきたようなものである。ゲームは人間の本能である。アダムとイヴが楽園を追われた昔から、人間はゲームにうつつを抜かしてきた。最初は農作業の合間に、ほんの気休めに楽しんでいた。それも部族単位の小さなグループだけのものだった。ところが次第に規模が大きくなり、24時間・365日ゲームに専念するプロが出現してきた。近代の西ヨーロッパで産業革命が勃発して国民国家が成立すると、ゲームは国家単位の巨大なものとなった。国民のすべてがゲームに参加するようになり、ゲームの勝敗によって「お金」と呼ばれるチップが配分されるようになった。こうなったらもはやゲームは遊びではなく、生活そのものになった。ゲームの熱狂はいまや地球規模に広がっている。

 

人々はゲームの腕をみがくために幼児のうちから学校に通い、20代前半までの青春時代のほとんどをゲームのルールを勉強するために費やすようになった。言葉や文字や数字を駆使して、いかにしてゲームに勝つかを学んだ。そして「ゲームの達人」が誕生した。総理大臣も、日銀の総裁も、会社の社長も、ゲームの達人の中から選ばれるようになった。仕事をほったらかしてゲームに熱中してきた者が社会の成功者とみなされるようになった。ゲーム万能の時代が到来したのである。やがて人々はゲームのように物を考え、ゲームのルールに書かれているようにこの世界を理解するようになった。

 

ゲームのルールは人間が勝手に作った仮想世界である。お天道さまが支配している現実の世界とは、なんの関係もない。人類の歴史が何百万年あるのか、何千万年あるのか知らないが、人間はそのほとんどの時間を自然と共に暮らしてきたのである。人間も動物も、鳥も魚も、カエルもヘビも、植物も石も、生々流転する宇宙と一体となった「生き物」である。大気を吸い、水を飲み、食物を食べ、生殖をして、地球上に脈々と生命をつないできた。われわれは季節ごとの地球の息吹を感ずることができたし、八百万のおおらかな神々と一緒に暮らしてきた。人間も動物も、鳥も魚も、カエルもヘビも、植物も石も、みな同じ言葉を話していたのである。ゲームに熱中する人間が現れたのは、せいぜいこの数百年来の出来事である。

 

神さまが作った人間の世界と、人間が作った仮想世界とはまるで異次元の世界である。それらは複式簿記の貸借のように、根本的に相容れない動きをする。曼荼羅のように広大な人間の精神世界を、言葉や数字のような狭い平面に押し込めようとする試みには無理がある。変化して止まない動的な生命の流れを、紙の上に静止させようとする試みは必ずしっぺ返しをくらう。無理やり閉じ込められた生命のマグマは、火山のように周期的に噴出することになる。バブルも金融危機も、インフレもデフレも、失業も貧困も、言葉はさまざまだが根っこは同じ一つの現象である。それは一言で言えば、仮想世界と人間の世界の矛盾が噴出したものである。

 

人間が歩くと影も一緒に連れ添って歩く。しかしカゲを操って生身の人間を動かすことはできない。同じく現実の世界から仮想世界に行く扉は開かれている。しかし仮想世界から現実世界へのトビラは堅く閉ざされているのである。仮想世界を操作して、現実の世界を変えることはできない。財政政策や金融政策などというゲームの手法が現実世界を変えることはない。ところが何回インフレとデフレを経験し、何回バブルと金融危機を経験し、悲惨な戦争を経験しても、人びとはゲームの世界から一歩も外に出ようとはしない。何故なら生まれてからこのかたゲームの世界しか知らない現代人は、実は自分たちが仮想世界にどっぷりと浸っているのだということに決して気が付かないからである。

 

日本人のユニークな感性

私はこの言葉の氾濫した混沌の時代から抜け出すために、日本の果たす役割が大きくなる時代が必ず来ると思う。西欧諸国はこの文明の元凶であり、ここから抜け出す発想は持ち合わせていない。BRICsと呼ばれる新興国は、今まさに経済成長に乗り出した段階である。市場経済システムを構築している不安定な状況で、他のことを考える余裕などない。資本主義以前の段階にある他の国々は論外である。こう考えてくると、日本はユニークな立場にいる。明治維新以来150年で急速に近代化を成し遂げた唯一の非西欧の国である。成熟し安定した近代社会であると同時に、原始の記憶を多分に残している世界の「変わり者」である。

 

日本はユーラシア大陸の東の端に、「吹き溜まり」のように位置する島国である。大陸の戦乱や、飢饉や、気候変動から逃れてきた人々は、この吹き溜まりで行き止まり、そこに留まった。太平洋の南からはポリネシア系の人々やマレー系の人々や古代インド系の人々がやって来た。大陸の沿岸や朝鮮半島を伝わって、南中国系やモンゴル系やツングース系の人々がこの列島に移り住んできた。アメリカ合衆国ができるはるか以前に、日本はすでに「人種のるつぼ」と化していたのである。

 

「吹き溜まり」の底には古い落ち葉もそのまま残っている。日本列島には何千年・何万年前の記憶が、古い落ち葉のように残っている。日本人はエスキモーのように、魚を生のままで食べる。火で料理することを覚えるはるか以前の原始人の記憶を、21世紀の現在も大切に守っている。八百万の神々は、ニューギニアの高地人やアフリカの土人と同じく、いまだに日本人の心を捉えている。大陸では戦乱でとっくに焼失した高度な仏教美術が、奈良や京都の古都の寺院に鮮やかに残されている。何百年前に建てられた寺院は今でも「現役」で機能している。日本人は新しい文化を取り入れながら、古い記憶を残す名人なのである。

 

日本人はぺらぺらと言葉を弄する人よりも、それとなく相手の気持ちを察する人を好む。縄文人のように、まだ言葉が素朴で脇役だった頃の感性を、今でも大切に守っている。抽象的な学問よりも日常の生活を通して悟りを開こうとする禅の思想は、日本人の生活の至るところに浸透している。忙しく立ち働き、周囲を清潔に保ち、美しいものを愛で、洗練した味覚を磨く。ユニークな日本文化に魅せられて、海外から日本を訪れる人々が年々増えている。ゲームに疲れた世界中の若者が、失われた魂の故郷を求めて日本各地の禅寺を訪れる。そして古の行者のように、感性を研ぎ澄まして、吹き溜まりの落ち葉に埋もれた「無意識の世界」への扉を探っているのである。

 

空を見上げると、今日も真っ青な空に白い雲が浮かんでいる。はるかな上空を、なんとカラスがたった一羽どこまでも飛んでいく。大きなクスノキがこんもりと繁り、そよ風にキラキラと葉を揺らしている。その梢の隙間を、ヒヨドリが猛烈なスピードで通り抜けていく。シイノキの薄暗い繁みの中で、何か大きな鳥が動いている。キジバトの夫婦だ。不器用に枝から枝へと歩きながら、何かをついばんでいる。突然頭上でシジューカラが、辺りの空気を切り裂くように「ツー・ツー・ピー」とさえずりだした。

 

私は既に30分以上も、ぼんやりと窓の外の景色を眺めている。言葉は一言も発しない。それどころか頭の中から、一切の言葉や文字や数字を排除しようと努めている。何故なら私は、少年時代の記憶をカラダでよみがえらそうとしているのである。繁みの中でキジバトが「ドテッポー・ポー」と鳴いたとき、私はかすかに昔の記憶がよみがえってきた。急斜面の石ころ路に秋風が吹く頃、私はこの声を聞きながら学校へ通ったのだ。体の中をじわりと、なつかしい記憶が甦るのがわかった。波の音、潮の香り、松林を吹き抜ける風の音、どこかで鳴く鳥の声、子供たちの笑い声。そうだ私は、風の歌を聴いて育ったのだ。

(2016/04/19)

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料理の楽しみ

ひょんなことから料理を始めた。料理といってもせいぜいカレーやパスタを作る程度のものだが、やり始めるとこれがなかなか面白いということが分かった。

最近では週末になると料理の真似事をするのを密かな楽しみにしている。生の野菜や肉を切り刻んで鍋の中に放り込む。やがてグツグツと音を立て始めると辺りに食べ物のニオイが漂よってくる。味はともかくとして、何かが出来上がりつつあるようだ。私は初めてのお使いをした幼児のように、この瞬間に小さな達成感を感じるのである。

 

人は毎日三度三度、食べて生きている。料理なんか誰でもやっているし、珍しくもなんともない。自分から進んでやらなくても、何かの状況で料理をしなければならなくなった経験は誰でも持っているだろう。それは顔を洗ったり歯を磨いたりするのと同じくらい日常的な動作である。だから古希を目前にした男が初めて料理をしたということの方が、むしろ珍事と言うべきかも知れない。

 

こう考えると私の一生というものが、いかに生活感が希薄だったかということでもある。学生時代や、決して短くはなかった独身時代をとおして、私は長い間一人暮らしをした。簡単な料理を作る機会はいくらでもあったはずである。結婚してからでも、家内が寝込んだ時など私が料理をすべき場面は幾度かあった。しかし私は(薄情にも)がんとして料理をしなかった。それは男がスカートを穿かないのと同じぐらいに、自分が台所に立つことなど思いもよらないことだったのである。

 

何度もタバコを止めようとしてもどうしても止められない男が、何かの拍子ですんなりと禁煙に成功したりする。私はある日インターネットで何気なく料理のレシピを眺めていた。それは写真付きで、材料はアレとコレ、作り方はイチ、ニ、サンといった具合でいたってシンプルである。やれ包丁の持ち方がどうだとか、材料の切り方はこうだとか、料理学校で教えるようなことは一切書いてない。この簡潔さは読む者に「これなら俺でも出来そうだ」という気分にさせる。そして私もその気になったという次第である。

 

よく切れる包丁で野菜を切る時の感触はいいものである。タマネギやキャベツの何層にも覆われた葉皮を、ザクッと切るときの気分は爽快である。ナスを切る時はまるでスポンジでも切るように愉快だ。ニンニクは小さいくせにチーズみたいに弾力がある。包丁の刃先で薄く、丁寧に千切りにしていく。細かい作業は神経を集中させなければならない。

 

私が今頃になって料理に興味を持った背景には、40年間も経理という抽象的な仕事をしてきたことと関係があるのかも知れない。経理と料理は対照的な世界である。経理は数字を扱う。数字はたったの10個の文字で出来上がっていて、「多いか、少ないか」以外には何の意味も持たない言語である。それは無色・無臭で空気のように透明な世界である。40年も経理をやっていると、そのうち自分が透明人間になりはしないかと思うことがある。

 

ところが料理は五感のすべてを動員する具体的な世界である。目で見て、手で触り、ニオイを嗅ぎ、舌で味わうことができる。包丁で指を切ることもあるし、熱い鍋でヤケドをすることもある。ウマイかマズイか、結果は子供にも分かる。数字の分析のような屁理屈は通用しない。何よりも「食べる」ということは「生きる」ということである。そして「生き物」を扱うことこそ、「数字」が最も苦手としている分野である。

 

私の料理はまったくの自己流だから、一風変わったところがある。例えば料理している最中に一切「味見」をしない。否、しないと言うよりは出来ないと言った方が適切かもしれない。私は味見をすると迷いが生ずる。味が濃いのか薄いのかさっぱり判断がつかない。調味料を足したり水を足したりして最終的には悲惨な結果になる。だから私は味覚でなく視覚で料理することにしている。料理する前にすべての材料と調味料を目の前に順番どおりに並べておく。あとはその順番どおりに材料を鍋に放り込んでいくだけある。

 

私はじっくりと時間をかけて、様々な野菜や肉を煮込むシチュー系の料理が得意である。得意と言うよりも今のところそれしか出来ない。逆に言うと、包丁さばきの巧緻がハッキリと跡に残るような和食系の料理は苦手である。一度アジを三枚におろそうとして失敗したことがある。皮がうまく剥がせないでアチコチを押さえつけたので、くたびれた挽肉みたいな刺身になった。

 

タマネギやキャベツ、トマトにジャガイモ、カボチャにインゲン、キューリでもナスでも、およそ冷蔵庫に残っている野菜は何でも構わない。どうせ煮込めばもとの形は残らないから、適当にザックリと包丁を入れる。これらの野菜を一時間も二時間もトロトロになるまで煮込むのである。野菜のエキスが滲み出てきて、いいスープが出来上がる。これだけでは物足りないと思ったら、ベーコンや牛肉なども放り込むとコクが出てくる。できれば黒毛和牛のシチュー用のぶつ切りを200グラム位入れると格段においしくなる。

 

野菜スープを作りながら考えた。私が今作っている洋風の煮物と、子供のころから慣れ親しんだいわゆる和風の「煮っ転がし」との違いについてである。洋風の煮物は野菜から出たエキスのハーモニーが味の決め手となる。ところが和風の煮物は逆に野菜にダシをしみ込ませる。タケノコでもシイタケでも、ジャガイモやダイコンでも、魚や肉を使う場合でも、およそすべての和風の煮物は材料にダシをしみ込ませて作る。

 

別の見方をすれば、和風の煮物は材料の外形をそのまま残すことにこだわる料理である。タケノコの煮物は誰が見ても竹の子と分かる。ブリもダイコンもお互いに寄り添って並んでいる。ジャガイモなどは煮崩れを防ぐべく、細心の注意が求められる。外形を維持しようとすれば、当然のことながら味のエキスは閉じ込められたままである。そこで物足りなくなった分はダシをしみ込ませたり、砂糖とショーユでアクセントを付けたりする必要が出てくる。

 

洋風の煮物を味のシンフォニーとすれば、さしずめ和風の煮物は邦楽に例えられるかも知れない。それらは三味線にしても琴にしても、尺八や笛や太鼓にしても、音がお互いに混じり合うということはない。たくさんの三味線や琴が同時に演奏することはある。しかしそれらは同じ旋律を皆で調子をそろえて合奏しているに過ぎない。バイオリンやクラリネットやトランペットの音が混じり合って、まったく別の音のシンフォニーを作り出すのとは根本的に異なる。

 

私は終戦直後の伊豆の小さな漁村で育った。自給自足の食材は鮮度だけは申し分なかった。毎朝父親が定置網で採ってきた魚は、最初はサシミにして食べ、次に焼いて食べ、最後は煮て食べた。弁当のおかずはヒモノと決まっていた。裏の畑でキューリやナスやトマトをもいでくるのは私の毎朝の日課だった。家のニワトリが産んだタマゴは、生のままご飯にかけて食べた。大潮の日に磯で採ってきた貝や海藻の味噌汁は潮の香がした。

 

それは何百年も昔から変わらぬ、素朴で原始的な食事だった。新鮮なものはなるべく生のままで食べる。調味料はごく限られたものしか使わず、手の込んだ調理などしない。まるでエスキモーのようなその食べ方は、我々が遠い祖先の野生の味覚を忘れまいとする儀式のようだ。この極東の島国では、吹き溜まりに積もった古い落ち葉のように、太古の先人の魂が脈々と受け継がれてきたのである。

 

和食とは日本人の伝統文化である。それは自給自足による新鮮な素材が手に入ることを前提としたシステムである。だからスーパーマーケットで原産国や賞味期限を確かめながら日々の食材を手にする現代人には、もはや維持していくのは難しい習慣なのかも知れない。子供たちがカレーやハンバーグに飛びつくのも無理からぬ話なのである。

 

しかし私はいつの日にかまた、日本人は必ずや和食を取り戻す日が来るのではないかという予感がする。行き過ぎた市場経済はきっと正されるに違いない。それは近代的な装いと古い伝統が両立している千年の都である京都を見た時に感ずる何者かである。それは日本中のいたるところで、祭りや伝統芸能が名もなき人々によって脈々と受け継がれていくのと同じ力である。

 

ユーラシア大陸の行き止まりに位置するこの列島には、古来より「集団的な記憶」とも呼ぶべき強力な磁場が張り巡らされているのである。この島国に生まれた人々は(意識するとしないとにかかわらず)、この伝統の力に踊らされてきたのである。我らの祖先たちはこの記憶装置を通って、いつでもこの世に現れては皆と一緒に食事をし、歌い踊り、祈りに加わるのである。

(2014/08/15)

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国民総幸福量(GNH)

新婚ほやほやのブータンの国王夫妻が来日した。アントニオ・猪木を端正にしたような横顔の国王が、かすりの着物みたいな民族衣装を着た姿に、なんとなく親しみを感じた人も多かったのではなかろうか。私はそれまでブータンについてほとんど何も知らなかった。九州ぐらいの面積のヒマラヤの小国だとテレビが紹介していた。富士山のてっぺんのような高地に、いまだに電気も通っていない村々が点在している。人々は山の斜面を切り開いたわずかな畑を耕し、ヤギを飼って、何百年も変らぬ自給自足の生活を営んでいる。どこの村にも子供たちがたくさんいて、カメラの前に群がってくる。青空に浮かぶ白い雲と、底抜けに明るい子どもたちの笑顔が印象的だった。

ブータンを世界的に有名にしたのは国民総幸福量(GNH)という変った名前の指標である。経済的な指標であるGNP(国民総生産量)ではブータンは世界の最貧国の一つだが、国民の幸福度では世界の先進国の一つだというわけである。人間の幸不幸は経済的な豊かさだけで決まるわけではない。コミュニティーの絆や、精神的な豊かさが、人間が生きていく上で不可欠である。なるほど、ブータンの豊かな自然と、人々の素朴な笑顔を見ていると、なんとなく分かるような気がしてくる。

「幸せだ」と感ずるのは、人間のこころの問題である。経済成長とは関係ない。現在のGNPで測定すれば、問題にならないほど貧しかった江戸時代の人びとが不幸だったわけではない。当時の人々だって、もはや現在のわれわれの記憶から消え去ってしまった、さまざまな「幸せ」な時間を持っていたに違いない。どんぐりばかり食べていた縄文人が憂鬱だったわけではない。それどころか、生き生きとして、いつも神様と一緒に暮らしていたのである。人生はさまざまである。だから人の数だけ、さまざまな幸不幸があってよいと思う。

だから私はブータン政府の発想には賛同する。と同時に、なんだか変だな、という違和感もおぼえる。というのは、どうして人の「幸せ」という主観的な心情を数値化するのか、ということである。数値化すれば比較せねばならない。人の幸せと自分の幸せを比較して、どちらのほうがどれだけ幸せだ、などと自慢することになる。現に福井県知事が、福井県のGNHは日本一です、などとブータン国王に報告している。まったくナンセンスな話である。

そもそもブータンが世界に誇る資産とは、もはや先進国で失われつつある精神的な豊かさではなかったのか。ところが一方では経済的な豊かさだけで人間は幸せになれないと言っておきながら、もう一方でその「幸福度」とやらを、経済指標と同じ尺度で比べるという愚を犯している。現代人は、先進国と途上国を問わず、もはや他人と比較しなければ自分の幸せさえ判断できないレベルまで達しているのである。現代社会の心の病は地球上を覆い尽くし、ついにヒマラヤの山中にまで蔓延したか、というのが私の偽らざる実感である。

どうしてこのような混同が生ずるのか。いや、混同していると思っているのは私の方であって、当人たちは混同どころか、大真面目で正しいことをしていると思っているのだろう。なにしろ数値化は大流行だ。マスコミではTPPに賛成の人は何パーセント、消費税に反対の人は何パーセント、内閣の支持率は何パーセントとさかんに報じている。みんな数値化は大好きである。数字に表すと分かりやすい、民主的だ、科学的だ、と思っている。そして、民主的なこと、科学的なことは無条件に正しいことだと信じ込んでいる。だからGNHに賛同する人たちも大勢いるし、これからも増えるだろうし、なんだか世界中に広がる気配さえ感じる。

われわれの身の回りは数字であふれている。人々は毎日マーケットの指標を見て一喜一憂している。株が上がった、為替が下がった、金が高騰した、長期金利が1パーセントを割った、・・・・等々、経済活動は数字という世界共通の言語で語られる。そもそも現代人は「お金」という名前の数字で衣食住をしている。誰でも収入の範囲内で支出を賄わなければならない、というプレッシャーの中で暮らしている。この社会では、生活するということと、計算するということは同じ意味である。人々は次第に数字の論理で行動し、数字のように物を考えるようになる。なんでも数値化するという習慣は、もはやこの社会の文化となっている。

数字はたった十個の文字で出来上がっており、「多いか、少ないか」以外には何の意味も持たない言語である。だから数字に依存する経済は、右肩上がりに成長し続けることを要求される。世界中の経営者や政治家や学者が、口を開ければバカの一つ覚えみたいに、成長、成長、成長、と呪文を唱える。成長を維持するにはどうしたらいいか。成長が止まると失業者があふれ、財政が破綻する、年金が払えない、社会が維持できない。だから、どんなに豊かになっても、さらに上をめざして成長を続けなければならない。それには、もっと人口を増やさなければならないし、移民を受け入れなければならない。しかし、ちょっと考えてみればわかることだが、永遠に続く経済成長などありえない。それはとても不自然なことである。地球は既に悲鳴をあげている。ここまで来ると、誰でも心の片隅で、この世の中は何かがおかしいな、と感じているのではなかろうか。

数字という言語で書かれているのは、物理学や科学や経済学だけではない。健康診断をすると、何十という聞いたこともない数値がずらーっと並んでいる。そして、この数値とこの数値は異常だから、このくすりとこのクスリを毎日飲みなさいと言い渡される。本当だろうか?そもそも人間には数字では測定できない、個人差というものがあるのではなかろうか。現代人はホテルやレストランのランクから降水確率や「幸福度」まで、片っ端から数値化する。そして、自分の住んでいるこの世界そのものも数値化して理解するようになった。例えば、空間とともにこの世界(宇宙)の基本的な構成要素である、「時間」も数字に置き換えて考えるようになった。

グローバルな経済活動を同時化するために、われわれは標準時間帯をつくり、地球を24等分した。そして時間は過去から未来に向けて一直線に流れると考えるようになった。つまり現代人は、過去と未来には、無限の「死んだ」時間が流れていると考える。人間の「生きている」期間は、せいぜい数十年である。生まれてくる前は、死んだ状態だった。そして死んだ後も、永遠に死に続けるのである。人間にとって、生きている時間より、死んでいる時間の方が、圧倒的に長いのだ。生きていることの方が、むしろ異常というべきである。そう考えると、死ぬことはむしろ、自分の故郷へ帰るようなものだ。ところが人々は、死ぬことが「怖い」と言う。何故だろうか。

現代人の死生観の最も顕著な特徴の一つは、「死は怖い」という抜きがたい恐怖感である。この恐怖感は、「時間」を数学的・科学的に捉えることから出てくる固定観念である。科学的な時間は一直線である。自分が死んだ後は、永遠の闇に向かって、ロケットのように進み続けるのである。「ゼロ」と同じく、「無限大」という数学的な発想は、人間の精神状態をひどく不安定なものにしてしまう。

300年前に人間が「科学の奴隷」になる前には、時間は数字で書かれてはいなかった。虎の刻とか丑の刻などと愛嬌のある名前で呼ばれていた。時間は夏と冬とではその長さが違っていたし、短い時間の単位はひどくあいまいなものだった。当時の人は、時間は一直線ではなく、むしろ丸いものだと感じていた。ぐるっと回って、また元に戻ってくる、というイメージを持っていた。丸いビンに沿って歩く昆虫は、ぐるぐると回って、永遠に歩き続けなければならない。同じく、丸い時間の過去と未来は繋がっている。「無限大」の過去の時間と、「無限大」の未来の時間は、その先端が丸く繋がっているのだ。

地球も月も太陽も、丸い天体である。自分自身もグルグル回転しながら、月は地球の周りを、地球は太陽の周りを、回っている。惑星も恒星も衛星も、丸い天体が自転しながら公転している。宇宙は生々流転する「丸い」世界である。

太陽は東から昇り西に沈む。沈んだ太陽はまた明日になれば昇ってきて、ぐるぐると毎日循環していく。月も星も同じである。昨日も今日も明日も同じ時間が循環している。春夏秋冬と季節が巡り、植物が芽を出し、花を咲かせ、実を付けて、一年は循環していく。鳥もカエルも春に卵を産み、サケは同じ川をさかのぼり、季節ごとに渡り鳥は移動していく。

つまり宇宙はすべて循環していると考えた。生命も同じである。生まれたものは死に、死んだものはまた生まれ変わる。あらゆる生命は循環している。この世は仮の世である。この世からあの世に行き、また生まれ変わってこの世に来る。生まれた赤ん坊が、死んだお祖父さんに似ているのは、お祖父さんの生まれ変わりだと考えた。心安らぐ思想である。

ところが「科学」のように、時間が一直線だと考えるとどうだろうか。過去と未来は、反対方向に向かって、「永遠に」進み続けるのである。「死」の状態が、数学上の「無限大」に続くと言う。なんという寂しい思想であろう。それは、丸いビンの上を歩き続ける昆虫のように、「孤独」で「滑稽」な思想である。自分で幽霊を想像して、勝手に怖がるようなものである。

これはもはや現代人の心の病だと私は思う。「数字」という言語に依存した現代社会が、徐々に犯される慢性的な病である。史上例を見ない繁栄の中で、人びとはなんとなく心の中に不安を抱えて生きなければならない。数字は正しく適用すれば、素晴らしい切れ味を示す。物理学や科学技術がその典型である。しかし数字を濫用し、使い方を誤ると、人々の思考力を奪い、目を曇らせ、心を不安定にする。これは人間を対象にした分野に数字を適用した場合に必ず見られる現象である。その典型が、人間の営みである経済活動を、過度に数字に依存した現在の経済システムである。数百年前から、定期的に襲ってくる金融危機とは、人間と数字のアンマッチがもたらす副作用であると言えなくもない。

アンリ・ベルグソンは、もう百年近く昔の人であるが、ノーベル文学賞を受賞した異色の心理学者である。彼は一生をかけて人間の心の問題に取り組んだ。愚直に一つのことだけを追求して、ついに歴史的な大発見をした。精神世界と物質世界の関係というものを突き詰めて、単純化していくと、最終的には人間の記憶という問題に行き当たる。彼は長いあいだ失語症の患者を観察して、ついに人間の肉体(脳)と記憶(精神世界)との間にはなんの関係もないということを証明した。つまり物質世界と精神世界はまったく異質なものであり、科学的な方法(計数的な方法)では解決できないことを明らかにしたのである。

記憶は人間の脳の中には存在しないのである。ではどこにあるのか、と聞くこと自体が無意味な質問だと彼は言う。記憶は、科学的な方法では測定できない、どこか別の次元の世界に厳然と存在しているものである。人間の脳は、その記憶にアクセスする機能だけが備わっている。膨大な記憶(潜在意識)の中から、今生きていくために必要なものだけを選り分けてアクセスしているのである。何かの原因で脳に損傷を受けた患者は、この選別機能がうまく働かずに、記憶がどっと溢れ出てくるのである。

電話帳をまるごと一冊覚えたり、数年先の曜日を瞬時に当てたりする人がいる。このような人は天才ではなく、脳の選別機能がうまく働かなくなり、記憶がどっと溢れ出てくるのである。そのためにいつも頭の中の整理がつかず、混乱していて、通常の社会生活が送れないのである。記憶を消すことは不可能なことである。記憶は、人間の肉体とは別の次元に存在するものである。よく物忘れが激しいなどというが、それは記憶そのものがあいまいになったのではなく、記憶にアクセスする機能がうまく働かなくなっただけのことある。記憶そのものは、決して消せないものなのである。

何かの原因で、生きるという集中力を失った人、例えば山の上から転落したり、銃弾に撃たれたりした人が、ほんの数秒の間に、自分の全生涯の記憶を辿ったという話がある。この場合も異常な事態で、脳のアクセス機能がもはや「生きる」という注意力を失い、記憶がどっと溢れ出てきたのである。

私は若い頃、夢の中で電車の発車のベルの音を聞いた。あまりに生々しく、大きな音だったので目を覚ましたら、枕元で目覚まし時計がジリジリと鳴っていた。しかし私がみた夢は、長いストーリーのある夢だったのである。不思議でならないのは、そのストーリーの結末の電車の発車のベルの音が、目覚まし時計のベルの音と一致していることである。どうして、目覚まし時計が鳴った数秒の間に、どんなに少なく見積もっても数十分はかかると思われる、長い物語を辿ることができたのかということである。「記憶」の世界には「時間」がないようだ。「記憶」の世界は「異次元」の世界なのである。

「現在」という時は存在しない。「今だ」と思った瞬間に過去になってしまう。時間を細分化し、一秒の何千分の一、何万分の一という風に分解していけば、現在などという単位は存在しない。つまり、現在と思っているのは、過去の記憶である。われわれは過去の記憶を呼び覚ますことにより、「現在」を認識しているのである。

「過去」は存在しない。過去は過ぎ去ってしまった時間である。存在するのは現在だけである。しかし、「現在」という時間も存在しない。現在はすでに過去である。時間を一秒の何千分の一、何万分の一と極限まで細分化していけば、「現在」も「過去」も極めてあいまいな概念となる。存在するのは記憶だけである。人間が存在するのは、「記憶」の中だけである。

イチローは動体視力が優れていると言われている。もし人間が「現在」という瞬間に焦点を合わせることができるとすれば、動体視力は100%になるはずである。150キロの速球にもバットを当てることができるはずである。しかし実際には、それは容易なことではない。何故だろうか?それは人間が、過去の記憶を呼び覚ますことにより、「現在」を認識しているからである。動体視力を高めるということは、一秒の何分の一、何十分の一とう単位で、いかに素早く過去の記憶を現在に近づけるかという訓練のことである。

私は高台に建つマンションの4階に住んでいる。そこからは空が近いので、時々ぼんやりと空を行く雲を眺めている。最近気が付いたことだが、雲というのはじつにさまざまな形をしている。そして、時々刻々とその形を変えていく。ほんの数分目を離しただけで、もうすっかり空の様子が変ってしまうことがある。ほんの数秒空から目を離して、再び元にもどすと、もう雲の形が変っていることもある。ところが連続して、じーっと雲を見つめていると、この変化にまったく気づかないのである。私の目には、ただ同じ形をした雲が、大空をゆっくりと西から東へと流れてゆくようにしか見えない。不思議な現象である。

連続してゆっくりと流れる時間や空間の中に身をおくと、周囲の環境や社会の変化は識別しにくい。それはベルグソンが証明したように、われわれの脳は、今生きていくために必要な情報のみを選り分けて識別し、「現在」を認識して、他の情報はシャットアウトしてしまう性質があるからである。人間には聞き取れない高音域や低音域が存在するように、記憶の世界にも、あまりに高速で移動するものや、きわめて低速の変化は識別できないエリアがあるようである。人間の視力や聴力や嗅覚に限界があるように、記憶力にも限界があるのである。アフリカの未開人に視力が3.0とか5.0などという部族がいるように、その時代の生活環境に適応して、視力や聴力や記憶力も異なっていたに違いない。

どこで聞いた話だか忘れてしまったが、ユングだったか誰だったかが、アフリカの土人の前である程度まとまった話をした。するとその土人が、ユングが話し終わる否や、その話の内容を初めから終わりまで一字一句違わずに復唱してみせたという。文字を持たない未開の土人は、頼れるのは自分の記憶だけである。だから、古代人の記憶力は驚嘆すべきものがある、という話だった。これは「記憶」というものを考える上で、大変興味深い話である。

古代のように百年一日のごとく、技術革新などほとんど見られない時代には、非常にゆったりとした時間が流れていたであろう。人類が火の使用を覚えたり、農業を発明したり、馬に乗ることを覚えたり、古代の技術革新は何千年・何万年という長い時間の単位でしか発生しない。だから古代人が記憶の単位を長いスパンに設定していたとしても、彼らの頭にはなんの混乱も生じないであろう。縄文人は自分の親の時代にも、祖父の時代にも、ほとんど同じ生活をしていた。だから突然祖父の時代の記憶がよみがえったとしても、彼は現在とほとんど同じ光景を見ることになる。古代人の記憶を呼び戻す時間の単位は、数年・数十年と非常に長い時間に設定されていたに違いない。アフリカの土人が、数十分程度のユングの話を記憶するのは、そんなに難しいことではなかったはずである。

ところが現代のような変化の激しい時代には、われわれの周囲には、日々大量の情報がものすごいスピードで流れている。もし大都会の真ん中で、記憶のトビラを1日、いや1時間だけ開けっ放しにしただけで、われわれの頭の中はたちまち大混乱におちいるだろう。たぶん情報の整理がつかずに、発狂してしまうだろう。だから現代人の記憶のスパンは非常に短い、多分数秒・数十秒程度の単位に設定されているはずである。情報は(99パーセント以上の情報は)、記憶の網をすり抜けていく。だからわれわれはほとんど何も覚えていない。現代人は、記憶に関しては、まるで痴呆のようである。しかし実際には、「記憶を消す」ことぐらい難しいことはないのである。人類は、99パーセントの記憶を「消し去り」、両目を正面に揃えて並べ、じっと針の穴を通すように一点に記憶を集中させ、複雑で高度な情報を読み取り、文明を築くことに成功したのである。

われわれはほとんど何も覚えていない。数年前の出来事はおろか、二三日前の昼飯に何を食べたかさえろくに覚えていない。まして、自分の少年時代のことなどは、大海にポッポッと浮かぶ小島のように、まだらな記憶しか残っていない。情報は風のように、われわれをすり抜けてゆく。しかしそれと平行するかのように、人類は文字を発明し、映画やビデオやコンピュータを発明した。現代人は、自分は何一つ覚えないで、記憶を書物やテレビやコンピュータに頼るようになった。これらの外部の記憶媒体は、人間の記憶容量を無限大に拡大した。そして、この記憶媒体は何億という人間がシェアできる、人類の共有の財産となった。人類の記憶の性質がまったく変ってしまったのである。

この「記憶」の変質が、人類の能力を飛躍的に高めたと同時に、一方で現代人は祖先から受け継いだ「生き物」としての知恵を失っていった。科学技術は月に人間を運べる程進歩したが、本を読まなければ自分の子どもさえ育てられなくなった。外部の記憶媒体に蓄積した情報は、それ自体では何も生み出さない。古代人と同じように、記憶はいったん人間の頭の中によみがえらせて初めて機能する。だから人々は、膨大な書物や映像やコンピュータ・データの山から、必要な情報だけを選り分けて、もう一度自らの頭の中に記憶をインプットし直さなければならない。それは人類の全歴史を一代で遡る作業であり、途方もなく長い時間がかかる。人類の記憶の遺産のほんの上っ面を学ぶためだけで、人々は青春時代のほとんどを学校で過ごさなければならなくなった。

神様がいるかいないかとか、魂は存在するかしないか、などという暢気なことを言うようになったのも、人類の歴史でたかだかこの300年位のものである。昔から、人間にとっても、あらゆる生き物にとっても、神様がいるなどということは、口にするのもバカバカしいくらい当たり前の話だったのである。それが科学万能の世の中になり、人間が文字や数字やコンピュータ・データで書かれた「人工の情報」にアクセスするようになってから、神様がいなくなったのである。同時に、生き物としてのあらゆる感性も失いつつある。

人間は自分だけ、外界から孤立して存在しているわけではない。われわれは宇宙と一体となった存在である。例えば、人間は空気を呼吸して生きている。一瞬たりとも呼吸を止めるわけにはいかない。人間は、頭の中では偉そうなことを考えても、呼吸などという極めて原始的な動作をしているのである。空気とは、地球上をまんべんなく覆っている物質である。その地球そのもののともいうべき大気を、直接体内に取り込んでいるのだ。そうしなければ一瞬たりとも生きていけないということは、人間も地球の一部だということである。

デカルトの末裔たる科学者は、人間が生きていくためには水や空気や太陽が必要だと説明する。しかし見方を変えれば、生きているのは人間ではなく、水や空気や太陽の方なのだという考え方もできる。水や空気に生命が宿っており、さんさんと降り注ぐ太陽の光の中に英知が宿っているのだ。それが人間の体内に入り込み、われわれは「生かされて」いるのである。人間も、動物も鳥も、植物も水も、空気も石も、あらゆる地球上の生き物は、同一の素から派生しているのである。万物は生成流転すると、インドの聖者は教えている。300年前に人間が科学の奴隷になる前には、常識はそのように考えたのである。人間が一番偉いなどと、大それたことを考える者はいなかった。

人間は自然と一体であるということは、当然自然と会話ができたのである。人間も、動物も鳥も、植物も水も、空気も石も、あらゆる地球上の生き物は同一の情報システムを共有しているのである。そうでなければ、春夏秋冬と調和がとれた自然の営みを説明できない。ただ、人間だけはそのアクセスの方法を忘れてしまったのである。

蟻や蜂はグループ全体で整然と行動する。渡り鳥やサケやクジラは、季節ごとに長い距離を正確に移動する。われわれは、このような能力のことを本能と呼ぶ。そして人間には本能がなくなったという。なぜだろうか。そもそも本能とは何だろう。私は宇宙の情報システムにアクセスする能力のことだと思う。これを「祈り」と呼んでもかまわない。個体を離れて、集団としての情報システムにアクセスすることにより、蟻や蜂はグループ全体で整然と行動することができる。地球そのものの情報システムにアクセスすることにより、渡り鳥やサケやクジラは、長い距離を正確に移動することができる。宇宙の情報システムは一つなのである。あらゆる宇宙の存在物は、一つの「意思」から派生している。科学万能の人間だけが、個体の脳の中にすべての情報が組み込まれているはずだと考えて、「本能」を失ったのである。

キリスト教徒は、人間は「罪びと」だと言う。他の動物や鳥や、魚やオットセイや、カエルやヘビや、樹木や草花たちに罪はない。人間でも子供には罪はない。人間の成人だけが「罪びと」であると感じている。何故だろうか。私は、人間の成人だけが文字や数字のデータ・ベースにアクセスし、社会としての独自のルールを築き上げたことを指しているのではないかと思う。つまり神(自然)との繋がりを切断し、宇宙の情報システムに従わなくなったことを「罪」だとしているである。宇宙の情報システムの特徴は、自然を統一するバランス感覚である。自然は多様な生き物のバランスのとれた「棲み分け」の上に成り立っている。イナゴやバッタの大発生がいつまでも続くことを許さない。一時的に増えても、その結果草原を食べつくし、やがては生存可能な適正な水準に納まるのである。同じく、日本中の河原がすべてセイタカアワダチソウで覆われることもない。人間を除くすべての地球上の生き物は、この「本能」と呼ばれる宇宙のバランスの中で生きているのである。

ところが人間が人工的に築き上げた社会の中では、文字と数字の情報システムは自然とのバランスを無視して独走する。数字という言語を採用した近代的な市場経済システムは、止まったら倒れてしまう自転車のように、永遠に成長し続けることを要求する。70億人に達した世界の人口が、なおも増え続けることを主張する。しかし人間だけが増え続けることは自然が許さない。環境破壊は既に限界にきているのである。皆そのことには気づいてはいるが、日々の衣食住がどっぷりと市場と数字の論理に浸かっている社会は、もはや方向転換が容易ではないのである。

近代の科学文明は、間違いなく西欧のキリスト教徒の偉大な功績であろう。科学のお陰で、人類の生活は随分と便利になった。すべて、測定の道具たる数字を技術に応用したお陰である。科学は混沌とした宇宙に光明をもたらし、不可能を可能にした。しかしだからといって、科学が万能だと考えるのは短絡的である。科学は単なる道具なのだ。道具は使いこなすべきものであり、道具に使われてはならないのである。人間は精神的な生き物であり、宇宙の情報システムとの繋がりを断ち切られては生きていけないのだ。

産業革命は社会を機械のように組み立てた。その結果、われわれは自分を自動化され標準化された機械の部品として見るようになった。人々は機械のメカニズムのように物を考え、お金のように損得で人を判断するようになった。道具を発明したつもりの人間は、自分も道具に成り果てたのである。しかし、どっぷりと科学のドグマに浸った現代人は、そのことに決して気づいていないのである。先人が営々と築いてきた、豊かな文化的、芸術的、宗教的な遺産を忘れ、今や精神の荒廃は目を覆うばかりである。科学とは、人格の陶冶には何の関心も示さない学問である。そして人間の幸、不幸には極めて冷淡な態度をとる。科学の奴隷と化し、心を失った人類は、やがてどこに行くつもりなのだろうか?

日本の神道では、人間だけが神から選ばれた特別な存在という考え方は採らない。人間も多様な自然の一部と見る。神社には神話の神様や、歴史上の偉人やキツネや、大木や大岩や、山そのものがご神体のものまである。八百万の神々は自然界のいたるところに、さまざまに姿かたちを変えて鎮座しておられる。これは自然とのバランスのとれた、古代人のようにおおらかな思想である。先進市場経済国でこのような原始的な宗教が残っていることは奇跡と言ってよい。自然との精神的な絆を回復し、もう一度古代人の心を取り戻すためには、われわれの国土に根付くこの神様は貴重な手がかりを提供してくれるのではなかろうか。鎮守の森に静かに座り、頭の中から一切の「言葉」を排除し、ただ小鳥のさえずりに耳を傾けていれば、こずえの間からチラッチラッとなつかしい古の風景が垣間見えてくるはずである。

2012/01/07

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エコノミック・アニマル

やわらかい秋の日差しがふりそそぐ窓辺で、ぶんぶんという羽音が聞こえてくる。一匹の昆虫が窓ガラスの内側に閉じ込められているのだ。ちょっと迂回すれば開け放たれた窓から外へ出られるのだが、そこまでは知恵が回らないらしい。透明なガラスを通してすぐそこに、クスノキやシイの繁みが見えている。どうにかしてそっちの方に行こうとするのだが、そのたびに目に見えない障害物に行く手をはばまれる。彼は自分の身になにが起こっているのかさっぱり理解できずに、完全にパニックに陥っているみたいだ。まるで糸の切れた凧みたいに、同じところをくるくると旋回している。

昆虫だけでなく鳥もガラスの存在が理解できないようだ。私は以前にスイスの製薬会社に勤めていたことがある。その会社が筑波に研究所を作ることになり、日本を代表する著名な建築家に設計を依頼した。彼のデザインした建物はコンクリートとガラスで出来上がっていた。特に研究棟と研究棟を二階部分でつなぐ渡り廊下は全面ガラス張りで、そこを通るとまるで空中を歩いているようだった。

このモダンなデザインの建造物も鳥たちにとっては脅威であった。「視覚」だけを頼りに飛行する彼らは、透明なガラスの存在に気がつかない。猛スピードでガラスに激突して死ぬ鳥たちが後を絶たなかった。私は週明けの研究所を巡回していて、よく渡り廊下の下に鳥の死骸を見つけた。ガラスの表面には衝突の跡が生々しく残っていた。人間にとっては便利で美しいガラスも、鳥にとっては危険なトリックでしかなかったのだ。

「なぜ鳥はガラスが識別できないのだろう?」という問いは、人間の側の一方的な発想である。鳥に言わせれば、「べらぼうめ、ガラスの壁なんざぁ想定外だ!」と答えるかも知れない。だって鳥が空を飛ぶ能力を身につけるまでには、気の遠くなるような長い時間が必要だったのだ。全身を羽毛でおおい、体重を減らし、翼を生やして、それを強い筋肉で支え、そして最後に望遠鏡のように高性能な視覚を手に入れた。何万年・何十万年という鳥類の進化の記録は、化石の中でしか確認できない太古の昔の出来事だったのだ。

この鳥類の長い歴史にくらべれば、人間がガラス張りの建造物を発明したのはごく最近のことである。だから太古の鳥の進化の過程では、まだガラス張りの建物は存在していなかったのだ。空中を飛行するのにガラスを識別する必要はなかったし、当然その方法もわからないのだ。当時の地球上はうっそうとした森林におおわれていた。必要なのは、自らの生活の場である森の中を自由に飛翔する能力だった。彼らは驚くほど高性能な視力を持つことにより、複雑にからみ合った森の繁みを矢のようなスピードで通りぬける術を身につけた。

鳥たちはこれから先も、何度も何度も、ガラスに衝突し続けることだろう。被害者が続出していよいよ無視できない状況に陥ったとき、なんらかのキッカケで(突然変異で)ガラスというものを識別できる鳥が現れるかもしれない。あるいは、コウモリのように超音波を発信する能力を身につけた鳥が現れるのかもしれない。いずれにしても、それまでには、さらに何万年・何十万年という長い「進化」の時間が必要になるだろう。そもそも「生き物」とは、そんなに器用にモデルチェンジができるようにはできていないのだ。

私は子どものころ、よく空を飛ぶ飛行機をあきもせずに眺めたものだ。重たい金属の塊がなぜ空中に浮かぶことができるのか不思議でならなかった。いくら本を読んで、翼の形状やエンジンの構造をしらべても本当には納得できなかった。後からわかったことだが、私が理解できなかったのは飛行機の方ではなく、空気の方だったのである。透明で目に見えない空気もまた重さを持ったひとつの物体であるという事実が、当時の私には理解できなかった。船が水に浮くように、飛行機が空中に浮いてもなんら不思議はなかったのだ。

今でもジャンボジェットに乗るたびに、人間というのは途方もない能力を持った動物だとつくづく感心してしまう。何百人もの人間をのせて空中をらくらくと飛ぶ乗り物が、私には信じられない。あんなものを考えて、それを実際に作り出す人たちとはどんな頭脳の持ち主なのだろうか。私は紙ヒコーキさえうまく飛ばせないというのに。同じ21世紀に生きる人間のひとりとして、私は科学の知識から取り残された自分をさびしく思う。しかしジャンボジェットに乗ることにより、だれでも最先端の科学技術の恩恵に浴することができる。そして時代の最先端に触れている自分を、ちょっぴり誇りに思う。

ただひとつ忘れてはならないことは、当たり前のことであるが、人間は科学技術で飛行機を作るが、鳥は身体そのものを作り変えて、自分自身が飛行機になってしまうということである。いや、鳥だけではない。人間以外のあらゆる生き物は、自分自身の身体を変形させて環境に適応させてきたのだ。魚は冷たい水の中で流線型の身体でなめらかに泳ぎ、エラで呼吸する術を身につけた。牛や馬は草だけを食べて、あれだけ頑健な身体を維持できる。モグラはなんと、地中に高速でトンネルを掘ってミミズを食べて生活している。人間だけが嬰児そのままの体型でこの世に生まれ、羽根もヒレも牙も生やすことなく、無防備な裸のままで生き残ってきたのである。

犬も猫も、牛や馬も、キツネもタヌキも、全身が毛皮でおおわれている。冷たい風の吹く冬の夜でも、しとしとと降りつづく雨の夜でも、彼らは大地をまくらにじっと朝がくるのを待ち続けるのだ。ペンギンもオットセイも南極の氷の上で、ブリザードにこごえながら、雪をかぶって夜を過ごすのだ。動物も鳥も、魚もイルカも、カエルもヘビも、生きとし生けるものにとっては、それが当たり前の暮らし方なのだ。そもそも生き物とは、そのように作られているのだ。

人間だって動物の一種である。ほんのつい最近までは人間の暮らしだって、他の動物たちとそんなにかけ離れたものではなかった。冬は寒さにこごえていたし、雨が降ればびしょ濡れになり、夏の暑さにはひたいから汗を流した。何千年も、何万年もむかしから、人類はそのように暮らしてきたし、身体の構造もそのように出来上がっていた。最近のエアコン完備の都会生活で季節感を失い、いちばん面食らっているのはわれわれ自身の肉体ではなかろうか。

私は少年時代を、終戦直後の伊豆の小さな漁村で過ごした。当時の村の暮らしぶりは、400年前に先祖がはじめて伊豆に到来した頃とそんなに変らないものだったと思う。山がいきなり海に陥没したような狭い地形に、60戸の家が肩をよせ合って暮らしていた。半農半漁の自給自足で、なにをするにも人力だけが頼りの、古代人と変わらない生活だった。人間も動物も、鳥も魚も、自然と一体となって、季節の息吹の中で暮らしていた。

私は小学校一年生から4キロの山道を越えて、となり村の小学校へ通った。この通学路は、道などと呼べるしろものではなく、大小さまざまな岩や石ころが露出した河原のようなものだった。私は中学校を卒業するまでの9年間、この山道を通ったのだが、おかげで何百・何千という道ばたの石ころの形がすべて頭の中にインプットされていた。急な坂道でつまずかないように、下を向いて石ころを見つめながら歩いたからである。現在の東京では歩道や地下道はどこまでも平らに舗装されていて、目をつぶっていても歩けそうである。実際に、携帯を操作しながら歩いている人や、本を読みながら歩いている人たちを見かける。伊豆の山道では信じられない光景である。

村には一つの共同浴場があり、温泉がわいていた。一日の仕事が終わると、村の人はみな同じ風呂に入る。文字どおりの裸の付き合いである。浴場の中で人びとは、今日一日の漁のことや、農作物の出来ぐあいのことや、みかんをヒヨドリにやられたことなどを、にぎやかに話している。少年の日の私は、赤銅色に日やけした漁師の笑顔や、盛り上がった背中の筋肉をあきもせずに眺めていたものである。私は村びと全員の名前や顔だけでなく、裸の体型やキンタマの形まですべて記憶していた。現在の東京で、他人の睾丸をじっくり観察する機会はめったにないと思う(たぶん)。

村の沿岸には定置網が仕掛けられていて、一日三回網を引き上げに行った。夏の朝は早く、うす暗いうちから漁に行く。私が日の出とともに目覚めるころには、もう父は漁から帰ってきていた。だから私は毎朝、その日に獲れたアジのタタキを食べて学校に行っていた。昼の弁当も魚のひものだったし、夜も毎日さかなを食べた。別に食べ飽きるということもなかった。野菜や雑穀は急な斜面の段々畑で作ったし、魚と交換に親類からのもらいものもあった。要するに店から買うものはほとんどなく、およそお金のかからない生活だった。現在の都会の暮らしは昔とは比較にならないほど便利になったが、何をするにもお金のかかる時代になった。

こんなことを書くとなんだか遠い昔の出来事のようだが、これはほんの数十年前の、しかも東京からそんなに遠くない地方での生活である。当時は日本中の人々の大半が、自分の食べるものを自分で作っていた。衣食住に途方もない時間とエネルギーをそそぎ込んでいた。人生とは食べることだったし、食べていくだけで精一杯だった。ところが現在は、なんと生活が容易になったことか。蛇口をひねればいつでも水がでるし、くさい便所が快適な水洗トイレに変り、ガスで料理をし、スイッチひとつで洗濯や風呂が沸かせるようになった。現代人にとって、衣食住はもはや人生のすべてではなくなった。

弘法大師・空海のような稀有の天才をもってしても、この世に極楽浄土が現出したような、現在の文明社会の暮らしを想像さえできなかっただろう。鳥やイルカやオットセイは数万年・数十万年かけてゆっくりと自分自身を改造し、ようやく空を飛び、海にもぐり、寒さに耐えられるようになった。しかし人間は、自分自身の身体には指一本触れることなく、近代的な文明社会を作り上げた。人間が他の生き物と決定的に違うのは、「知識」の力を応用して外部の環境そのものを作り変えてしまうことである。そして知識の力は、それを社会で共有することにより、加速度的にスピードを増す性質がある。

ここにひとつの問題が発生する。それは人間も「生き物」だということである。動物とは、何万年も、何十万年も時間をかけなければ自分自身を変えることはできない。ところが科学技術の力で、人間を取り巻く都市環境は急速に変化する。しかし人間の肉体は(精神も含めて)そのスピードに追いついていけない。無理に変えようとすると拒絶反応(アレルギー)をおこす。何千年・何万年と木の実や魚介類を食べ続けてきた日本人が、急に洋風の食事に変えると乳製品アレルギーになるのと同じである。アレルギー反応はなにも肉体だけに限ったものではない。急速な社会環境の変化は、それに対応できない人びとの心を不安定にする。文明社会はストレス社会でもある。皮肉なことに人間は、自分が作り上げた文明社会からストレスを受けるようになったのである。

今の世の中は、お金を出せばなんでも買える。逆に言えば、何をするにもお金のかかる社会である。市場経済社会の言語は、お金という名前の数字である。この社会の成員は、すべての経済活動の「効率」を数字で測定される。すなわち、誰でも「入金>出金」という不等式を満たさなければならない。個人でも、企業でも、政府でも、入金以上の出金を続けることはできないし、投入した資金以上の見返り(リターン)のないビジネスを続けることもできない。この不等式は、お金は増え続けなければならないことを意味している。資本主義社会は「成長」しつづけなければならない。

経済成長の結果、人類は現在の豊かな物質文明を築き上げてきた。しかし、成長はこれから先も永遠に続けなければならないと言う。成長が不十分だと失業者がでて、社会不安が広がる。少子高齢化で人口が減ると経済成長が止まり、現在の社会保障制度が維持できなくなる。だから移民を受け入れて、これから先も成長し続けなければならないと言う。本当だろうか。ここまでくると素人目にも、このシステムはなんだか変だなと思う。人間の数だけが増え続けるなんてことは、自然界では許されないし、とても不自然なことだ。なぜこれほどまでに量的な拡大を目指さなければならないのか。それは多分、数字とは、「多いか、少ないか」以外にはなんの意味も持たない言葉だからである。数字は人間の幸不幸を、定量的にしか測定できない道具なのである。

数字とは、たったひとつの答えしか持たない言語である。だから「計算」ができる。「計算できる」ということは、「予測」ができるということである。空間的にも、時間的にも、1ミリの狂いも、1秒の狂いもなく、論理を組み立てることが可能になる。天体の動きを観測し数値化すれば、次の皆既日食の日時や場所まで正確に「予測」することができる。重量や強度を計算すれば、高層ビルや巨大な橋を建設することも可能になる。

科学は物理学から始まった。物理学の言語は「数学」である。数学のめざましい進歩が、現代の科学技術の発展をささえている。現在の文明社会は数字の発見と、それを技術に応用することにより築き上げられてきた。科学技術の成功は、人間に大きな自信とバラ色の未来を約束した。科学万能の世の中が到来したのである。そして人間はついに、自分たちの住むこの社会そのものを「科学的に」組み立てようと考えた。人間の経済活動にも、合理的な法則があるはずだと考えた。そして経済学が誕生した。

しかし、ちょっと考えてみればわかることだが、経済学は根本的な矛盾の上に成り立っている学問である。物質世界で成功したからといって、「科学」を人間世界に適用することは間違いである。なぜなら、人間とは「心」を持った生き物で、精神世界の住人だからである。人間と科学とは、水と油のように馴染まない性質のものである。人間は決して合理的には動かないし、いくら数字を分析しても人間の経済活動をコントロールすることはできない。数字は結果であり、実体を写す影のようなものである。実体のないカゲのようなお金をいくら操作しても、生き物である人間の経済活動を変えることはできない。政府に景気をコントロールすることなどできないし、経済政策や失業対策を期待することも見当ちがいである。

20世紀が生んだ最大の哲人の一人であるピーター・ドラッカーは次のように述べている。

「ある国のある景気後退期に機能した政策が、同じ国の他の景気後退期に実施されても成果はあげえない。このことは、短期的に景気を刺激するための政策には効果がないということを示しているだけではない。景気と刺激策とのあいだには、何の関係もないということを示している。すでに証拠が明確に示しているように、政府は経済の天気をコントロールすることはできない」

数字は腐らない。実体のない紙の上の記号であるから当然である。実際の製品や商品は時の経過とともに、あるいは腐敗し、あるいは陳腐化して、その価値が減少していく。しかしバランスシートの貸し方に計上された「利益」は腐ることがない。1020年と積み上がった利益は、やがて実体経済の何倍にも達するようになる。この膨大な計算上の過去の遺産は、金融システムを通して自らも「成長」することを求めてくる。しかし実体経済の何倍にも膨らんだ巨大なカゲは、もともと虚構である。この虚構の数字をさらに膨らまそうとすれば、それは虚業によるしかない。これらの金融資産は株式投資や、不動産投資や、商品投資というゼロサムゲームに向かうしかない。バブルは弾けるものと相場が決まっている。投機ゲームはいずれ実需の価格に合わせるようにして収束する。よくマスコミで、金融危機で相場が暴落し国民の資産が何百兆円失われたなどと言うが、それは正しくない。失われたものは、数字という現代社会の言語が作り出した幻想にすぎない。夢はいずれ覚めるものである。実体のない虚構の資産は、健全な市場の調整機能の働きで、本来の実体経済に戻るのである。こうして、このシステムの下では周期的に「金融危機」が襲ってくるのである。

ドラッカーは、さらに次のように指摘している。

「エコノミストたちが40年前に自信満々に約束したところに反して、景気循環はいまも生きている。景気は、過去150年間とまったく同じように、いまだに循環している。これまで、いかなる国もそれから逃れることはできないでいる」

「政府による景気刺激策は、景気の循環的な回復過程と偶然に一致したときにのみ成果をあげる。しかし、そのような偶然は稀である。そして、そのような偶然の一致をもたらしてくれるような政策というものは存在しない」

新幹線を走らせ、ジャンボジェットを飛ばし、月に人間を運ぶことができる人間が、こと政治や経済に関しては、どうしてこうも無能に見えるのであろうか。網の目のように密生したこずえを風のようにすり抜ける鳥も、ガラス窓に激突して死んでしまう。ツボにはまれば高い能力を発揮できるが、識別できないものに対してはまるきり無能力である。鳥も人間も状況は同じである。われわれは何か識別できないバリアーの存在に気づかずに、ただやみくもに同じ過ちを繰り返してはいないだろうか。ガラス窓でくるくると旋回している昆虫は、偶然にガラスと反対側に飛んだとき初めて、開け放たれた出口を見いだすことができる。われわれもなにかのキッカケで、現在のシステムから距離を置いたとき、初めて見えてくるものがあるのではないだろうか。財政が破綻し、政治がマヒして、社会が解体寸前となったとき、地獄のような混沌と、理不尽な暴力や底知れない絶望の淵から、初めてかすかな希望の光を見いだすことができるのかも知れない。

人類は言葉を話し、文字をつくり、数字を発見して、高度な文明を築いてきた。言葉は便利なものである。言葉のおかげで、人間と人間のコミュニケーションが広がり、社会を形成することが可能になった。言葉とは抽象化された記号である。りんごは一つひとつ、その形状も色合いも味も異なる。しかし「りんご」という言葉は一つである。ものごとは抽象化することにより初めて普遍化する。水や空気のように、無色・無臭になって初めて普遍的な存在たり得る。だから言葉にはもともと実体などはない。しかし言葉はいったん出来上がると、あたかも実体そのもののように独り歩きを始める。人は言葉を操ることにより、虚実織り交ぜて、さまざまな「はなし」を作り上げる。ひとは言葉によって理解し(理解したつもりになり)、喜び、悲しみ、人を憎むようになる。もともと実体を写すカゲだった言葉が、人びとの心を支配し、行動をコントロールして、ついには実体そのものを動かすようになる。しかし言葉の中にどっぷりとつかった人間は、ガラスの存在に気づかない昆虫のように、決してこのことに気づかないのである。

現在の市場経済社会のことばは「お金」という名前の「数字」である。この言葉を採用した現代社会は、そこに住む人びとに究極の合理性を求める。人間にとって、これ以上ストレスのかかる言語はないであろう。なぜなら人間とは、喜怒哀楽の感情を持ち、美しいものに価値を見いだし、人との触れ合いなしでは生きられない生き物である。精神世界という根っこで宇宙とつながった、高度に洗練された有機体である。合理性などというものは、その世界のほんの一部を占めているにすぎない。あるいは人類は今後、何万年も、何十万年も時間をかければ、合理性だけで平然と行動できるエコノミック・アニマルを作ることが可能かもしれない。しかしそのような生き物はもはや「人間」とは呼べないものである。

2011/10/14

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Thoughts in the Disastrous Earthquake

I was on the 6th floor of a building in central

Tokyo

on March 11th, the historical day of earthquake. It was Friday afternoon; people were busy for settling up the week’s jobs, but also enjoying the coming expectations for their week-ends. There suddenly comes a first quake. It’s a slow movement, and seemed to be usual small earthquakes. People still had enough room for enjoying it like a kind of week-end event. But next shock was apparently different one. Also slow, but it’s driven by far stronger and powerful energies.

To see documents and files were dropping from the shelves, merrily atmosphere was disappeared from their faces. Strong swings and quakes were attacking repeatedly. Now it’s real earthquake, no doubt about it. Thrusting up from the floor was enormous energy; finally we began worrying if the building was made up safe enough? Oh come on, we might be standing in the midst of the historical disaster!

TV were broadcasting that the huge earthquake of Magnitude 9 level had occurred in the bottom of the sea, along the coast of 500 kilometers from Tohoku to Kanto area. Unbelievably huge Tsunami waves attacked Sanriku coastal areas repeatedly.

Black sea

waters were running and sweeping cars and houses away from the town. Vivid images of the disasters were sent immediately, to all over the world, again and again.

We couldn’t believe that water, such a soft flow and the origin of life, had a hidden power of violence. Big ships and buildings, iron poles and trains, large trees and rocks, were easily carried away, and the whole towns were completely devastated. People had no choice under the circumstances, just running away from the water to the height. Arriving on the safe place, they bewildered to see that their home town had just turned into hell on earth.

“This should be a dream!” a woman prays every morning when she awoke at a shelter. I seem to be able to understand her feeling. We cannot understand such unreasonable disasters, which can be happened only as a matter of dream or fictitious world. Just until yesterday, gentle times were slowly passing in beautiful scenery, which suddenly changed into unreasonably violent evil. Abnormal world might solemnly exist in somewhere else in a universe. And suddenly one day, by bursting through the boarder of dimensions, it appeared onto our real world.

Nuclear plants were damaged by Tsunami attacks, and fallen into uncontrollable situations. Since radioactive materials were leaked from the plant, the neighboring inhabitants were ordered to evacuate from the area. We’re very sorry for the evacuees, who were inevitably forced to live in inconvenient shelter. Why does this tragic accident happen? The answer is, long story short, terribly simple logics. One reason is that nuclear power plant was constructed based on human “assumption”. And another reason is that the scale of Tsunami was far exceeding our “assumption”.

Government officials and corporate executives unanimously excuse for the disasters, “it’s beyond our assumption”. Naturally, it’s a matter of humane course. Nobody can “assume” such a disastrous tragedy, which only belongs to evil’s design. Rather, my surprise is that everything existing in our world requires human “assumption”. Nuclear power plants and sea levees, concrete buildings and bridges, roads and rail-roads, every construction in our society were the results of someone’s “assumption” and the products of “calculation”.

“Number” has only one answer, which enables us to “calculate”. To be able to calculate means to be able to “forecast” in the future or in the space. Space and time can be build-up logically with precisely correctness, without one millimeter or one second’s variation. If you observe astronomical aviations and record them on a paper by numbers, you can precisely forecast, the correct time and place of next solar full eclipse. By calculating weight and strength, you can build-up sky scrapers or long bridges over the ocean.

Scientific technology shows a tremendous power, if it’s applied to the calculable phenomenon. On the other hand, it’s utterly like disabled fellow for the subject which is nothing to do with calculation. Science can launch human beings to the moon, but cannot “assume” in good or bad temper of his wife on tomorrow morning. Technologies can construct nuclear power plant, but cannot forecast future earthquakes. Dazzled by the glorious success of scientific technologies, we should not apply them to “uncountable” natural disasters, which belong to the different dimension of a universe.

To build buildings and bridges and sea levees based upon technical “assumption”, and to build nuclear power plant based on scientific “assumption”, are quite different problems. Because the quality of disasters, due to the miss “assumption”, have quite different characteristics. It requires a lot of time and expenses to re-construct the lost buildings and bridges and levees. But we can manage them eventually. On the other hand, nuclear accident has a possibility to drag us into unknown world, from which we cannot find any procedures of recovery.

“Number” is a line of logics. It’s like a railroad or telephone cable, a continuous connection of line. It takes a lot of time and money to construct a railroad or telephone cable. But once completed, it brings us enormous conveniences and benefits. These conveniences are the results of continuous connections. Consequently, only a single break makes it impossible to run a train, or speak through a telephone.

Due to earthquake damages, many industries stopped operations in Tohoku area. The shut-down of Automobile and electronics parts production facilities, gave considerable impacts to Asian and Western economies. Global production “line” is a system, where hundreds and thousands of parts were gathered from all over the world and finished goods are produced in assembly-line. The productions “line” system is a same logic of telephone cable. If rats bite a single break, it becomes useless.

Assembly-line production system is not only for automobile or electronics industries in our society. In companies and governments, hospitals and schools, jobs are divided and specialized into small parts. And small parts are once again gathered and combined, to make finished goods through assembly-line organization. Nobody knows if the way of doing jobs in the office through assembly line system is truly correct or effective. But anyway, jobs have been done in that way for a long time.

Companies are specialized in economic activities, hospitals are for patients, children are in school, and old people are gathered to the facility. Hospitals are divided into specialties, surgery, internal, pediatrics, women and urology. Corporate organization is divided into personnel, finance, sales and production departments. Within each department, jobs are further divided into small peaces. Each individual is responsible for only a tiny part, and become a “specialist” of a fragment.

Jobs to construct nuclear power plant, to make profit from the management, and to make “assumption” for the future disasters, are divided into peaces in the organization. These separated pieces of works are shared between Tokyo Electric Company and Japanese government. If there is not enough leadership to generalize, consolidate, and control these specialized functions, the result will easily be imagined, a possibility of awful tragedy.

A foreign journalist sends a report to his country, surprisingly admired that, how calmly Japanese civilians are behaving under these disastrous conditions. Compared with ordinary citizens, why Japanese government heads or the management of Tokyo Electric are so stupid and looks incompetent? Surely, there might be this kind of tendency in our society. But I think the main reason is due to the way of doing jobs or organizational assembly-line system. Even if each individual is excellent and humane in his private life, organizational mechanism requires an honest but stupid person, in other words “digital person”, in our society.

It is said that people will fail in his strongest area. We don’t feel any doubt to our present social system or the way of thinking, if things are functioning ordinarily. But when we lost everything under destructive earthquake, inevitably need to face the fundamental principle or rule of our society. Now must be the time to questioning ourselves once again, simple and pure questioning like The Little Prince, “How can we be happy?”. 

Nobody care about water, gas, or electricity, if it functioning properly. It’s thought to be a kind of mechanical system. But when stopped services by destruction, for the first time, people are aware the supplies are come from human works. People silently laboring in reconstruction works of roads, walking besides wreckages to check the damage of water supply, light electricity in the dark shelter and be thanked from evacuees. We are again aware that our rich civilization is based on human labors of seriousness. 

Many help hands and supports were offered from all over the world, and surprisingly much money was donated. Mr. Song alone contributed 10 billion Yen.

Taiwan

, a small island country, and famous for pro-Japanese sentiment, contributed more money than

USA

. Even the poorest countries in Asia and

Africa

offered donations. Silent prayers were offered to the victims, before the game of Major League Baseball and world soccer tournament. Whole world looks like our close neighbors, and felt warmth of kind attentions.

100 thousand of Japanese Self Defense Forces were dispatched to the damaged area.

US

forces sent aircraft carrier off the Sanriku shore, and made operations to search remains and withdraw debris. In a peace time, army seems to be suspicious-looking group for us, but they turned into most reliable existence in a disaster. Many unknown volunteers visited shelters, and offered variety of activities. We haven’t felt such many thanks to the warmth and good intentions from all over the world. 

We’re living in a highly developed civilization, which is apparently due to the success of science and market economy. Science or physics are made up of mathematics. The effectiveness of market economy is measured by “money”, or “numbers”. So, our civilization is the civilization of “numbers”. In our present society, to live means to calculate.

Everybody living on this globe have to speak the common language of “numbers”. Finally, the way of thinking unintentionally becomes like “numbers”, abstract, homogeneous, intolerance, and inorganic coldness. This is the main reason why modern people lost humanity and don’t feel happy, even living in rich society.

It is grateful to have warm encouragement when we’re in trouble. But it’s a little bit disappointing that the human warmth is felt only in the time of accident. If recovering from disasters, and back to the normal life, means returning to the inorganic coldness of numbers, it mistakes the means for the end. I think it’s a wonderful occasion for all of us, if we could change this unhappy accident to the chance, to questioning ourselves with children’s pure eyes, “how can we be happy in a society?”

“Grown-ups never understand anything by themselves, and it is exhausting for children to have to provide explanations over and over again.”

…The Little Prince

(July 24, 2011)

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「震災に思うこと」

311日の震災の日に、私は都心のビルの6階にいた。週末の午後のオフィスはあわただしいながらも明るい気分が漂っていた。そこにぐらりと最初の揺れがきた。とてもゆったりとしていたので、みんな小さな地震だと思った。まるで週末のイベントでも楽しむかのようなゆとりさえあった。しかし次に来た揺れは、ゆっくりではあったが、はるかに大きくて力強い振動だった。

棚から書類がバタバタと落ちてくると、皆の顔からお祭り気分が消えた。大きな揺れは、何度も何度も、断続的に襲ってきた。もはや疑いようがない。足もとから伝わってくるエネルギーは尋常ではなく、建物の強度さえ心配になるほどのレベルに達していた。歴史的な惨事が起きようとしているのかもしれない、という不安が脳裏をかすめた。

マグニチュード9という巨大地震が、東北から関東にかけての長大な海底で発生したことをテレビが告げていた。三陸の沿岸に大きな津波が次々に押しよせた。黒い激流に押し流される家屋や車の生々しい映像が、テレビ画面から放映された。繰り返し、繰り返し、大惨禍が世界中に向けて発信されていた。

生命の元でもある、あのやわらかい水の流れが、こんなにも暴力的なパワーを秘めていたことが信じられなかった。大きな船も建物も、鉄柱も列車も、大木や岩も、押し流され、町全体がめちゃめちゃに破壊しつくされた。人々はもはやなすすべもなかった。命からがら高台に避難した人びとは、眼下で繰り広げられる地獄絵に呆然と立ちつくした。

「どうかこれが夢でありますように」と、ある避難所の女性は毎朝目が覚めるたびに祈るそうである。彼女の気持ちがわかるような気がする。だってこれは夢まぼろしとしか考えられないではないか。つい昨日までは、のどかな時間がゆっくりと流れていた美しい風景が、ある日突然に、理不尽で残酷な魔物に変身しようとは。この世の常識ではとうてい推し量れない異常な世界がどこかに厳然として存在しており、それがある日突然、次元の空間を突き破ってこの世に現出してきたのである。

「想定外だった」と、ひとびとは口をそろえて言う。当たり前である。誰がこのような悪魔が考えるような惨状を、夢想だにできたであろうか。むしろ私が驚いたのは、この世のあらゆる物は、「想定」しなければ作れないというルールの方である。原子力発電所も防潮堤も、コンクリートの建物も橋も、道路も鉄道レールも、誰かが「想定」し「計算」して作り上げたものなのである。

数字はたったひとつの答えしか持たない。だから「計算」ができる。「計算」ができるということは、「予測」ができるということである。空間的にも、時間的にも、1ミリの狂いも、1秒の狂いもなく、論理を組み立てることが可能になる。天体の動きを観測し数値化すれば、次の皆既日食の日時や場所まで正確に「予測」することができる。重量や強度を計算すれば、高層ビルや長い橋を建設することも可能になる。

科学技術とは、ツボにはまれば、途方もない威力を発揮する。反面で、計算できない物事にはまるっきり無力である。月へ人間を運ぶことは可能だが、明日の女房の機嫌の善し悪しさえわからない。原子力発電所は作れるが、地震の予測は計算できない。だからまばゆいばかりの科学技術の成功に目がくらみ、「想定」できない異次元の災厄にまでそれを適用してはならないのだ。

原子力発電所が津波の被害をうけてコントロール不能におちいっている。放射能が漏れ出して、付近の住民に非難命令が出された。不便な避難所生活を強いられた住民の方々には本当にお気の毒だと思う。どうしてこんな事故が起きてしまったのだろう。それは考えてみれば、バカバカしいほど簡単な理屈である。ひとつには「想定」で原発を建設したことであり、もうひとつは「想定」をはるかに超えた巨大な津波に襲われたことである。

「想定」で建物や橋や防波堤を作るのと、「想定」で原子力発電所を作るのとはまったく異質な問題である。それは、もし「想定」が外れた場合にもたらされる災厄の性質がまるきり異なるからだ。流された建物や橋や防波堤を復旧するのも大変な負担だが、原発の事故がもたらす災厄は復旧のメドさえ立たない悲惨な結果になる可能性があるのだ。

原子力発電所の建設は科学技術の力で「想定」どおりに作ることができる。しかし将来の自然災害のことは誰にも予測できない。それは人間の能力を超えた、異次元の世界に属することである。だから危険なものを「想定」で作ってはいけないのだ。ことに原発のように、もし破壊されたら魔物に変身するような危険な建造物は、人間が安易に「想定」してはいけないのだ。

数字は論理の連鎖でつながったものである。それは鉄道レールや電話線のように、切れ目がない一本の線である。鉄道レールや電話線は敷設するのには多大の労力や時間を要するが、一度できあがってしまえば極めて便利なものである。しかしたった一箇所の切れ目があっても、電車は通れなくなるし、電話は不通となる。

震災の被害を受け、東北地方の多くの工場が操業を停止した。自動車や電子機器の部品の生産がストップして、アジアや欧米の経済活動に少なからぬ影響を与えている。何百・何千という部品を世界中から調達し、それを流れ作業で組み立てて複雑な完成品を作るという現在の生産システムに支障がでている。それはたった一箇所をネズミがかじっただけで電話が不通になるのと同じ理屈である。

流れ作業で仕事をするのは、なにも自動車や家電製品の生産に限ったことではない。企業でも政府でも、病院でも学校でも、われわれの社会では仕事をパーツに分解し、専門化し、組織化して、工場みたいに流れ作業で行っている。それが正しいことなのか、本当に効率がいいのか、誰も確かめた者はいない。しかし仕事は昔からそのように行ってきた。

企業は経済活動を受け持ち、病院は病気の治療に専念し、子どもは学校に集められ、老人は施設に預けられる。病院が外科・内科・小児科・婦人科・泌尿器科などの専門別に分類されているように、企業の組織も人事部・経理部・営業部・生産部などに分かれている。そしてそれぞれの部門の中で仕事はさらに細分化され、個人単位ではそのほんの一部のパーツを担当し、そのほんの一部の分野だけの「専門家」になる。

原子力発電所を建設することと、それを運営して採算にのせることと、将来の災害を「想定」する仕事は組織の中でバラバラに分解され、東京電力や行政府の別々の組織が関与している。もしこれらのパーツを総合し、統合し、コントロールする機能が十分に機能しなければ、想像するだに恐ろしい結末を招くことは容易に察しがつく。

外国の報道陣が被災地の現場を取材し、日本人の一般の市井の人びとがこの混乱の中で冷静に行動していることを驚きの目で賞賛していた。それに較べると組織の上に位置する人びと、東電の経営陣や、政府や役所の責任者はどうしてこうも無能なのかということを本国に伝える記事があった。たしかにそういう面も多少はあるのかもしれないが、私は仕事のやり方や組織のしくみがそのようにできているのではないかと思う。一人ひとりの人間は優秀でも、組織全体では律儀で愚鈍なマニュアル人間を作るような流れ作業システムに一因があるような気がする。

人は自分の最も得意の分野で失敗するものであるという。現在の社会システムや私たちの物の考え方も、正常に機能しているときにはなんの疑問も感じなかった。しかし震災でそれを失ったがために、初めて見えてきた部分もあるのではないだろうか。私たちはこの震災を契機に、「どうしたら人間は幸せになれるのだろうか」と、星の王子さまのような純粋な心で、もう一度問い直してみる必要があるのかもしれない。

正常時には機能して当たり前だったライフラインが、寸断されてはじめて、そこに働く人びとの素顔にもスポットライトが当てられた。黙々と道路の復旧に取り組む人々、寸断された上水道の被害状況を調べて瓦礫の中を歩く人びと、暗闇の避難生活に灯りを点して感謝される電気工事のひとびと・・・。われわれの豊かな生活とは、それを支える多くの人びとの労働の上に成り立っていたのだ。

世界中から援助の手が差し伸べられ、驚くほど多額の義捐金が寄せられた。孫正義氏は一人で100億円を拠出した。小さな島国で、親日で有名な台湾が、米国をしのぐ金額を集めた。アジアやアフリカの最貧国でさえも寄付の申し出があった。メジャー・リーグやサッカーの試合前には日本の被災者に黙祷がささげられた。世界が急に身近になり、ひとびとの温もりを感じた。

10万単位の自衛隊が救援活動に出動した。米軍も三陸沖に航空母艦を派遣し、遺体の捜索や瓦礫の撤去に協力してくれた。平常時にはうさんくさい集団にしか思えなかった軍隊が、災害時には最もたのもしい存在に変身していた。多くの名もないボランティアの人々が被災地を訪れて、さまざまな活動を提供した。こんなにもたくさんの人びとの善意をありがたく感じたことはなかった。

困ったときの暖かい励ましはとてもありがたい。しかしこの人間の温もりが災害のときだけというのもさみしい気がする。災害から復興し、また日常の生活にもどることが、数字に追いまくられる非人間的な時間に変わることを意味するのなら、本末転倒というべきかもしれない。この不幸な震災を機に、現在の社会システムを根本からじっくりと考え直すキッカケになってくれたら素晴らしいことだと思う。

2011/5/5

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吹きだまりの文化

木枯らしが吹く季節になると、あちこちに「吹きだまり」ができる。公園の生垣の根元や校庭の片隅に、落ち葉が堆積してかさこそと小さな音をたてている。強い北風が広場をすっかり掃き清めたあとでも、吹きだまりには大量の落ち葉が溜まっている。春になって桜の花びらにすっぽりと覆われても、その下には依然として去年の枯葉が残っている。

吹きだまりはどこにでもできるわけではない。風の通り道とか、それをさえぎる障害物の構造とか、微妙な条件が影響し合って出来るものである。いったん吹きだまりに捉えられた葉っぱは、もうそれ以上先には移動できない。だから色んな落葉樹からの落下物が、まるで枯葉の見本市みたいに、一箇所にじっと留まることになる。

吹きだまりはなにも公園や校庭の落ち葉だけに見られる現象ではない。川や海の水に流される浮遊物も、川べりや海岸に吹きだまりを形成する。流されるものとそれを遮る障害物があれば、吹きだまりは色んな形で存在しえる。人間だって時の流れに漂流する浮遊物だと考えれば、それは地球規模の人や文化の往来にも当てはまる現象でもあるのだ。

最近のDNAの科学的な追跡の結果、現在の地球上のさまざまな民族は同一の祖先に行き着くことが証明された。何十万年の太古の昔にアフリカを出発した人類の祖先が、ゆっくりと地球上に拡散していって現在のさまざまな民族の分布を形成していったのである。それは悠久の時の流れに運ばれた浮遊物のように、地球上に人間の吹きだまりを作っても不思議ではない。

日本列島は吹きだまりになりやすい地理的な条件を備えている。古来より大陸の文明は朝鮮半島を伝って渡来してきたが、日本列島で天然の障害物に突き当たった。ここから先は広大な大洋に行く手を阻まれている。だからシベリアからマンモスを追ってきた縄文人も、中国や朝鮮から稲作を伝えた弥生人も、東南アジアやインドからの渡来人も、落ち葉が積もるようにこの列島に留まるしかなかったのだ。

先日モンゴルの紀行番組を見ていたら、中学時代の友人にそっくりな顔がたくさんいた。日本の田舎へ行けばホー・チ・ミンや周恩来レベルのおじさんはいくらでも見かける。チベット高原にはテニスの杉山愛のそっくりさんがいた。そして私自身、香港の街の中で伯父さんが歩いているのを何回も見かけた。きっと祖先は黒潮に乗って日本列島に漂着したボートピープルだったに違いない。

吹きだまりの特徴は古いものがそのまま残っているということである。秋には広場は落ち葉で埋め尽くされる。しかし木枯らしが吹くとそれらは跡形もなく消え去る。春になると校庭は桜の花で一面の雪景色となる。しかし春の嵐は一夜にして花びらを一掃してしまう。ただ吹きだまりの中だけは、春の桜も秋の落ち葉も同居している。そこに吹きだまりの特異性があり、他では得られない価値があるのだ。

中国大陸では王朝が変わるたびに、前の王朝の文物を破壊しつくす。文化大革命は歴史的な寺院や美術品を破壊してしまった。木枯らしが広場の落ち葉を吹き飛ばすように、かつてこの国に栄えた仏教芸術は跡形もなく消えてしまった。だから自国の伝統芸術を学ぶ中国人学生は日本に来なければならない。奈良や京都を訪れて、今でもきれいに手入れされ、現役で機能している寺院を見て、驚きの声をあげる。

私は東南アジアや香港で観音さまを見たことがある。まるで小学生の絵みたいに目のパッチリした観音さまを見て違和感を覚えた。ひどく幼稚に思えて、とても拝む気持ちにはなれなかった。日本ではどんな田舎のお寺でさえも、仏像とはそれなりに芸術的な香りをたたえているものなのに。大陸では度重なる戦乱に破壊されて、仏教芸術はとうの昔に枯渇してしまったのだ。

中国に進出した日本企業の社員がお辞儀をするのを見て、中国人が珍しがるそうである。もともと「礼」は孔子が説いた教えなのに、共産中国ではもはや儒教思想のカケラすら見いだすことはできないようだ。同じくインドで生まれた仏教が本国ではとうの昔に消滅してしまったのに、日本という吹きだまりで千年以上もサンスクリットが生き残っている。

最近では日本語を上手に話す外国人もたくさんいるし、中国人や韓国人は外見も日本人にそっくりだ。しかしいくら上手に話しても、微妙なアクセントや発音の違いで、われわれにはこの人は外国人だとすぐわかる。発音とはそれ程デリケートで決してネイティブのようには話せないものである。吹きだまりには古来多くの渡来人がやってきて、さまざまな言葉を持ち込んだに違いない。しかし語彙や文法は借用できても、発音だけはネイティブのものが遺伝子のように生き残ってきたはずである。

日本語は母音が多い言語である。Koizumi, Fukuda, Hatoyama, など母音だらけである。ところがハワイの言葉も、Aloha, Kamehameha, Ala-moana, Maui など日本語に負けないくらい母音が多い。ハワイアンを聴いていると、日本語を反対から歌っているみたいな妙な気持ちにさせられる。日本という吹きだまりの最も古い地層には、ポリネシア系の血が混じっているに相違ない。

私がまだ小さい頃、父はふんどしをしていた。「越中ふんどし」と呼ばれる、手ぬぐいにヒモを通しただけの、いたってシンプルな代物だ。相撲取りは今でも南洋の土人みたいにふんどしを締めている。昔の日本の田舎の家は、太平洋の島々の村のように藁葺きの屋根だった。神社の社は、湿気の多い熱帯地方のような高床式の建物である。盆おどりはハワイアンのように繊細な手の動きをするし、何と言っても武蔵丸は西郷さんにそっくりではないか。

最近は世界中で日本食ブームだそうである。ニューヨークでもロンドンでも、中近東やロシアでも、スシ・レストランはファッションになっているらしい。しかしなぜ今ごろ日本食ブームなのだろうか?ヘルシーだからか?いや、それだけではないと思う。人びとは画一的なグローバル広場の景色に物足りなくなって、吹きだまりの中をのぞいてみたくなったのだと思う。

日本食の特徴の一つは素材の味を生かすということである。その結果鮮度を重視し、究極的には生で食べるのを最上とする。私の知り合いのドイツ人は日本文化や日本食にたいへん興味を持っていて、ナットウでもシオカラでも何でも食べる。しかし生タマゴだけは駄目だ。私がごはんの上に生タマゴをかけてズルーッと食べてみせたら、信じられないという顔をしていた。

生で食べるということは、最も原始的な食べ方である。肉食獣は獲物を捕らえてその場で食べる。まだ生暖かい血液を口のまわりにしたたらせながら。これ以上の鮮度は望めない状態の内臓にかぶりつく。やがて人類は火を使うことを覚え、焼いたり煮たりすることを覚えた。大陸の「吹きっさらし」の広場に住む文明人は、中華料理でもフランス料理でも、煮る料理が主流である。中国人は決して生ものは食べない。

日本人はエスキモーや縄文人みたいに、ただ生肉にかぶりつくわけではない。素材は生でもそれに洗練された技を加えて、料理は見た目にも美しい芸術品にまで仕立て上げられるのである。吹きだまりの最下層に埋もれた味とニオイの伝統を生かしながら、いともさりげない清潔さと高度な技能で、ユニークな日本文化を作り上げているのである。

それにしても現在の「吹きっさらし」広場のなんと殺風景なことだろうか。中世の末期に西ヨーロッパで目覚めた「数字の文化」は今や地球上をくまなく席巻している。ガリレオ・ガリレイは手作りの望遠鏡で天体を測定し、それを数字に置き換えた。天体の動きは数値化され、紙の上で静止した。じっくりと熟考して数学を解くように天体の動きが予測できるようになった。日食や月食の日時までピタリと当てることが可能になった。

20世紀にアインシュタインが現れて、あらゆる自然現象や宇宙の謎が計算できることになった。物理学万能の時代が到来したのである。高層ビルを建て、巨大なジャンボ・ジェットを空中に浮かせ、月に人間を運ぶことさえ可能になった。そして人間は自分の住むこの社会そのものも、物理学のように数字でコントロールできるはずだと考えた。そして経済学が誕生した。

資本主義や市場経済という社会システムは人びとの予想をはるかに超えて成功した。いまだかつて人類がこれほど豊かになったことはなかった。つい百年前のわれわれの祖先は自分の食べるものを自分で作っていた。人生の大半は食べ物を探したり栽培したりすることに費やされた。しかし現代人にとって衣食住は単なる数字の計算に変わってしまった。お金という数字さえあれば、何でも買える時代になった。

凍てつく寒さもコンクリートのマンションの中で、スイッチひとつで暖房が入る。蛇口をひねればいつでも水が出るし、コンロのガスが青い炎をあげる。ボタンひとつで洗濯ができる、風呂が沸く、排泄物がきれいに流れる。生活はすいぶんと容易になった。しかし生活の利便性を得た一方で、人びとは正体不明の喪失感を味わわされることになった。

市場経済社会では人々は数字という言葉を話す。アメリカ人も中国人も、インド人もアフリカ人も、数字という共通の言語を介して取引に参加している。数字とは極めて融通のきかない言語で、答えをたったの一つしか持たない。答えが一つしかないが故に計算ができる。現代の社会は、人間の衣食住をまるで数学のように合理的に計算することが求められている。

数字はたった10個の文字でできていて、「多いか、少ないか」以外にはなんの意味も持たない。数字という言語で衣食住する人々は、無意識のうちに、白か黒か、敵か見方か、という二者択一的な考え方をするようになる。均質に分けられた時間や空間の中で、人びとは抽象的な風景の中を、計算どうりに、昨日も今日も明日も、たった一つの正しい動作を反復し続けなければならない。

子どもはなぜあんなに楽しそうなのだろう。ただ歩くだけで、ただ生きているだけで楽しそうだ。生きとし生ける者は、犬や猫や、鳥やカエルや、イルカやカメまでも、さんさんと降り注ぐ太陽の英知を全身に浴びて、生き生きと輝いている。人間だけが金融危機に打ちのめされ、失業にあえいでいる。そして人間だけが数字の論理で抽象的に動いている。

人間は精神世界の生き物である。人間も動物も、鳥も魚も、昆虫も虫も、川も海も、大気も石も、精神世界という根っこで宇宙とつながっているのである。精神世界という情報システムで宇宙と一体となって生かされているのである。人間だけを精神世界から切り離して合理の世界に住まわせることはできない。物質世界では成功した物理学も精神世界を測定することは不可能なのだ。

「吹きっさらし」の大陸の広場では、もはや過去は跡形もなく消え去っている。自分はどこから来たのか、どこに行こうとしているのか、自分自身でもわからない。ただ合理の罠にとらわれて、目くらめっぽうに走り続けている。「吹きだまり」の中の人々だけが過去の記憶を感覚として持っている。彼らは数万年前の祖先のニオイや味わいを忘れずに、今でも日々の生活に体現しているのだ。

「吹きっさらし」の人びとは、そのことにようやく気がついたのだ。この世の終わりを救えるのは、「吹きだまり」の人びとなのだと。人類の過去は今でもしっかりと「吹きだまり」に堆積しているのだと。だから今日も世界中の都市生活者がスシ・レストランに通うのだ。だから今日もニューヨーカーは裸になって、ビルのてっぺんのオンセンに通うのだ。

そこにはただ過去がしっかりと封じこめられているだけです。すべてのものはまるで生きているみたいに鮮明にそこに封じこめられているんです。氷というものはいろんなものをそんな風に保つことができるんです。とても清潔に、とてもくっきりと。あるがままにです。それが氷というものの役目であり、本質です。                                                          

村上春樹 「氷男」より

2011/01/23

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混迷のなかの希望

私が東京で学生時代を過ごしたのは、1960年代の後半だった。当時の東京はいわゆる高度成長期のエネルギーに満ちてはいたが、街は騒々しくて汚かった。バキュームカーと呼ばれる汲み取りトラックが走り回って、街に糞尿のにおいを撒き散らしていた。「東京はくさい」というのが外国人の感想だった。当時にくらべると現在の東京はずいぶんとキレイになったと思う。

人間にも成長期と成熟期があるように、社会にも急速に成長する時代とやがて成熟して満たされた経済があってもよいと思う。近頃きれいになった東京の空の下で、洗練されたサービスのカフェに座って、おしゃれな女性たちの歩く姿をながめていると、つくづくといい時代になったと思うのは私だけだろうか。

私はゆったりと成熟した今の東京が好きなのだが、世間一般的には必ずしもそうではないようだ。年をとっても若者のようにいつまでも成長し続けなければならない、成長が止まったらたいへんなことになる、という声がマスコミの大勢を占めている。

昔のように高度成長している東京がなつかしいというテレビ番組が繰り返し放映されているが、わたしには信じられない。街はのべつまくなしにクラクションを鳴らす車の騒音であふれ、「押し屋」が人間をまるで荷物みたいに通勤電車に押し込んでいた。神風タクシーや国鉄のキップ切りの横柄な態度はまるで社会主義国のようだった。東京は、バンコックやホーチミンや上海のように、熱気と湿気に満ちたアジア的喧騒の街だった。

年をとっても若者のように成長し続けるということはありえないし、それはとても不自然なことである。成長が止まると社会のあちこちに致命的な欠陥が生じてくるというのなら、そもそもの始めから社会システムそのものに矛盾があることを意味している。100年に一度の危機に直面している今こそ、じっくりとこの問題を根本から考えてみる必要があるのではなかろうか。

新聞やテレビで連日のように円高だ、円高だと、まるでゴキブリでも見つけたみたいに騒ぎ立てている。政府も日銀も何をしているのだ、円高をなんとかしろと。円高を放置すると日本の産業は競争力を失い、企業が海外に逃避して空洞化が進み、株安・失業・デフレから脱却できず、そのうち財政が破綻すると。

しかしそもそも円安に誘導などできるものなのだろうか。バブルを誰も予測できず好況に浮かれて現在の危機を招いたことを考えると、私は政府が市場をコントロールなどできっこないと思っている。市場というのは新幹線やジャンボジェットのような科学技術とは異質な、人間の能力を超えた「見えざる神の手」によってコントロールされているものなのだから。

おそらく人類は太古の昔から交易をしてきたのだろう。生きていくために隣人とお互いの必要品を交換しあってきた。交易は人間の本能みたいなものである。だから現在の資本主義や市場経済という高度な交易システムも、数千年・数万年の人類の進化に伴って形成されてきた根っこの部分があり、その上に近代の科学的方法を取り入れて発展させてきたものだと思われる。

以前にテレビでヒマラヤの高地に住む人たちの暮らしを紹介する番組を見たことがある。草も木も生えない石ころだらけの山岳地帯に、ちゃんと人間が生活していた。切り立った山の斜面にへばりつくように石の家を作って、ヤギやヒツジみたいな家畜を飼って自給自足をしていた。

彼らは何ヶ月かに一度はふもとの里にでかけていく。小さな市場で米とか身の回りの必需品を手に入れるためだ。何を持っていって、何を手に入れたのか、もう忘れてしまった。しかし私が心を打たれたのはそのわずかな交易のために彼らが費やす、採算を度外視したなみなみならぬ時間と労力のことである。

ふもとの市場に行く日は夜明け前に家を出発する。商品を背中にくくりつけて、急斜面の石ころ道を半日歩き続ける。冷たい水が流れる危険な川も渡らなければならない。里の市場に着いて適当な場所を確保すると、品物を買ってくれる人を探さなければならない。それほど珍しくもなく、魅力的でもない品物を売りさばくために、声をはりあげて必死に客を呼び込む。

どうやら商品の買い手をみつけてわずかばかりの現金を手にすると、それで山の上の生活に必要な品物や子どものみやげなどを買う。それはコンビニでおにぎりを買うほどのほんのささやかな買い物である。しかし彼女たちは満足そうに満面に笑みを浮かべて、また急斜面の山道を登って家路につくのだ。

古代人のようにささやかな交易をしていた頃には問題は単純だった。わずかな米を手に入れるために、一日かけて山の上から降りてきても、ばかばかしいとは思わなかった。時間はゆっくりと流れていたし、生活にはおそろしく手間ひまがかかる時代だったし、それにそもそも交易に「採算」などという概念は存在しなかったのだ。

現在の市場経済社会では社会の中心に市場があり、衣食住はすべて市場をとおして行われる。何億・何十億という人間を巻きこんだ巨大なマーケットでは、交易にスピードと普遍性が求められる。そこでは「お金」と呼ばれる数字がすべてをコントロールしている。取引は計数的に測定され、収入か支出かの二進法で分類される。

市場経済社会ではお金があればなんでも買える。ところがお金を手に入れるためには、自分もなにかを市場に売らなければならない。だから市場経済社会では誰でも消費者であると同時に生産者でもあるのだ。このことは生産者としての収入の範囲内でしか、消費者としての支出を賄うことはできないことを意味している。われわれはいつでも「収入>支出」の不等式が支配するデジタルな世界に住んでいるのだ。

数字はたったの10個の文字で構成され、「多いか、少ないか」以外にはなんの意味ももたない言語である。数字は答えをたった一つしか持たないがゆえに「計算」ができる。計算ができるということは、正確に将来が予測できるということである。次の皆既日食の日時や場所までもピンポイントで当てることができる。数字とは、鉄道のレールや電話線のように、論理の連鎖で切れ目なくつながった一本の線である。

中世の終わりからルネッサンス期にかけての西ヨーロッパ人は、物事を視覚化し、数量化することに目覚めた。例えば従来の観念では、時間というものは、連続して流れるものだと考えられていた。従って当時の時計は、連続して流れる砂や水の時間を測定するタイプのものだった。しかし、やがて時間を均質な瞬間の連続と考えるようになった。点の集まった線だと考えたのである。その結果、歯車でコツコツと一定の時を刻む機械時計が発明された。

同じく、音楽とは、連続して流れる音だと考えられていた。ところが、中世の終わりの人々は、これも均質な点の集まった線だと考えたのである。その結果、音楽を数値化し視覚化して、正確な楽譜を作ることが可能になった。即ち、音楽を数量化してグラフにしたのである。このグラフの横軸は音の長さで、縦軸は音の高低を示す。

紙の上に書かれた音は時間が静止した。音は時間とともに消えないで、一枚の紙の上にその全容を留めている。前後の音を逆行させたり、メロディーとリズムを分割したり、結合したり、多重音声も可能になった。視覚化することにより、複雑な作曲も可能となったのである。音楽は聴くものから、見るものに変わった。ベートーベンが完全に耳が聞こえなくなった後でも、作曲活動を続けられたのもこのためである。

昔は、お金も連続して流れるものと考えられていた。流れ去ったお金の出入りを、正確に記憶している者は誰もいなかった。しかし、中世の終わりの西ヨーロッパ社会で、複式簿記が発明され、お金の流れは紙の上に記録されるようになった。

時間が静止したお金の流れは、後でゆっくりと分析することが可能になった。過去の数字と現在を比較したり、儲けや損失の原因を調べたり、差額や比率を出して資金効率を改善することも可能になった。数量化し、視覚化することにより、商売はより確実で、制御可能な、効率のよいものに変わったのである。

西欧人は数字という客観的な計測器具を手にして、神秘な宇宙の謎を解き明かしてきた。長さも、重さも、強さも、速さも、あらゆる事物を均質な単位に還元し、その数を測定した。数字に表すことにより、自然は紙の上に視覚化された。時間を止め、じっくりと分析を加えることができるようになった。その結果、事物の理解が深まり、コントロールが可能となったのである。

この実証的な態度はやがて科学技術の発展をもたらし、巨大な橋も、高層ビルも、月に人間を運ぶことさえ可能になった。時間を均一で一直線なものとして捉え、標準時を決めることにより、人間を同時化させることも可能になった。「全体は部分の総計」というデカルト的な因果律の世界観からスタートした科学的方法は、めざましい技術の発達と現代の豊かな物質文明をもたらしたのである。

自信を持った人間は自分の住むこの社会そのものを科学的に組み立てようと試みた。科学的な真理があるように、社会にも絶対真理が存在するはずだと考えた。人間も分子のように、因果律によって動く、コントロール可能な存在だと考えた。人間も宇宙も、機械時計のように一度ゼンマイを巻けば、後は自動的に動き続ける無機質な世界だと考えた。そして経済学が誕生したのである。

社会そのものを巨大なマーケットに変えたこの壮大な試みは大成功を収めた。人類は天地創造以来初めて経済的なしばりから解放された。しかしこの大成功の影には思わぬ副作用が潜んでいた。それは人びとの精神に関する病である。市場経済で暮らす人びとは、知らず知らずのうちに、市場の言葉である数字のように物を考えるようになってしまった。現代人は数字のように「多いか、少ないか」「損か得か」という二者択一的な発想をするようになった。

資本主義社会では、生きることと計算することは同じ意味である。人々は儲け続けなければならない、「成長」し続けなければならないという強迫観念にとりつかれだした。資源の乱開発はエスカレートし、地球を破滅させかねない危険なレベルまで達した。それでも人びとは「成長」するためには人口を増やし続けなければならないと考えている。

高齢化社会を支えるためには、たくさんの若者が必要だ。だから補助金を出して出生率を上げ、移民を増やさなければならないと真剣に議論している。しかしその若者たちもいずれは老人になる。そしたらその老人たちを支えるために、さらに多くの若者が必要になる。ネズミ算式に人口が増え続けたら、この狭い日本という島国は一体どうなるのか。

数学者の岡潔が小林秀雄との対談の中で、原子爆弾を発明した人類はひたすら破滅への道を進んでいると言っている。

人類は単細胞から始まって、いまの辺りまできては自分で自分を滅ぼしてしまう。また新しく始めてはいつの日か自分で自分を滅ぼしてしまう。そういうことを繰り返し繰り返しやっているのじゃなかろうか。自然を見てみますと、草は種からはえては大きくなって、花が咲いて実ができたら枯れてしまう。またその実から芽を出して、繰り返し繰り返しやっておりますが、これはまったく同じことを繰り返しているのではなくて、こうしているうちに少しずつ、なぜか知りませんが、進化している。この草の一年に相当するのが人の20億年で、これを繰り返してやっておれば、しまいにはこの線が越えられるかも知れない。

市場経済はその根本的な矛盾ゆえにいずれ破滅するのかもしれない。しょせん人間は「精神世界」の生き物なのである。人間の世界と数字の世界は根本的に異質なものなのだ。物質世界で成功した科学的方法を人間の経済活動に応用しようとする発想には無理がある。生々流転して止まない「生命」を紙の上に静止させることは出来ない。人間はこれ以上自分の時間を、自分の衣食住を「測定」されることを拒んでいるのだ。

草が枯れて新しい芽を出すように、新しい社会の思想はいったん滅びたもののなかから生まれてくるのかもしれない。18世紀のイギリスは崩壊寸前の大混乱の中から新たな産業社会の思想を生み出し、その後の大英帝国の繁栄をもたらした。今また日本社会は長い経済の低迷と政治の空白から抜け出すことができずに苦しんでいる。この冬枯れの原野のような閉塞感の中から、あらたな進化の萌芽が生まれてくるのだろうか。混迷の闇に希望の光が射し込んでくるのはいつのことだろう。いずれにしてもそれは今まで見たこともない、まったく異質な社会の光景を見せてくれるはずである。

2010/10/03

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